第118話 巨人殺しの英雄4
黄銅のギルドカード。
D級冒険者の身分証。
「これでお前はD級に昇格だ。これからも頼むぞ」
そう言ってゼストは満足気な笑みを見せる。
「ええ。どうも」
左手でカードを受け取る。
「おっと。そうか……そうだな」
ゼストが指示をしてエリーナが何かを持ってきた。
琥珀色の液体が収まった硝子の小瓶。
ライフポーション 魔法薬 S級
S級?S級の回復薬?
なんでマスターがこんなもの持ってるんだ?
ゼストはエリーナから受け取った小瓶を俺に渡した。
訝しげな視線を送る俺に、ゼストはからからと笑う。
「飲め。その腕も治るぞ」
現在、薬師たちが作れる最上位のポーションはB級まで。
だがB級でさえ作れる者は世界でも数名程度なのだ。
大森林の遺跡からは様々なものが発見されている。
遺物とされる古代の刀剣類、失われた技術から作られた魔導具、未知の魔法薬。
この魔法薬もその1つなのだという。
「俺に手に入らない物はないのさ」
そう言ってゼストはにやりと笑い、魔法薬を進めてきた。
腕を治せるアテは今のところないと言っていい。
ともあればチャンスではあるのだが、本当に貰ってしまっていいのだろうか。
S級といえば、相当な希少品なのは間違いないはず。
「若い奴が遠慮などするな。アルドラの弟子ともあれば、知らない奴でもないだろう。まぁ俺はお前に期待している。先行投資ってやつだ。利き腕がないので、冒険者やめます。なんて言われても勿体無いのでな」
周囲を見渡す。リュカやヴィムの顔を伺うと、うんうんと頷いてる。
受け取っても良いという事だろうか。
「えっと……それじゃあ、遠慮無く」
魔法薬を受け取り、恐る恐る中の液体を飲み干す。
サラリとした飲み口。苦いか酸っぱいかという不味い味を想像していたが、様相に反して殆ど匂いも味もない。いや、後味が微かに土の味がするような気がする。
小瓶の液体を全て飲み干し、しばらく待つと体に異変が起きた。
体の中から熱が生まれる。
まるで火が付いたかのように、それは全身に行き渡る。
だが苦しいという感覚はない。どちらかと言えば心地よい気分だ。
気づけば俺の全身から、とてつもなく強い黄金のオーラが立ち上がっていた。
「おお……すごいな」
ヴィムから感嘆の声が漏れる。
「私も実際見るのは初めてね」
リュカもこの様子を興味深げに観察している。
黄金のオーラ。まるで闘気のスキルを使用した時と似ている。
いつも使う闘気のオーラよりも遥かに強い光。
まるで太陽の炎のように、黄金のオーラが全身を駆け巡り溢れ出ている様だ。
それが体の内側から生み出されているものだと、自然に理解できた。
失われた右腕の傷口が熱く疼く。
「これがS級の魔法薬ですか……」
エリーナも珍しく驚いている。彼女もこの現象を見るのは初めてのようだ。
傷口から黄金の炎が、火口から吹き上がるマグマのように溢れ出ている。
光の粒子が大量に舞い散り、あたりを埋め尽くす。
強い光に埋め尽くされる中で、確かな手応えを感じた。
光の粒子が集まり、腕を復元していく。
肉が盛り上がって再生されるといった現象ではない。
未知のエネルギーが肉に変換されているようだ。
気づけば光は収まり、右腕がかつての姿を取り戻していた。
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「……ありがとうございました」
若干腑に落ちないが、助かったことに違いはない。腕が無いと困ることも多いのは事実だ。
「まぁ気にするな。返済は依頼料から毎回1割引いておくので、頑張って稼いでくれ」
結局のところ魔法薬は無料とはいかなかった。まぁそりゃそうか。希少な品のようだし。欲しがる奴はいくらでもいるだろう。いや、金さえあれば誰でも欲しがるか。
提示された金額は大金貨にして100枚。500万シリルだ。これは貧民街に住む1人の労働者が一生のうちに稼ぐ金よりも多い金額である。
普通の冒険者なら到底払える金額ではない。たぶん無理をして途中で死ぬ確率のほうが高いだろう。
正直高すぎないかと思わないでもない。
しかしアルドラは一晩で多数の巨人を撃破し、報奨金だけで200万近く稼いだというので無理な話ではないと思う。
勿論アルドラをアテにしている訳ではない。自分で稼いで返す。当然のことだ。
しかしながらアルドラは幻魔である。俺は彼の主である。召喚獣的な存在である。本来食事とか衣食住とか考えなくていい立場なのだ。
稼いでも使い道は装備くらいなものだし、正直金を使う必要はそれほどない。……と思う。と思うのだが……
「アルドラの報奨金は酒代に変わったぞ。ホールで死体のように転がってる連中にくれてやったからな」
ウイスキーだの、ウォッカだの、値の張る蒸留酒が大量にギルドに運び込まれた。報奨金は全て無くなったらしい。
「だがそれも必要なことだろう。というアルドラの判断だ。アルドラは突然やってきて獲物を根こそぎ奪っていったようなものだからな。反感を買わないように配慮する必要があったのだ」
俺のため、ひいてはリザやシアン、ミラさん家族の為ということだ。
ピンチの時に来てくれた英雄なら、命を救われ感謝もするだろう。
だが巨人を殺せば金になる。それを知ってしまえば……そしてある程度の危機を乗り越え、心に余裕が生まれれば、獲物を奪いすぎだ。俺の獲物を横取りする気か。報奨金を独り占めする気かと反感を買うことに繋がる。
それでも皆を助け、強さを見せつけ、なおかつ得た報奨金を気前よく酒として全員に振る舞えば、そうそう反感も生まれないだろう。
強く気前のいい英雄を演出したわけだ。余計な敵を作らないように。まったく頭の下がる思いである。
「魔剣のことは任せておけ。アルドラの剣は今まで嫌というほど打ってきたからな。一応奴にも意見を聞いて、出来るだけ良い物を作ると約束しよう。珍しい素材だし、俺も興味があるからな」
「よろしくお願いします」
魔犬の大牙はヴィムに預けることにした。
それを使ったアルドラの魔剣を打ってくれるらしい。
アルドラは剣を失ってしまったようだし、丈夫な剣を欲していた。街で売っている物より、良い物を作ってくれるそうなので期待することにした。
それに彼の攻撃力が上がるなら願ったり適ったりである。
「一週間は安静にしていろよ。剣を振り回したり、重いものを持ち上げたりするのは一週間経ってからだ。安定するまでは時間が掛るらしいからな。リハビリがてらに柔らかいものとか、軽いものなら多少は問題ないがあまり無理はするな」
「わかりました」
「一週間後、迎えに行くわね」
「はい」
リュカは異常発生に連なる調査の仕事が終わったということで、しばらく暇を貰ったらしい。
その暇を使って俺に剣を教えてくれるそうだ。
「アルドラは何だかんだ言って子供には甘いからね。それに彼の得意な得物は大剣だから、片手剣なら私のほうが上手だと思うわよ」
アルドラは巨人や巨大な魔獣なんかを相手する戦いを好む。リュカは人型くらいの魔物との戦闘も熟知しているので、指導を受けるのはそういう意味でも有意義だという話だ。
英雄からの指導を受けられる滅多にないチャンスだ。断る理由はないだろう。
それまで彼女は森の様子を見て回ったり、自分の家族のいる村に顔を出しに行くと言っていた。
巨人の進行で被害を受けた村もあるようなので、そのあたりの確認だそうだ。