第111話 ベッドの上で
「ジン様っ!」
リザの叫ぶような声に意識を覚醒させる。
ぼんやりと瞼を開けて周囲を確認すると、古い木材で囲まれた部屋のようだった。
窓は無いらしく部屋は薄暗い。明かりには壁際に設置されたカンテラがススと共に弱い光を放っている。
燃料は獣脂だろうか。肉を焼いたような匂いが、微かに部屋に漂っている。そういえば腹が減ったな……
「……だいぶ寝てたか?体の怠さから、相当時間がたってるとはわかるんだが」
寝ていた体をゆっくりと起こす。頑丈に作られた木製の寝台。敷布団に毛布を何枚か重ね、清潔な白い布でまとめている。柔らかい感触が心地よかった。
ベッドの周囲には、竹のような繊維質の植物で編んだと思われる衝立が、視界を遮るように並んでいた。
部屋全体ではそれなりに広い。40帖くらいはあるだろうか。
「まだ寝ていて下さい。体力を戻すにはもう少し休まれたほうが良いと思います」
リザに肩を押されて抵抗する気力もなく寝台に押し戻される。
確かに体力は戻ってないようだ。気が抜けたのかもしれない。
ベッドに横になっている間、彼女は傍らの椅子に腰掛けずっと手を握っていてくれたらしい。
意識を取り戻した姿に安心したのか、屈託のない笑顔を見せてくれる。
意識を失ってから時間にして、丸一日ほど経過しているそうだ。
街には異常発生の報が発令され、戦闘力のない住民は所定の場所に避難しているらしい。
リザは一度ミラさんとシアンの安否確認に外出したあとは、ずっと俺の側にいたようで細かい戦場の状況は把握してないようだ。
ちなみに2人の無事は確認できたようで、今は同じ建物の別室で休んでいる。
ベッドの脇には外された装備類が纏められている。
その中の鞄をあさって盗賊の地図を取り出した。
現在位置を確認すると、冒険者ギルド近くの建物地下にいるようである。
「ここは冒険者がよく利用する治療院の地下施設らしいです。戦闘で負傷者が出た場合は、ここに運び込まれるという話です」
多少の怪我なら光魔術の治療で現場での回復も可能なのだろうが、腕が千切れた、足が吹き飛んだ、などという大きな負傷となると簡単には行かないだろう。
そういった場合は負傷兵として、ここに運び込まれる訳か。
確かに似たような部屋は他にもあるようだし、施設としては相当でかそうだ。
それにこの部屋にも何人かの存在(魔力)を感じる。
たぶん位置的にベッドに寝ている。負傷者だろう。俺はギルドの作戦に参加したわけではないが、ギルド会員ということでここに運び込まれたのか。
リザの話によると、ギルドに報告はしたものの巨人の動向はギルドも知る所で既に動き出していた後であったという。
魔人の存在、希少種の存在、巨人の群れの動向などを報告した後、職員の手を借りて俺をここまで運んだようだ。
「ジン様は負傷者ということでギルドの召集は免除されるそうです」
リザはそのあたりのことも確認してくれていたようだ。
もし召集に応じて作戦に参加しても、E級だと後方支援になるという話だが。
「でも街が大変なときに寝てるのも、何となく申し訳ない気分だな……」
そういって苦笑してみせると、彼女は腕を首にまわし優しく抱きしめてきた。
「ちゃんと休むべき時は休んだほうがいいですよ……」
その言葉の後にも何か言いたそうな雰囲気であったが、彼女はぐっと言葉を飲み込んだようだ。
抱きついた状態のまま、沈黙が流れる。
「そうだな。無理して作戦に参加しても、邪魔になるかもしれないしな」
「そうですよ。今はしっかり休んで体力を回復させてください」
抱きついたまま、彼女は安心したような声で答えた。
俺はそっと彼女の首筋に手を延ばす。
「あっ……ダメですよぉ……ここには他にも人がいますし……」
リザの吐息が首筋にかかる。そういう触れ方をするといい反応を見せる彼女に、つい俺も調子に乗ってしまうのだ。
「少しだけな……?」