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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第2章 自由都市ベイル
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閑話 冒険者たちの戦い4

「やれやれ、この歳になってまで戦場に駆り出されるとは思ってもみなかったのう」


 鋼の輪を組み合わせて衣に仕立てた胴鎧、通称チェインメイルを着込んだドワーフが呟いた。


 腰のベルトには鞘に収められた剣と短剣。手に持つのは巨大な戦斧。140センチにも満たない身長だが、肩幅は広く胸板は厚く、鎧兜に身を包み直接は確認できないが、その逞しい肉体を疑う余地は存在しないだろう。


 戦斧は柄の長さだけで既に身長を超えるほど有り、斧頭の凶悪な双刃が鈍い輝いを放っている。バケツのような金属の兜を被っている為その表情は窺い知れないが、片手で柄を握り肩に悠々と担いでいる様子は随分と余裕があった。


 相当な重量のある得物だというのは間違いないだろうが、その金属の塊とも言える巨大な戦斧を軽く扱う、この小さな体の老人にどれほどの力が備わっているのかは、一見したところでは計り知れない。


「すまんな。だが工房が潰されては、爺どもも困るだろう?一仕事終えたら上手い酒を用意する手筈になっている。酒代くらいは稼ごうじゃないか」


 ドワーフの老人に声を掛けたのは、全身板金鎧という金属の防具で隙間なく身を包んだドワーフの男だった。


「ヴィムよ、そうゼスト坊やに言えと言われたのか?まったく俺等が酒をこよなく愛するドワーフだからと言って、なんでも酒で解決できると思ったら大間違いじゃぞ!」


「そうじゃ!そうじゃ!」


 バケツのドワーフが声を荒げると、それに何人かのドワーフの声が続いた。


 冒険者ギルドの実質的なサブマスター、ヴィムが指揮するドワーフ戦士隊である。


 総勢12名からなるドワーフの戦士たちは、平均年齢200歳弱のドワーフの老人会であった。


 一番若いヴィムでも150を超えているのだ。ドワーフは長命種だというのは人族の間でもよく知られた事実であるが、それにしてもその堅牢な肉体には驚かされるばかりである。彼らには人族の常識は当てはまらないのだ。まぁ、この老人たちが特別元気というのも、否定はしない事実ではあるのだろうが。 


「ゼスト秘蔵の古竜酒らしいがな。1人に1壺、用意があるといっていた」


「……なに?」


「それは真か?」


「なんと豪勢な」


「金を積めば買えるという代物でもないぞ」


 竜酒というのは少数民族である竜人族が作る伝統の酒で、材料を仕込んだ後に壺に入れ密封し、土中にて熟成させるという珍しい酒だ。


 同じ材料、同じ手法をとっても竜人族が仕込んだ竜酒の味に成らないために、この酒を好むものは数に限りのある竜酒を買い求めるしか無い。


 少数民族であるが故に作られる数には限界があり、市場に出回る数も少ない幻の酒である。


 また通常の竜酒で熟成の期間は2~3年。年を重ねるほどに風味も価値も増すとされ、10年物以上になると古竜酒として区別される。


 正常に熟成されているかは封を解かなければ確認できないため、10年寝かせた挙句に中身が価値の無いものになっていたということもよくある話で、この酒の作成の難しさと希少価値を高める要因になっている。


 独特の風味とクセのある味わいは、多くの好事家を生み出した。


 特に年代を重ねた古竜酒は、強いクセが抜け風味が強調されているため、多くの人に好まれているらしい。


「まったくあの坊やらしい、いやらしい選択じゃな。あれは一度味わってしまうと癖になるからのう」


「そのくせ、物がない故に金を出せば買えるというものでもない。人族の貴族連中にも求めるものは多いようで、常に品薄じゃからな」


「独自のコネを持っているということか。まったく顔が広いやつだ」


 ドワーフたちはやれやれと言いながらも、各々の装備の点検を始める。報酬にと提示された酒にはそれほどの価値があるようだ。




 それぞれに違った装いの重装備といえる武装で身を固めたドワーフたちは、ベイルからいくらか離れた小高い丘に陣を張っていた。


「おぉ、あれが希少種か。巨人の希少種なんぞ初めて見るが、随分とでかいのう」


 ドワーフの1人が陣から遠見筒で巨人の動向を探る。


 大きく体を揺らしながら移動する巨人の群れの中に、ひときわ巨大な物体が紛れている。どんな巨人よりも圧倒的に大きな巨人だ。


 普通の巨人と並んで歩くその姿は、まるで人族の大人と子供くらいの体格差がある。



 既にベイルの目前まで迫っている巨人たち。城壁まで辿り着くのは時間の問題だった。




>>>>>




 城壁上ではベイルに設置されたバリスタが、敵の接近に備えての準備を進めていた。


 ベイルは数万の市民が生活する巨大な城塞都市である。もともと存在していた遺跡の上に城壁を備え、砦から都市へと成長していった街だ。


 魔術師の力も借りて作られた城壁は十数キロに及び、堅牢に敵の侵入を防ぐ盾となっていた。


 しかし今まで敵の侵入を1度足りとも許したことのないその信頼も、今や危うしと守備隊は不安を募らせていた。




 到底信じられないほどの巨岩が空を舞った。


 何処からとも無く飛来したそれは、ベイルの城壁をいとも容易く破壊する。


 城壁上に展開していた数台のバリスタが呆気なく瓦礫の波に消えた。


 ベイル防衛に携わっていた守備隊は困惑の色を隠せないでいた。


 現実を受け止めきれないのだ。それもそうだろう、このような自体は誰も想定していない。何が起こったのか予想もつかない。只々呆然とするばかりだ。


 目の前に広がる、かつて城壁だった砕けた石の塊。


 それを見つめる守備隊の面々。


 この時点で、この惨状を把握できていたのは希少種の動向を探っていた者達と、その周辺の巨人と相対していた者達だけだっただろう。




「これはマズイのう」


 ドワーフの1人が呟いた。


 白く長い髭を擦りながら、押しこむように唸り声を上げる。


 その視線の先には件の希少種が居た。



 

 焦げ茶色の肌を持ち、他のどの巨人よりも遥かに巨大な体躯を備えた希少種だ。


 腕やら胴体やらに黒いミミズのような模様が見える。頭部には骨の兜だ。巨大な猪の頭骨を仮面の様に被っている。宗教的な意味合いでもありそうな、恐ろしげな姿だった。


 そいつが地面に手を翳すと、筍のように岩が持ち上がるように生えてくるのだ。先端のやや尖った、楕円形のような形だ。


 ある程度出てきた所で、希少種はそれを引き抜いた。巨大な希少種の巨人が、両手で抱えるほどに大きな岩だった。


 そしてその巨岩を、片手で徐ろに空へと投げ放った。上手投げとでも言うのだろうか。大きく腕を振りかぶり、地面へ叩きつけるように振り下ろす。


 岩は凄まじい速度で彼方へと消えていった。




 焦げ茶色の巨人は岩を創成して投擲する能力があるらしい。


 他の巨人にはない能力だ。そういうスキルなんだろう。なるほど流石は希少種といった所か。


 ともあれ悠長に事を構えている時間はなくなった。


 いや、もとよりそんな時間はないか。


 今現在も冒険者のパーティーがそれぞれの判断で動き、巨人の各個撃破を行っている。


 人族同士の戦争のようには行かない。人で壁を作っても巨人の動きを止める事はできないだろう。そもそも人類は、これほどの巨人の大群との戦いを経験したことがないのだ。何もかもが手探りの状況だ。


 

 

 だが希少種を止めれば状況は変化する。それは間違いない。


 このベイル進行の引き金になっているのは希少種の存在。そうに違いないはず。それを止めれば巨人が人の街を襲う理由はなくなるのだ。




 ドワーフの戦士団が希少種に向かって行動を開始した。


 その動きを補佐するように60名あまりの冒険者の連合部隊が続く。


「ヴィム様、前方から2体の巨人が!」


 ヴィムに追従する若い冒険者の男が叫んだ。


 若いながらに60名あまりの部隊を纏める隊長役の男である。


「阿呆、わしにも目ぐらいは付いておるわ!それと様ってのはやめてくれと言ってるだろう。背中がむず痒くなる」


 迫り来る巨人を機敏な動きで回避し翻弄していく。全身を鎧で固めたとは思えないほど軽快な身のこなしで、掴みかかろうとする巨人に掠らせもしない。


 若い冒険者はその光景を、驚きと羨望の眼差しで見つめることしか出来なかった。


「そらっ」


「どっこいしょお」


 ドワーフたちは巨人の足元を、すり抜ける様に走り去る。


 あるときは股下を、あるときは前転後転と文字道理転げまわるようにして縦横無尽と立ちまわった。


 そして隙を見て攻撃に移る。巨人とて周囲で動き回る全ての者に気を配ることなどできない。ある者が注意を惹きつけている間に他の者が攻撃する。声など掛けずとも皆が理解している息のあった連携で、瞬く間に巨人の体は地に伏せることとなった。


「すげえ。動きも凄いけど、こんな小さい体でどれだけ力があるんだ……」


 ドワーフたちが手に持つ巨大な両刃の戦斧を勢い良く振り回せば、巨人の分厚い皮膚も硬い骨も、意味を成さずに容易く両断されてしまう。


 いや容易くはないのだろうが、容易いように見えてしまう。それほどの破壊力だ。


「おい小僧、お前たちもぼやっとしてないで働け!わしらはそう長くは走り回れんのじゃぞ」


 真っ白い髭のドワーフが少し疲れたように声を荒げた。


「そうだな。体力のあるうちに、あのデカブツをなんとかしなくては……露払いは頼んだぞ」


 ヴィムが若い冒険者たちに声をかける。


「任せて下さい!」


 血気盛んな若者は雄々しく声を上げた。




>>>>>




 ぐらぐらと地面が揺れる。


 波の立つ水面のように地面がうねっているのだ。


 見たことも聞いたこともない現象に、思わず若い冒険達の足が止まる。


「重心を低くして這うように移動するのだ!足を止めると奴らに捕まるぞ」


 ともあれドワーフたちも困惑している。小さな体を砲弾の様に転がせて、巨人の追撃を回避していた。


「やれやれ近づくことも、ままならんのう」


 希少種の能力だろう。地面が揺れ、うねり、隆起する。まるで神話に出てくる大地を創生した巨人のような能力だ。


 うまく揺れを凌いで希少種に近づこうとすれば、突然目の前に岩の柱が出現する。地面から自在に生やせるのだ。まったく油断ならない。


 微かな地面の変異を察知して、飛び退くことで致命傷は避けているが、まともに喰らえば馬鹿みたいに頑丈なドワーフでも相応に傷を負うだろう。 


「これでは取り付くことも出来ん」


 ヴィムが苦々しく吐き捨てた。


「わしの矢では傷もつれらんしのう」


 白い髭のドワーフは取り出したクロスボウに矢を番える。


 先程から隙を見て攻撃を加えはいるものの、傷を負わせているかと問われれば口を噤んでしまうだろう。


 誰がどう見ても効果があるようには思えなかった。


「時間稼ぎにもならんか」


 ヴィムはゼストから指示された任務を頭のなかで反芻する。


 出来るだけ時間を稼げと。


 ここからベイルまで直線距離で2キロは無いだろう。


 進軍の速度は落とすことに成功しているが、何度か例の遠投を許している。被害の確認はできていないが、あの巨岩がベイルの市街地に降り注げば、その被害は考えるまでもない。


 ドワーフ戦士団の面々は、普段はベイルで鍛冶や貴金属の加工を行う職人たちだ。本職の職業戦士ではないのだ。


 それでもこれほどまでに勇猛に戦えるのは、ドワーフならではなのだろう。勿論かなりの無理をさせているのは承知している。


 だが若い人族の冒険者たちでは荷の重すぎる仕事だ。時間稼ぎですら厳しい。ゼストはそう判断したのだ。


「まったく時間を稼げというが、何時まで耐えればいいんだ。このままでは体力が持たんぞ」


 皆の年齢があと50も若ければかなり違うのだが、とヴィムが心の中で呟いた時、ベイルの方角から空を突き抜ける光弾が飛来するのを目撃した。


 まさに一瞬の出来事で、光弾は希少種の周囲を右往左往する冒険者やドワーフ達をかすめて、いくらか離れた巨人の群れの中に着弾した。


 そして閃光が生まれた。


 着弾箇所から、爆音、凄まじい光、巻き上げらられる土砂。そして巨人だったものの肉片のやらが、四方八方に飛散した。


 筆舌し難い途方も無い威力の爆発が起きたのだ。


 巨人も冒険者も誰しもの時が止まった。何が起きたのか理解するための時間を要したのだ。だがその問に解を与えられるものは、この場に居なかった。


 いや、ただ1人いた。ヴィムだ。彼だけがこの光弾の正体を知っていた。そのための時間稼ぎだった。


「馬鹿者が……だから無茶だと言ったんだ!」


 ヴィムは可能な限りの大声で「逃げろ!」と叫んだ。


 その声に反応した戦士団、冒険者たちが脱兎のごとく希少種から遠ざかっていく。


 あれだけ張り付こうと必死の攻防から反転、踵を返すがごとく逃げ去った。


 僅かな間を置いて、光弾が再び飛来する。


 あれほど手を焼いていた希少種だったが、突如飛来した強大過ぎる力によって、呆気なくも完膚なきまでに破壊しつくされたのだった。

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