第141話 注文の品1
翌日家に戻った俺達は約束の期日まで、それぞれに準備を始めた。
「私は家の片付けをしますね。長い間家を開けるなら貴重品はジンさんにお願いして冒険者ギルドで預かってもらいましょうか」
リザの荷物は多すぎる為に、ギルドの金庫では収まりきらない。
「素材等は街の貸し倉庫を借りようかと思います。後は時間があるだけ薬品の精製を行おうかと」
傷薬などは直ぐ作れそうなので、いくらか作って見るそうだ。
リザにも得意先はあるだろうし、急に姿を消しては迷惑になるかもしれない。その辺りの処理もあるだろう。
「わしはちょっと出かけてくる」
アルドラが自分の用事で出かけるのは珍しい。
「なに、昔の知己に少しな」
「そうか、わかった」
俺は前もって注文していた品を受け取りに行くことにした。シアンもそれに付き合うことになった。
>>>>>
「モクランさんも、兄様の奥さんにするのですか?」
目的の店へと向かう道すがら、シアンが唐突に訪ねてくる。
「え?いや……どうかな」
まぁ、結局リザはというと、もし俺がモクランを受け入れたいと願えばそれに従うと言っていた。
昨日の夜は取り乱したものの、俺のすることに反対をしたくないらしい。
ともあれ、本心では受け入れて欲しくないのだ。
俺とて彼女を悲しませるような行動は取りたくない。で、あれば選択肢は決まっている。
「シアンはどう思う?」
「私は兄様が良いと思うなら、モクランさんが奥さんになってもいいと思います。家族が増えて楽しそうですよね」
エルフの特性、直感により彼女が悪人ではないことはわかっている。
俺に近づいているのも、何か企みがあるという訳ではない。ある種の性癖によるものなのだ。
「まぁ、結局のところ結論は後回しにしてるんだけど……」
モクランのことは好みか好みではないかで言えば、相当好みではある。
あのように迫られて、はっきり拒否出来ないくらいには。
それもあってか、返答は先延ばしにしてしまっているのだ。
『わかりました。いいお返事が聞けるように、祈ってます。主との面会の話は、ジンさんがベイルにお戻りになられた時叶うように計らいましょう。私の願いが届かずとも、そちらはどうにか致しますので心配なさらないで下さい。ですが、主は大変気難しい方なので、上手く行かない可能性もあることをご理解ください』
>>>>>
「今日は何処に行かれるのですか?」
「モクランに紹介してもらった店だ。シアンも前に1度訪れている場所だよ。花街で使われている竜衣を一手に作っている店で、その主人が腕の良い職人なんだ。竜衣の他にも色々衣類を作っていて、前に伺った時に物は試しにと注文してみたんだ」
「そうでしたか。それは手土産ですか?」
「ああ、疲れたときには甘いモノが良いらしい。差し入れにと思ってな」
シアンの視線が手土産に集まる。
「心配しなくてもシアンの分も買ってある。帰ったら皆で食べよう」
「あっ、いえ、そんな……はい」
俺たちは職人街の1角にある工房を訪れた。
店先は綺麗に掃除が行き届き、そこから見える店内もよく整理され、見本なのだろうか様々な服飾が壁から掛けられている。
「どうも、ビルギットさん。ユキノジョウさんいますか?」
店内を覗き込み、そこで掃除をしていた人影に声を掛けた。
「やあ旦那、ユキさんなら奥にいるよ。でも機嫌が悪いから気をつけたほうが良い。まぁ、旦那なら大丈夫だと思うけど」
ビルギット 裁縫師Lv38
ドワーフ 102歳 女性
ビルギットは作業の手を止めて答えた。
あまり見かけないが、彼女は女性のドワーフだ。
髭が無いことを除けば、男性のドワーフと見た目の差はない。
「そうか。これ後で食べて。甘いもの好きだったよね」
「蜂蜜ケーキ!いやあ、嬉しいね!ユキさんも好きだから喜ぶと思うよ」
ビルギットに手土産を渡し、作業場のある奥の部屋へと進んだ。
この先は関係者以外立ち入り禁止とのことだが、前に案内されたこともあって勝手はわかっていた。
「はぁぁぁぁぁ――……駄目だぁぁぁぁ……」
奥の部屋から盛大な溜め息が聞こえてくる。
「ユキさんお邪魔します。また問題ですか?」
作業場となっている部屋に入り、机に突っ伏しながら項垂れる女性に声を掛けた。
「……んんぁあ?ジン・カシマか!良いところに来た!」
ユキノジョウ 裁縫師Lv58
獣猫族 42歳 女性
ユキノジョウは元々白猫館で妓女として働いていたが、30歳で退職し現在は裁縫師として働いている。
裁縫スキルA級を活かし師匠亡き後、店主として店を守っているのだそうだ。
花街の妓女となるものは命名の魔導具によって、名前を書き換えられ花名を与えられる。
退職後、本名に戻されるのだがユキノジョウは花名が気に入ったらしくそのまま使っているのだという。
「注文の品を受け取りに来たんですけど……何か有りました?」
「ああ、アレなできてるぞ。ちょっと待ってろ……って、その後ろの娘は誰だ?」
ユキノジョウの視線が、俺の背後に隠れるシアンに注がれる。
シアンは怯えたように、小さくお辞儀をした。
「言ってませんでしたっけ?俺の妻ですよ」