第135話 遥か北の海へ
「というわけで、お前にはレヴィア諸島へ行ってもらう。出発は一週間後だ」
執務室へ通された俺は、唐突な指令をゼストから受けた。
まったく訳がわからない。
レヴィア諸島って何だ?
「ほう。それまた遠いのう」
アルドラはレヴィア諸島を知っているようだ。遠いらしい。
「……えっ」
リザの顔が見る間に青ざめる。
遠くに行ってもらうというギルドマスターの言葉に、不安を感じているのだろう。
「……すいません。話が全く見えてこないので、わかるように説明してください」
唐突にそんな言葉を掛けられては、リザが不安に思うのも無理はない。
ともあれ事情を聞いてみないことには、受けることも断ることもできない。
まずは話を聞く。全てはそれからだ。
「おっと、説明がまだだったのか。なるほど、そりゃ訳がわからないよな。つまりだな――」
レヴィア諸島。
ルタリア王国より北の山岳地帯を抜け、その先に広がるハイドラ帝国を更に超えた先、北の海洋上に存在すると言う、とある領域の島々の総称。
帝国からの距離は近いものの、いくつかの理由があって侵略は免れている中立地帯のようだ。
ベイルからは遥か遠い異国の地ではあるが、ゼストは若い頃に訪れたことが有り、個人的な繋がりがあった。
現在ベイルから送られた駐屯調査団が、その地域でとある調査を行っているのだが人員が不足しているらしい。
自衛能力が高く、探知、鑑定のスキル所有者を探しているとのことだ。
「アルドラと共に旅をしていた頃、立ち寄ったことがあってな。まぁ、その時に縁が出来たわけだ。細かい仕事の内容は現地で説明されると思うが、島の地下にある迷宮の調査を手伝うって感じだな。調査が主な任務だが魔物も存在するので、自衛能力も必須ということだ」
アルドラはパーティーの仲間と共に諸国を巡っていた時期があったという。
その仲間にはゼストも入っていたのだ。その頃の話らしい。
「しかし話だけ聞くと、かなり遠くないですか?陸路で行くんですよね」
仕事。まぁ、出張だよな早い話が。
せっかく慣れてきたベイルを離れるのかと思うと、思うところはある。
遠い場所なら行って帰るだけでも、相当な時間が掛かるだろう。
飛行機なんて無いだろうし、簡単な話ではない。
それに今の俺には家族と言える人たちも居るのだ。そのことを抜きに話など進める事はできない。
「まさか。山岳地帯は素人には抜けられん。崖崩れも多いし、まともな街道もない。基本徒歩での移動だから、相当な時間がかかる。だから北を目指すとき、普通は海路を使うんだ」
「わしらのときも、船便を乗り継いで行ったんじゃったなぁ」
アルドラは目を細め、昔を懐かしむ。
「まぁ、海路でも片道2ヶ月は掛かるからな。しかし、今回は時間がないから別の方法を使う」
ゼストににやりと含んだ笑みを見せた。
「別の方法?」
>>>>>
「なるほど。それで随行員が1人というのは、どういう理由で?」
横で口を閉ざしたままのリザが無表情でゼストを睨む。
いや、睨んでいる訳ではないのか。美人が無表情で一点を見つめているので、そう見えるだけだ。
ゼストは思案しながら答えた。
「龍脈の流れを調整するのと、装置を起動させる魔力充填に一週間ってとこか。人数が増えればそれだけ消費する魔力も増大する。アルドラは胸ポケットにしまっておけばいいとして、お嬢ちゃんは何が何でも付いて行くって顔してるしな」
リザが深く頷いた。その眼差しに強い決意を感じる。
「……それって断ることは、出来ないんですよね」
「そうだな、できれば行って欲しい所だな。ギルドと特別に契約している腕利きの斥候もいるにはいるが、今は大森林の調査で手一杯だしなぁ……」
異常発生を経て、魔物の生息分布は大きく変化していた。
巨人は浅層域を行動するようになり、小さな集落のような物も確認されている。
大森林に変化が起きている。
森で一体どのような変化が起きているのか、正確に把握する必要がある。そのためにギルド主導で大規模な調査が連日行われているのだ。
「お前に融通した魔法薬、あれはS級クラスの冒険者に何かあった時のためにと秘蔵して置いたものなんだよ……まぁ、ジンはアルドラの息子みたいなものだし、別に後悔はしていない。いずれはS級になる逸材だと信じているし、体が万全で無いために重要な成長期間を棒に振るというのも忍びないからな」
俺の方にちらちらと視線を送りながら、ゼストは頭を抱えた。
「まぁ、無理にとは言わないさ。仕事自体は難しい物じゃないが、遠いしな……しかし他に人員が居ないことも確かなんだ……あぁ、困った……」
酷い三文芝居だった。
アルドラが顔を伏せて苦笑する。
「……よく言うわ」
龍脈というのは、地下深くに存在すると言われている魔素の流れのことらしい。
人間の皮膚の下に血管が走るように、大地の下には龍脈が走り、魔素というエネルギーを循環しているのだという。
しかし、そのあたりのことは研究が殆ど及んでいないために、多くのことはわかっていないそうだ。
「じゃあ魔力があれば問題ないということですか?」
ゼストは腕を組んで唸る。
「まぁ、な。調節が問題だが……それはいいか。だが魔石の1つや2つじゃ話にならんぞ。随行員1人追加するのにC級の魔石を最低10は必要だな」
ベイルには魔石を売買する商店、魔石屋が存在する。
魔石というのは魔物の体内で熟成される魔力の結晶だ。
大きさは小指の先ほど、大きなものだと握り拳ほどの物もあるとか無いとか。
魔力の結晶化というのは人族および妖精種(亜人)、獣人種、魔物化していない通常の生物には起こりえない現象らしい。
原因は不明だが、極稀に魔素の非常に濃い地表などでも見つかることがるという。
魔石は冒険者は勿論のこと、ベイルでは一般の市民にも馴染みの深い素材の一つだ。
魔石は魔導具に内蔵すれば、魔力を消費せずにその機能を使うことができる。
粉末状に加工すれば薬品の材料に。また魔晶石の充填にと用途の幅は広い。
現在、魔石のベイル相場は
F級 20~50シリル
E級 100~300シリル
D級 1000~3000シリル
C級 10000~30000シリル
B級 100000~300000シリル
となっている。
品薄になれば値段が上がり、供給が増えれば値段は下がるといった具合だ。
ランクが上がるほど店に持ち込まれる魔石の数は少ない。
持ち込む者というのは殆どが冒険者なのだが、高レベルの冒険者ならば自前で消費することが多いからだ。
ベイルほどの大都市でもB級は数えるほどしか在庫は無く、A級以上に至っては全く無いらしい。
今からC級を買いに走っても、一週間で規定の数を揃えられるかは不明だ。
「C級が揃わない場合は、D級を代用って訳にはいかないのですか?」
「それはダメだな」
等級が上がると、内包された魔力量と共に質も上昇する。
使用する用途によっては下級の物での代用も可能らしいが、それが全てに適用されるということでもないようだ。
「D級での代用は無理だが、代用の手は他にもあるぞ」
そう言ってゼストはリザに不敵に笑いかけるのだった。