第136話 ドワーフの鍛冶屋1
「そういやリュカから預かっているものがあるぞ」
身代わりの護符 魔導具 D級 ×3
市場では1つ銀貨3枚ほどで取引されている身を守る魔導具である。
効果は重症に至るような不慮の事故から、1度だけ身代わりをして装備者を守るというものだ。
F級、E級では気休め程度。D級ならそれなりに期待できるといった評価である。
それは小さな金属板に、複雑な魔力回路が彫り込まれた代物だった。
効果を果たすと板は砕け、その役目を終えるのだ。
「ありがとうございます」
俺は魔眼で確認した後、懐にしまい込む。
これは俺が彼女に頼んでおいた約束の品だった。
品不足で入手困難だったらしいが、流石S級冒険者は顔が広いのだろう。
特訓中に彼女と、ある1つの賭けをした。
木剣での激しい打ち込み。
もし1度でも彼女を本気にさせる斬撃を当てることが出来たのなら、ご褒美に何でも言うことを聞いてやると。
『……抱かせろ、とか言うのは勿論ナシよ』
『あ、はい。そういうのは大丈夫なんで』
『…………』
最初は気力と体力を鍛える訓練。
体の動かし方、剣の持ち方、扱い方。
基本技を習い、反復し続ける毎日。
最初は隙をあえて見せ、狙うべき場所を示唆する。リュカは反撃しない。俺は狙うべき場所を打ち込み続けるのみ。
リュカは徐々に隙を見せないように動きを変化させた。俺自身が考え狙いを定めるように。
やがて反撃をするようになった。より打ち込みは複雑に。時折来る反撃を更に切り返す。
まぁ、2ヶ月続いた訓練の中で、結局リュカに本気の1撃を入れることは叶わなかったのだが、俺の頑張りに彼女は特別に褒美をくれるという話になったのだ。
その褒美というのが、身代わりの護符である。
その存在を知ってから、欲しいとは願っていたが入手は難しいということがわかった。
何せ物が無いのだ。店でも入荷待ち、予約待ちといった状況である。
今から欲しいと願ったとしても、実際手に入れるまでには時間が掛かるだろう。そう思っていた。
どのような経路で手に入れたのかは不明だが、約束通り用意してくれたのだありがたく使わせていただこう。
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「すいませーん。誰かいませんかー?」
職人街に赴いた俺は、とある工房の前で店の者に向かって呼びかけた。
「はーい。あっ、カシマ様にアルドラ様。えっと……」
出迎えてくれたのは工房で働く人族の少年だ。
「彼女は俺の連れだよ」
リザが軽い会釈で挨拶をする。
「そうでしたか。ようこそおいで下さいました。親方は地下にいますので、どうぞお入り下さい」
まだ8歳という幼さながら、この工房に住み込みで働いているらしい。
彼とは何度か面識があるのだが、利発で快活な少年である。
物覚えが良い、頭の回転がはやい、手先が器用、明るく快活、要領が良い。
何かしら才能ある子供が居た場合、親は教会などに相談して奉公先を斡旋してもらうことがある。
義務教育という機関がない世界、貧しい者は年少の頃から住み込みで働くというのは珍しいことではなかった。
「この辺りの品はどれもD級のようだな」
片手剣、両手剣、短剣、戦鎚、盾と並べられた商品の種類は幅広い。
「奴は剣専門だった筈じゃが、弟子が作ってるのかも知れんな」
多くの職人たちは専業制で、剣なら剣、鎧なら鎧と専門の品を作っている者が多いらしいのだがここは違うようだ。
「ここに並んでいるのは、ヴィム様の趣味でもありますから」
店の奥へと進み、地下への階段を降りる。
石造りの地下室は思いのほか広く、制作に使用されるであろう素材が至る所に箱積みになっていた。
他にも何に使われるかわからない、金属製の大型機械などがある。
歯車が組み合わさった複雑な機械だ。
埃除けなのか、幾つかの機械には布が被せてある。
その中の1つ、布がズレ落ちたものが視界に入った。
355ミリ火竜砲 魔導砲 C級 状態:破損
その姿形、何処かで見た覚えのあるものだった。
実物を見た訳ではない。何かの本で見た記憶だろう。
そうだ。それは、大砲と呼ばれるものだった。
金属で作られた砲身は、木製の荷車のようなものに設置されていてる。移動して使える設計なのだろう。
周囲を見ると似たような荷が並んでいる。布を被せているが、おそらく同じものだ。数えると10基はあるだろうか。
戦争でも始まるのか?
それにしても、この世界にはこのような近代兵器もあるのだな。
「あまり、ごちゃごちゃ弄られるのはかなわんな」
地下室の奥からヴィムが姿を現す。ギルドで見せる装いとは違い汚れた革製の前掛けを身につけ、仕事着といった様子であった。
「ずいぶん物騒な物を作ってるんですね。これも仕事ですか?」
ヴィムはやれやれと手を上げて答える。
「口外はしないでくれよ。まぁ、お前らだからここへ通したんだからな」
地下室の奥へと誘われた俺達は、誘われるがままに彼に追従した。
「とりあえず適当に座ってくれ。ウィスキーでいいか?」
「ああ」
ドワーフの蒸留酒 飲料 D級
小さな硝子の杯に酒を注ぐ。
特徴的な香ばしい香り。
アルドラはそれを、勢い良く喉へと流し込んだ。
「うむ。旨い」
俺も真似して杯の半分を流しこんだ。喉が焼ける様に熱い。全身の毛穴が一瞬で開いたような感覚を覚えた。
「くはっ……これは……う、旨い酒ですね」
「そうだろう?人族の葡萄酒も悪くないが、酒精が物足りんからな。寝酒にこれをやらんとドワーフは寝られんのよ」
横に視線を動かすと、持っていた杯を静かに卓に戻すリザがいた。
どうやら彼女には刺激が強すぎたようだ。
「あれはゼストの玩具よ。帝国艦隊からの払い下げ品を、密輸商に扮して手に入れた。それを改造して作ったって訳だ。いずれ使う時が来るからとな。まぁ、現時点では使い物にならんが」
一度使用すると砲身が歪み、冷却と調整を行わないと使えないらしい。
冷却装置となる部分が未完成なのと、砲身の強度が不安定ということで実戦に耐えられる代物ではないということだ。
通常の火薬で飛ばす大砲とは違い、1種の魔導具らしい。
「帝国でも不良品扱いだった代物だからな。使えるものに仕上げられるとは思えんが……まぁ、付き合ってやるさ」
「やはり異常発生対策として、ってことですかね?」
「たぶんな。詳しくは聞いてないが。……それより魔剣の具合はどうだ?」