閑話 冒険者たちの戦い3
馬上にて女は弓を引いた。
不思議な事に弦の貼っていない弓であったが、彼女が手を添えると始めから存在していたかのように光輝く弦が姿を見せたのだ。
美しい動作でそれを引き絞ると、何もなかった筈のそこに光輝く矢が現れて、そして放たれた。
まるで吸い込まれるかのように、重力を感じさせない軌道で遥か彼方の目標物へ向かって飛び去っていった。
「ライネ様。ゼスト様より通達です。ゴブリンの大規模な群れが南部に向けて移動中。ゴブリンリーダーの存在を複数確認。既に現場に向かっている狼牙戦士団と協力して、これの迎撃に当たれ。とのことです」
エリーナ・ライネは弓を鞍に付けた鞘へ収めると、姿勢を正し報告にあたった騎兵へ向き直った。
「了解しました。弓か魔術の使える騎兵を5名揃えて下さい。直ぐに出ます」
まったく人使いの荒いこと。このような現場に出るのは数年ぶりだというのに容赦ないですね。
魔物に怯えることのない軍馬として調教された馬の魔獣は非常に希少だ。使い物になるまで育てるのに、相当な手間と時間が掛るため、金を積めば用意できるというものでもない。
エリーナは自前の馬を所有しているが、貸馬屋で借りるには数が少なすぎる。
彼女のように自前で所有しているものは極少数だろう。
ゴブリンは小柄で身軽な妖魔。
大きな群れになると、群れを率いるリーダーと呼ばれる統率者が生まれることがある。
ゴブリンリーダーは他のゴブリンよりも知能も体力も優れていて、他のゴブリンを従える能力を持っているらしい。
これに従えられたゴブリンたちは、通常よりも進化、成長が速くなり強力な個体になりやすいそうだ。
群れが大型になると餌を求めてなのか、他に理由があるのか、人の領域に侵入し村や商隊を襲って略奪を繰り返すようになる。
こうなると非常に危険だ。群れは更に大きく強力になり、ある程度大きくなると分裂して、更に被害を拡大させる。
その前に叩かなくてはいけない。
ゴブリンは特別足が速いわけではないが、人並みかそれ以上はあるだろう。
既に距離があるため、ここから普通に走って駆けつけては、何時追いつけるはわからない。
そこで速い足が必要なのだ。
獣狼族の若者で構成された狼牙戦士団なら自前の足で問題ないが、普通の人族では難しいのだ。
エリーナは弓を取り出し、再び光り輝く矢を放った。
彼女が現役の頃に、とある経緯で手に入れた魔弓。
遺跡で発見してから、長い時間と資金を投じて使えるように修復した1品である。
光の弓 魔弓 A級
この魔弓は自身が扱える魔術を矢として装填し放つことができる。
飛距離は魔力操作の技術や込めた魔力量にも左右されるが、彼女であれば動かない的なら最大射程500メートルほど。
光魔術、幻惑の効果を込めた光の矢は高速で飛び放たれ、約500メートル先の巨人の頭部に命中した。
光の矢で傷を与えることは出来ないが、魔術の効果は巨人に与えることが出来たようである。
どんな幻を見せられているのか、矢を受けた巨人は周囲の巨人に攻撃を行い同士討ちが始まったようだ。
およそ300あまりの巨人の集団がベイルへ向けて移動中との報を受けた。
その中には、やはり希少種の存在も確認されている。
だがより正確に言えば巨人は300の塊ではなく、5~15体の群れの集まりからなっているようだ。
巨人に人族の軍隊のような統制のとれた集団行動が出来るとは到底思えない。
であれば頭である希少種を速やかに排除すれば、この集団も瓦解し異常発生も鎮圧できる可能性が高い。
そのためにまずは希少種のまわりの巨人の排除を行う作戦だ。
ベイルを背に、この僅かに丘になっている荒地にて陣を取り、1時間ほど矢を放った。
巨人の足並みもいくらか崩せたかに思う。
後はベイルの勇猛な冒険者たちに任せよう。
あの希少種はヴィムの隊が上手く処理してくれる筈だ。
「ライネ様。準備が完了しました。何時でも移動できます」
「わかりました。皆に脚力強化を付与して、直ぐに移動しましょう。少し急ぎますよ」
私は残った者に指示を出して、僅かな部下と共に南へと馬を走らせた。
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「グオオオオオオォォォーーーーーーッ!!」
腹にドスンと響く重低音が直ぐ後ろの方から聞こえてくる。
思わず人も馬も身を竦ませてしまいそうになるが、必死にそれ堪え意識を保つよう気合を入れる。
「ジグ遅れてるぞ!馬の尻尾が掴まれちまう!」
男は罵声にも聞こえる荒げた声で叫んだ。
「わぁーってる!わかってるんだよ、畜生ぉおッ!」
その声に反応した大男は、如何にも余裕のない表情で答えた。
「ケビンッ!右からデカイのが来てるぞ!」
落ち着きのある壮年の男が、二人の会話に割って入る。
「悪いゼフ、誘導頼む!」
「了解!」
簡単な指示で全てを理解した壮年の男は、馬の進路を変えて走りだした。
ベイルから少し離れた丘陵地帯、地面の起伏は少なく地面は程よく固く、馬を走らせるには持って来いだ。気のいいオンナを前に乗せて、風を感じながら少し遠出の乗馬を楽しむのも悪く無い。
だが今日のデート相手は、少しばかり気の強い厄介な奴だった。
汚物の詰まった排水口の様な口臭を漂わせながら、雄叫びを上げて口角に泡を付けて唾を撒き散らしている。
血走った単眼は狂気しか感じない。まともに目を合わせるだけでも恐怖を感じる。
骨太で分厚い肉体。盛り上がった二の腕。化物という言葉よく似合うやつだ。
俺たちは各々に騎乗スキルを持ち、自前の馬を所有するパーティーである。
普段は境界付近で馬の速力、突破力を活かした狩りを行っている。
俺たちは何も特別じゃない。数はそう多くはないが、似たような狩りを行ってるものは他にもいるだろう。
そんな馬乗りの冒険者パーティーに与えられた任務は巨人どもの分断だ。一般的には釣りと呼ばれる作業である。
1匹でも厄介な巨人が固まっていては、対処出来るものも出来ない。1匹、1匹バラして確実に潰していく。そういう話である。
数匹まとまっている巨人の1匹に狙いを絞って注意をこちらへ向けさせ、待ち伏せしている仲間のもとまで連れて行く行為を釣りの作業に見立てているわけだ。
勿論連れて行く奴も適当に選んでいる訳ではない。引き離しても問題無さそうな、他の個体に気づかれ無さそうな奴を選別して行う。
馬の足は巨人よりは速いものの、捕まれば終わりなのは同じだ。気楽な作業じゃあない。
藪の中から人影が出てくる。
俺はいることがわかっていたので気づいたが、隠密スキル持ちの斥候だ。馬に意識の集中している今の巨人では気づくことはないだろう。
斥候の男は絶妙なタイミングで縄のようなものを投擲した。
重しが付いているようで、遠心力から回転し巨人の首に絡みつくようにして巻き付いた。
流石に巨人も気がついたのか、それを外そうと手を伸ばした瞬間。
ドオン。という重く響く爆発音と共に、独特の臭気と肉の焼ける匂い、黒い煙、赤い炎が舞い上がった。
何らかの爆発物のようだ。巨人の首を吹き飛ばすまでの威力は無いようだが、その状態を見れば明らかに瀕死である。これなら放っておいても絶命するだろうが、確実に仕留めることを優先としているため最後までしっかり止めを刺すようだ。
よろよろと力なく膝を突いた巨人に、潜んでいた複数の戦士系冒険者が殺到した。こうなっては一方的だった。
ともあれ巨人に同情するほどの余裕はない。
少しでも化物の数を減らす。それが俺たちに課せられた任務である。
「よし、次行くぞ」
俺は斥候の男に視線を送って、更なる怪物を誘い出すために馬を走らせた。