第113話 姉妹の奉仕2
「兄様、痒いところは無いですか?」
「うん。大丈夫だ。気持ち良いよ」
シアンは背後に回り髪を洗ってくれている。彼女の手つきはぎこちないが、丁寧にやろうという気持ちは伝わってくる。それを思うとなんとも言えない、胸に温かいものが満たされる。
「良かったです」
シアンの声は嬉しそうだ。
彼女と初めて会った頃の事を思い起こせば、ずいぶんと懐いてくれるようになったものだ。
それが嬉しくもあり、愛おしくもある。
時折失った右腕のほうへと視線を感じる。
普段は包帯を巻いているが、今は濡れるので外してある。
まぁ、怪我の部分は自分が見ても、正直グロい。噛み切られたわけだしな。剣で切り落とされたほうが、まだマシな状態だったような気もする。
そんな訳で、否応なしに注目を集めてしまうのは仕方のないことかもしれない。
「気味悪いだろう?早く治せるといいのだが、まぁしばらくは無理だろうな」
ははは。と軽い感じでシアンに話しかけると、彼女がそっと腕に触れた感触がした。目を瞑っているのでその様子は見えない。
「気味悪くなんか無いですよ。……早く治せるといいですね。また兄様に抱きしめてもらいたいです」
シアンの細い指が傷口近くへと伸びる。
「痛くないですか?」
「痛くないよ、大丈夫だ」
少ししてからリザがやってきた。
彼女は俺の前にそっと跪く。
「ジン様、お湯加減は如何ですか?」
木桶に張った湯に指を入れながら温度を確認する。
「あぁ、丁度いいよ」
木桶は平たく底の浅いものだ。それに湯を張り、タオルなど布を濡らして体を清めるのが、この国の一般的な風呂文化であるらしい。
どうも銭湯のようなものは無いらしく、相当な金持ちか、貴族くらいしか俺のイメージする風呂というものは所有していないようだ。
つまりそれほどの贅沢品なのだろう。
俺は風呂好きということもあって木桶にあぐらをかいて座り、無理やり風呂感を味わっている。サイズ的にも多少無理があるものの、濡らしたタオルで体を拭くだけでは得られない満足感があるのだ。
「体を洗いますね」
「うん。頼むよ」
リザはスポンジのようなものを湯に浸し、石鹸を擦り付けて泡立てた。
ベイルでは石鹸はそれほど高級品ではない。材料の獣脂も木灰も、森の産物として大量に手に入るからだ。
スポンジは植物を乾燥させて作る天然のものらしい。
スポンジより固くタワシより柔らかい感触がある。
話によるとヘチマのような植物らしいが、俺の知るヘチマよりも感触は柔らかい。
リザが丁寧に体を洗ってくれる。スポンジを使って強く擦る。だけど強すぎない、絶妙な力加減。非常に気持ちいい。スポンジが使えない場所は手に石鹸を泡立てて洗う。まるでマッサージするような手つきだ。
単純な力ではない。優しい手つきだけど、疲れが揉みほぐされるような溶かされるような感触。そういう仕事してるんじゃないかな?と思えるほど手慣れた動きだ。とても素人とは思えない。
「まさか、そんな仕事したことありませんよ。前にタマさんにコツを教えて貰ったことがあるくらいです。もちろん男の方にこんなことをするのは初めてですよ……?」
そう話しながらもリザに全身を洗われる。
ここは天国ですか。そうですか。
やばいな癖になる。それぐらい気持ちがいい。女の子の柔らかい手で洗われるだけで気持ちが良いのに、リザのテクニックは既にプロ級である。
「そうですか。喜んでもらえたようで嬉しいです。ふふふ。もっと気持ちよくさせちゃいますね」
彼女は嬉しそうに笑顔を見せる。少し悪戯っぽい笑顔だ。可愛らしくもあり、色っぽくもある。リザのギアが一段あがったような気がした。
しかし、あまり張り切られると色んな意味で大変な感じになりかねないので、そろそろ手を止めてほしいところでもある。
「リザ、お客様が来てるわよー」
少し離れた所から声が掛る。ミラさんの声だ。玄関に来客があったようだ。
「はいー。今行きますー」
リザは手の汚れを手早く布で拭き取る。
「すいませんジン様、ちょっと席を外します。シアン後はお願いね。自分の体を洗うよりも丁寧に。わかってるわね?」
「はい。姉様」
リザが席を立つ。丁度よかった。髪も体も洗ってもらったし、後は自分で出来そうだ。むしろ自分でしなければならない状態である。
そのあたりのことをシアンに伝えると、彼女は暗い顔をして俯いてしまった。
「やっぱり姉様じゃないとダメですか……?」
私ではダメなんだ、と小さな声で呟いている。
自分の胸を触りながら、小さいとダメなのかな……と項垂れている様子だ。
マズイ。落ち込ませてしまった。しかも明後日の方向に勘違いしている。
「いや髪も体も洗ってもらったし、後は大丈夫だから……ほら俺も恥ずかしいし……」
まぁ、こう言っておけば角が立たないかな?シアンには十分手伝ってもらったので、ありがたい気持ちでいっぱいなのだが、俺の暴れ馬を見せてドン引きされても忍びないし、いやドン引きくらいなら良いか。
気持ち悪い最低。とか言われて嫌われる可能性のが高いよな。うん。嫌われる方向は避けたい。シアンに嫌われるような事になれば、俺の精神的ダメージが計り知れない。たぶん泣く。
「わかりました。それならこうしましょう」
シアンは名案を思いついたとばかりに、声をあげた。
シアンはタオルで目隠しをして俺の眼前に座り「さぁ兄様、これで恥ずかしく無いですよね」と意気込んでいる。
駄目だ。どこから突っ込んでいいのかわからない。いろいろ間違っているのは確かなのだが。
「兄様立って下さい。私が姉様の代わりに洗いますので」
どうしよう。シアンがやる気を出してらっしゃる。
彼女は「私も兄様のお役に立ちたい」と言って憚らない。
立って下さいと言われても、もう立ってます。とは言えないしなぁ……
しかしシアンにお願いされては俺も断ることはできない。
ここは受け入れるしか選択肢はないだろう。
俺はしばらく悩んだすえに意を決した。
木桶からすっくと立ち上がる。
腰にはタオルを巻いてある。直視は出来ないから大丈夫だろう。彼女は目隠しもしているし問題無いはずだ。バレなければいいのだ。
「わかった。シアンよろしく頼む」
「はいっ」
シアンは膝立ちになり元気よく返事をした。
近い!顔が近いよ!シアン、あぶねえ!
シアンが足元から脹脛、太ももと丁寧に洗ってくれる。
目隠ししているから手つきは余計にぎこちないが、一生懸命だ。シアンの真剣な顔つきが可愛い。
しかし今のこの状況、客観的に見ると色んな意味でアウトだ。俺は心のなかで頭を抱えた。
「あっ」
俺の声にシアンがビクリと身を竦ませる。
「ごめんなさい。痛かったですか?」
シアンの声に不安の色が混ざる。
「いや、大丈夫だ。そうじゃなくて、もう大丈夫だ。ありがとうシアン」
俺は慌てて言葉を紡ぐ。
「まだ洗ってない所ありますよ?」
シアンは小首を傾げる。跳ね返った湯を浴びたのか、彼女の胸元はずぶ濡れだ。あらわな感じになっていて、いろいろ直視できない状態になっている。
「あー、いや大丈夫。それで洗うと痛そうだし、あとは自分で出来るから」
「兄様お願いです、私に最後までやらせて下さい」
シアンはそういって自らの手に石鹸を泡立てる。
「どうしても、私じゃダメですか……?」
彼女は泣きそうな、湿った声で小さく呟いた。
俺はその声を聞いて――
「わかった。シアンよろしく頼む」
と答えるしかできなかった。




