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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第2章 自由都市ベイル
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閑話 冒険者たちの戦い2

 ザッハカーク砦。


 人がこの地に住まうようになる前から存在している古代遺跡群、その1つを改修して作られた大森林内にある要塞だ。


 ベイルより西に約50キロの森の中に位置するその要塞は、現在深い瘴気に包まれていた。


 いや正確に言うと、要塞の周囲500メートル程は木々が伐採されていて地面が見えている。定期的に草も刈られていて、いまはこの開けた場所に置いては瘴気の存在もなく見晴らしはいい。


 だがそこを越えて森へと踏み込めば、一寸先も見えないほどの高濃度の瘴気が支配しているといった具合だ。


 瘴気は森を覆うようにその範囲を徐々に高めている。時と共に風の流れに乗って要塞周辺にも差し掛かるようになり、見晴らしのいい空間も瘴気の霧が溢れつつあった。


「どうだ?何か動きはあったか?」


 砦に設置された4つの監視塔の1つ。襲撃に備えて哨戒にあたっていた守備隊の若者に、壮年の男が声を掛けた。


 若者は遠見筒にて森を監視していた。斥候の報告ではあの瘴気の中には、数えるのも馬鹿らしくなるほどの巨人が潜んでいるのだという。


 しかしこの濃度では、いくら目を凝らそうともその姿を確認することは叶わなかった。


「いえ、今のところは」


 砦に巨人が姿を見せることは稀にある。


 頻度で言えば境界付近よりは多いだろう。


 しかし、森のなかには獣人共の村もエルフ達の村も存在しているため、そうそう彼らの包囲を突破出来るものでもない。


 彼らは古の盟約に従い、森の奥地に潜む危険度の高い魔物が森の外へ出るのを防いでいるらしい。


「不気味なほど静かですね」


 若い守備隊の男が呟いた。


 巨人が行軍してくるとあれば、地鳴りや木々の破壊される音、巨人たちの雄叫び等など聞こえてきても良いはずだ。


 それが1つとしてない。不気味だ。ひっそりと近づいてきて喉元に刃を突き立てる死神のように、音も気配も無く忍び寄ってきているとでも言うのだろうか。


「だが上の連中は信頼性の高い情報だと判断したんだろう」


 話によれば、ある斥候が砦に使役している獣を寄越したらしい。


 獣使い本人は姿を見せなかったそうだが、登録してある個体であることが確認された。そしてその身に緊急のメッセージが備えられていたことも。


 斥候はいざというときの為に、暗号や緊急の伝達方法を備えていることが多い。


 今回ベイルで任務にあたっていた斥候は共通する暗号を使っていた。


 そして獣は赤い布を巻きつけられていた。


 赤は異常発生を確認したという暗号だ。それも最大レベルの警戒を示すものであった。


「もともと巨人の異常発生を警戒してましたからね。まぁ今でも信じられませんが」


 巨人は強大な敵ではあるが、臆病で森の奥地から滅多に姿を見せない。稀に姿を見せるのは好奇心に駆られた若い個体くらいである。


 そしてベイルの歴史には巨人の異常発生は存在していない。


 異常発生というのは、虫系の魔物や小型の妖魔、小型の魔獣が殆どなのだ。いや全てと言って良いかもしれない。


「そうだな。これは本当に悪い夢でも見ているようだ」


 守備隊の隊員たちは思わず絶句する。


 森から静かな足取りで姿を現した巨人。


 雄叫びを上げるわけでもなく、勇ましく武器を振り上げることも、味方を鼓舞する仕草も見られない。


 凶暴な巨人たちに似つかわしくない、亡霊のような足取りで、森の切れ目から続々と姿を見せる。


 巨人。巨人。巨人。巨人。巨人。


 森の奥から続々と巨人が姿を現す。ゆったりとした足取りで大地を踏みしめ、砦を目指して進軍を開始した。



 その直後に激しい爆音が起こった。


 砦の領域へと侵入したある巨人の足元から、轟々と炎と黒い煙が上がったのだ。


 炎に巻かれた巨人は片足を炭化させ、前のめりに倒れる。

 

 斥候部隊が予め浅く地中に埋めておいた、爆炎の魔導具が作動したのだ。


 地中に埋められたこの魔導具は巨人が踏み込み、足をあげると起動する仕組みになっている。


 起動すると爆発力と高温の炎を発生させ、対象を焼きつくすのだ。


 値段は張るが今回はベイル史上最大の戦いともあって、用意できる全ての爆炎魔導具が設置されている。


 森との境目に大量に埋め込まれた魔導具は、侵入してくる巨人を次々に爆破、炎上させていった。


 しかしそれだけで巨人の進行を止めることはできないようである。


 数を増していくそれに、隊員は慌てて声を荒げた。


「て、敵襲ーーーッ!!」


 その声に目を覚ました隊員たちが各々に動き出す。


「バリスタを準備しろ!アルバス殿のクランに通達を!急げ敵は目の前だ!」 




>>>>>




 監視塔に設置された大型の固定砲台、バリスタから発射される矢は成人男性の腕ほどもある太く短いものである。


 ドワーフの職人と人族の学者が共同で開発したベイル自慢の兵器だ。


 選りすぐりの魔獣の腱を弦に、本体となる部分にはミスリルを初めとした希少な金属が使われ、木材は大森林奥地から切りだされた特別な物を素材にしている。


 ベイルで使われている魔導具の中でも、非常に高価な魔導具の1つであった。


 バリスタから勢い良く発射された矢は、巨人の足元の地面を抉った。 


「馬鹿野郎!もっと引きつけろ!的はデカイんだ、素人でも当たるぞ。落ち着け!」


 そういって唾を飛ばして激を送るバリスタ隊の隊長こそ、一番落ち着いたほうが良いと隊員たちは思った。


 バリスタ隊は砦に在駐している守備隊の1部門で、5人1組で監視塔に設置されたバリスタを操作する部隊である。


 監督する隊長と装填、照準、発射等に分業にて操作する。


 バリスタは簡単に言えばクロスボウを巨大化させた、対大型魔獣用の戦術兵器だ。


 有効射程300メートル。砦周辺の更地にはその限界を示す印の杭が刺してあるため、そこを越えて侵入してきた巨人を狙い撃ちにすれば良いのだ。


「くそっ、わらわらと何処から……しかもこいつら不気味なほど静かで気持ち悪りい」


 放たれた矢は高速で撃ちだされ、巨人の喉元を直撃し突き抜けた。一撃で絶命したのか巨体は仰向けに倒れこんだ。


 更に隣の隊から撃ち込まれた矢が、別の巨人腹部に直撃する。腹に巨大な穴を開けた巨人はその場に膝をついた。


 バリスタの破壊力は分厚い巨人の皮膚を突破できるようだ。


 しかしバリスタは2分間に1発と、連続射出に難があるのが弱点であった。


 魔石を使って魔力を充填し、人の手を使って弦を巻き上げ、照準を修正するのだ。それ相応の時間は掛る。


 また砦に設置されたバリスタは8機と十分とは言えない数だった。


 非常に高価故に大量生産するわけには行かず、この数を揃えるだけでも相当な資金が掛かっているのだ。


「壁に近づけさせなければ良い。十分に引きつけて1匹、1匹、確実に仕留めよ!」




 緩やかに歩みを進める巨人の群れに、追随するようにゴブリンの姿も見える。


 通常であれば種族越えて魔物同士が徒党を組むことはない。人間たちの職業のように一方的に使役する関係は稀に見られるが、巨人から見ればゴブリンは食料程度にしか見えないと思われる。かねてより巨人という種族は、同族以外の動く生き物を食料だと認識している節があった。


 どうやら巨人はゴブリンを無視しているようだ。


 仲間として徒党を組んでいるようには見えない。もしかしたら巨人の進行に便乗しているのだろうか。


 巨人は巨人で、何かに突き動かされるように、まるで亡霊かのような覚束ない足取りで歩みを進めていた。


「こっちに兵を回せ!ゴブリンが多い!」


 城壁上から守備隊が雨あられのごとく矢を撃ち込んでいる。


 彼らに支給されているクロスボウは、ゴブリンは殺せても巨人は殺せないようだ。


「巨人が1匹来てるぞ!バリスタ隊はなにやってんだ!?」


 城壁に近づく巨人。5メートルはあるだろうか。あんなものが壁に張り付けば、そう持たない。ゴブリン程度では揺るがない要塞も、巨人の攻撃を防げる可能性は低い。


 そのとき、どこからか放たれた1本の矢が巨人の単眼を撃ち抜いた。


「オオオオオオォォォォォーー……」


 巨人が苦悶の声を上げる。


 どこから、と考えれば城壁上からなのだろうが、守備隊の者ではないようだ。


 ほぼ同時かと思えるほど、僅かな間を開けて巨人へと矢が殺到した。


 巨人の頭蓋に矢が深々と突き刺さる。


 頭蓋は金属の兜かと思えるほどに頑強で、並の攻撃では傷さえ付けることも難しいのだ。


 それが城壁上より放たれた矢によって、いとも容易く貫かれていた。




「うへー。すげーな。巨人多すぎだろー。やべーよ、コレ撤退したほうがよくねー?」


 背の高い細身の男が、手にした長弓へ矢継ぎ早に矢を番える。


 口を動かしながらも、手の動きに微塵も迷いはなく、放たれた矢は次々と魔物の急所に吸い込まれていった。


「ロビン様、アルバス戦士団は砦の守護の任を受けてるんですよ。そんな弱気な発言は士気に関わります!ダメですよ、メッです!」


 長身の男に付き従うのは、幼子のように背の低い小柄な少女だ。装備からすると治療師だろうか。ずいぶんと身長差のあるでこぼこコンビだ。


「メイちゃんは厳しいなー。なんか最近アルバスの親父さんに似てきたんじゃない?」


「そうですか?」


 メイと呼ばれた少女は首を傾げる。


「うんうん、髭のところとか、顎が割れてるところとか。もうそっくりだよ、クリソツだよ」


「私は髭も生えてないし、顎も割れてませんよ!?」


 メイは驚愕の声をあげた。


「大胸筋とかすごい鍛えられてるし、親父さんみたいにバインバイン動かせるっしょ」


 メイは自分の無い胸を擦った。


「動かせません!」


 メイは悲哀の篭った声で叫んだ。


「そうなのかー。もうちょっと大きくなれば動かせるんじゃない?俺っちが手伝ってあげるよ!」


 ロビンは爽やかな笑顔を作り、親指を立て顔を向けた。 


「今の発言、お父様に報告します!」


「ごめんなさい!」


 ロビンは即座に謝罪した。


 そんなやり取りをしている間にも、矢筒から流れるような手捌きで矢を取り出しては、瞬時に狙いを定め撃つ。という動作を延々と繰り返していた。

 

 そしてあれよと言う間に、この付近の魔物は駆逐されてしまった。




「……何ですかアレ?」 


 険しい顔で守備隊の男がボソリと呟いた。


「アルバス戦士団のNo.2。副団長のロビンだろう。500メートル先の飛翔する小鳥をも射抜く弓の技と、貫通の魔術付与を施された魔弓を操るハーフエルフの狩人だそうだ」


 あれでB級だと言うのだから、A級の団長とは如何程の者だろうかと、隊員たちは囁きあった。


「A級のアルバス殿も達人と称される御仁だが、この砦にはもう1人A級がきているようだぞ」


「え?そうなんですか?そんな話、初めて聞きましたね」


 なんでもベイル防衛のために待機しているのは暇だから、激戦になりそうな砦に来たいと急遽配置移動を申し出て決まったそうだ。


「へぇ……ずいぶん自由人ですね」


 ともあれ強力な戦力となるA級が2人もいるというのは心強い。


 A級というのは単独で巨人の撃破も可能と称されるほどの上位ランカーなのだ。


「まぁ、冒険者ってのは我の強い連中だからな。特に上位になればなるほど、そういう傾向が強い。A級、S級なんて変人の集まりだってよく言うだろ?」


 アルバス殿のクラン連中に聞かれると怒られそうだが、実際噂を聞く限りでは否定出来ない話ではある。


「なんて言ったかな……たしかベイルでも珍しい竜人族の戦士で、カタナとか言う珍しい剣を操る剣術家だと聞いた気がする」


 冒険者ランクが上位になればなるほど、名前も相応に知られてくるというもの。


 B級くらいだと、同業者や関係者なら知ってるくらいの知名度で、A級ならベイルに住むものなら誰しも知ってるクラスの知名度、S級であれば国中が知ってるくらいの知名度になる。


 だとするとA級で名前が知られていないのは珍しいと言える。


「それってちょっと変わった服装の人ですか?」


 隊員の1人が何もない空を見つめ、自身の記憶を手繰り寄せる。


「あぁ……そうだな。花街の妓女どもの服装に似ていた気がする」


「あれ?……その人なら、だいぶ前に砦を出て行きましたよ」


「ん?」


 何人かの隊員の顔に疑問の色が浮かんだ。


 この現状で砦から出て行くってどういうことだ?敵前逃亡?なのかと疑惑の念を巡らせる。


「砦の防衛の任でここに配属になったのではないのか?」


「俺にふさわしい獲物がいるな。雑魚はお前らにくれてやる」と言って勝手口から飛び出していったのだという。


「……なんだそれは」


「喜べ今宵は存分に強者の血を吸わせてやろうぞ」と自分の剣に語りかけていたところも目撃したらしい。


「……随分と変わった方のようだな」


「……そうですね」


 ともあれ、そのA級の剣士様は随分と自由な人なのはわかった。


 彼をどういった処分にするのかは上の人が決めるもの。自分ら守備隊の隊員は与えられた任務を熟すのみである。


「アルバス戦士団は働いてくれているようだし、我々は我々の仕事を果たす。巨人はまだまだ無数にいる。気合を入れ直すぞ!」


「おおっ!」


 城壁上の1箇所で声をあげる隊員たちの姿があった。 

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