第11話 正義の為に
『村長に指名されたわしは、その話を受けることにしたんじゃ。まぁ断るという選択肢はなかったんじゃがの。村長に指名されるというのは、大変な名誉でもあるからのう』
そして、その直後にウルバスは村から姿を消したらしい。
『それほど仲の良い兄弟では無かったかもしれん。あまり接点は無かったからのう。今にして思えば、奴はプライドが高かったんじゃないかと思う。優秀な自分が認められず、無能なわしが認められてしまったんじゃからな』
「それから彼はずっと姿を見せなかったんですか?」
『あぁ、エルフの中には村を捨て、はぐれとして生きる者もいる。わしはその時、ウルバスは村に嫌気が差して、森を降り人の街へ行ったんだと思っておった。いくら優秀なエルフでも魔物が徘徊する森を、1人で生き抜くのは難しいからの』
村長に指名されたのが、およそ30年くらい前だという。
その後、族長にも指名され、氏族の長としての地位も兼ねるようになった。
『ウルバスが姿を現したのは、約1年ほど前じゃ。あの日、村から姿を消した時と同じ姿形と邪悪な笑みで、この村に戻って来たのじゃ』
夜間の突然襲撃に村はパニックになった。
アルドラが知る限り、この村が魔物に襲撃を受けたことは無かったからだ。
最初の襲撃で何人かの村人が犠牲になり、村の若衆が応戦したが、返り討ちに会い、その若い命を散らしていった。
『わしは皆を逃がすために、1人残り囮となった。そして気づいた時には、この有り様じゃった』
その後、王国の領内に存在する、ある街の冒険者ギルドが、この村の訃報を聞きつけ、現地調査に乗り出したようじゃ。
おそらくこの村の生き残りが、人の街に助けを求めたのだろう。
魔物の住む森の中に居て、村が襲撃に会い滅ぼされるということは、ありえない話ではないのだ。
しかし今回は少し、様子が違った。
エルフの村を襲撃したのは、同じエルフではないかという話だった。
『襲撃の時間は深夜であったが、エルフ族は夜目が効く。おそらく襲撃者の顔を確認した者もおるじゃろう。その中でウルバスに気づいた者も、おったやもしれん』
平和を尊び、俗物に染まることのない、森の民エルフ。
厳しい環境である森の中で、ほぼ親族で構成された村で生活する彼らは、人間のそれよりも、村民同士の繋がりは深い。
子供が出来にくく、寿命が人間よりも長い彼らは、同種同士で殺し合うという概念がそもそも無いらしい。
それは常に互いに助け合わなければ、生きていけなかった生活環境から来ているのだろう。
『調査隊が来る頃には、わしは今の状態になっておった。彼らの装備を見た限りでは、おそらくC級かB級の冒険者のようじゃったな。ギルドでも熟練の者達じゃろう』
彼らは村の状況を調べ、残った村人の遺体を埋葬し数日滞在した後、撤収していったという。
ちなみに亡霊となった、アルドラさんは、冒険者たちの前に姿を晒しても、認識されることはなかったという。
「俺は魔眼があるから、アルドラさんが見えるんですかね」
『おそらくそうじゃろう。冒険者の後にも、他の村のエルフや獣人族の者が状況確認の為に、何度か来ていたようじゃが、わしに気づいたものはおらなんだ』
「ウルバスはどうなったんですか?」
『やつはあの襲撃以来、どこかへ姿を消した。冒険者たちもおそらく見つけられなかったんじゃな』
「あれは一体なんですか?魔人という職業が見えたんですが……」
あの血の様に紅い瞳に、常軌を逸した行動。
とても正常な状態とは思えない。
『あれは、おそらく魔人落ちと言われるものじゃ。わしも実物は初めて見るがのう』
この世界の、あらゆるものには魔素と言われるエネルギー物質が存在している。
目には見えないそれは、地下深くから湧き出て、大気中に放出される。
放出された魔素は、植物が吸収し、その植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が……というように魔素は世界の食物連鎖の中で循環しているらしい。
そして人間やエルフは、体内に取り入れた食物から魔素を摂取している。
摂取された魔素は体内で魔力に変換され、魔術を行使する際の燃料として使われるということだ。
しかし、この魔素を短期間の内に過剰に摂取すると、肉体に変異を起こすと言われている。
森の動物が、短期間の内に過剰に魔素を摂取し、変異した姿が、魔獣なのだという。
それは人間やエルフにも起こりえると、研究者たちは考えていた。
しかし実際に、魔人化したという事例は数十年前に人族に起こった1例のみで、魔人について人類はなにも知らないと同義である。
「はぁ、なるほど。とにかく今の俺と比べても、かなりの格上だし、かなりヤバイ相手だというのはわかりました」
俺はいそいそと、荷造りを始める。
『何してるんじゃ?』
「明るい内に、ここを出ようかと。アルドラさんお世話になりました」
俺はアルドラに向かって深々と頭をさげる。
『何じゃ!ここはわしと協力してやつを迎え撃つ算段をする場面じゃないのか!?』
「いやいや冗談でしょう。俺の雷撃も効かなかったですし、あれを相手するには、レベルも経験も今の俺には足りてませんよ。まぁ冒険者の方たちが、また来るでしょうから、そっちの方たちに事態の解決はお任せしましょう」
アルドラは苦悶に満ちた表情を見せる。
『いや、魔人となってしまい罪を重ねたとはいえ、あれでも我が弟であり同胞なのだ。冒険者に魔物として討伐されるのは偲びない。お主が奴の凶行を止めては貰えないだろうか?』
「いや、無理っす」
『返事が早いのう!もうちょっと考えてくれんか?』
俺は、うーんと唸り声を上げる。
「リスクがあり過ぎますよ。俺にメリットないですし」
正直アルドラさんには、かなり世話になったので、できることなら願いを聞いてあげたいが、俺も命は惜しいのだ。
こんなところで命を掛けたバトルをするつもりはない。
『では、奴を止めてくれた暁には、わしの娘を、お主にやろう』
「は?」
なにその軽い感じ?娘ってそんな感じで貰えるの?
『まぁ正確にいうと、姪孫にあたる者だが、母に似てなかなかの美人じゃから、気にいると思うぞ』
「いや、でも当人が居ないのに、そういう話ってどうですかね……」
それに会ったこともない娘さんをくれるって言われてもね、ピンと来ないよ。
まぁ美人ってワードは気になるけどね。
エルフの美人ね。
まぁ会ってみてもいいかな。
『たしか胸はEカップじゃったかな』
「アルドラさん、魔人落ちしてしまったウルバスを止めましょう!このまま放置すれば、新たな犠牲者が出ないとも限らない!俺も協力しますよ!」
『お、おぉ……』
かくして俺は、哀れなエルフ族の凶行を止めるため、正義の為に立ち上がったのだった。