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異世界×サバイバー  作者: 佐藤清十郎
第1章 漂流者
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第10話 すれ違い

 月明かりの夜を全力で走った。

 息も絶え絶えに教会へ辿り着いた俺は、正面の門に閂を掛け、その場にへたり込む。


「はぁはぁはぁ……何だったんだアイツ」


 初めて俺の雷撃が効かなかった。

 いや正確にいうと躱されたのか。

 あの至近距離からの攻撃。

 まさか躱されるとは思わなかったな……


 俺は背中に手を当てる。


「いてて……」


 ざっくり斬られたと思ったが、思いのほか傷は浅いようだ。

 それほど血も出ていない。

 外套にはざっくり切れ目が入ってしまったが、これ直せるんだろうか……


 俺は教会に置いてあったライフポーションを手に取り飲み干した。

 栄養ドリンクほどのサイズでガラス瓶に入った魔法薬だ。

 

 薬っぽい味だが、それほど不味くもない。

 体の内側から熱を感じる。

 効いてくれるといいんだが。


 ポーションを飲んでもゲームの様に一瞬で傷が治ると言うものでもないらしい。

 痛みは無くなったが、まだ完治したわけではないようだ。


「アルドラさん大丈夫かな……」


 まさかあの魔人にやられて、どうにかなるとは思えないけど。

 

 ともかく今は傷を癒やすためにも、休もう。

 考えるのはそれからだ。




 いつの間にか、朝になっていた。

 傷もすっかり治っているようだ。

 礼拝堂のガラス窓から日が差し込む。


 俺は正面の門の閂を外し、外に出た。

 

 初めてアルドラさんを見たあの岩場に、彼はあの時と同じように腰を下ろしていた。


『傷はもういいのか?』


「はい、アルドラさんの地下室にあった薬を使わせて頂きました。もう大丈夫です」


『そうか』


「アルドラさんは大丈夫ですか?」


 アルドラさんは元気が無い。

 もともと半透明だったが、少し薄くなった気さえする。


『わしは亡霊じゃからな、問題無い』

 

 そういって彼は力なく笑ってみせた。


「あの魔人って、アルドラさんの知り合いなんですか?」


 あいつはアルドラさんの耳と同じ、尖った長い耳だった。


『ああ、奴はわしの実の弟、ウルバス・ハントフィールド。魔人落ちし、この村を滅ぼした張本人じゃ』




>>>>>

 



『少し昔話をしようかの』


 ザッハカーク大森林。

 ルタリア王国に隣接する、広大な森林地帯。

 この森は王国の権威も及ばない土地で、多くのエルフや獣人族が暮らしている。


 過つて、この森の資源を独占しようと、王国の軍隊が幾度と無くやってきた。

 森に住み着く、エルフや獣人を排除しようということだろう。

 しかし平地で人間同士の戦争は得意でも、密林での戦闘は同じようにはいかない。


 数では王国軍が上回るものの、生まれながらに森に住み、狩人として生活してきた彼らには地の利があった。

 

 それに加え、魔獣や妖魔といった魔物の存在である。


 魔物の多くは森の奥地や人里離れた秘境など、ある特定の場所で発生することが多い。

 

 普段、王国軍の駐留している王都では、ほとんど魔物の姿を見かけない。

 たまに現れるとしても、一般人でも対処できるほどのものくらいだ。


 そのため王国軍は本当の魔物の恐ろしさを知らなかった。


 エルフや獣人の抵抗を受け、幾度とない突発的な魔物の襲撃に会い、王国軍は見る間に消耗し撤退していった。

 作戦が思うようにうまくいかない王国軍は、もっとも愚かな強攻策に出た。


 魔術師ギルドに要請し、王国中から火魔術を扱える魔術師を集めたのだ。

 

 そして森に火を放った。


 魔物もそこに住む者達も、まとめて焼き払い、残った土地を自分たちのものにしようと思ったのだろう。


 しかしそれは愚策だった。

 エルフの掟の1つに『森に火を放ってはいけない』というものがある。

 当たり前の話のように聞こえるかも知れないが、これは生き物を大切にするとか、環境を破壊するなといったような話では無い。

 これはまさに森の怒りを買う行為なのだ。


 魔術師の放った炎は、次々に森の木々を焼いていった。

 

 王国軍は束の間の、領土拡大に成功した。


 作戦の成功に沸く王国軍であったが、数日後すぐさまその事態は急転した。


 魔物の異常発生である。


 異常発生とは、通常に比べ急に大幅な個体数の増加を引き起こす現象。

 発生の原因は解明されていない。


 しかしそれは、まさに森の怒りとも言えるべきものであった。


 森の奥地より、無数の魔物が雪崩のように押し寄せてきたのである。


 そもそも大森林は広大で、いくらかのの魔術師を集め、森を焼いたところで全てを焼きつくす事は難しい。

 魔術師の数はけっして多くは無いのだ。


 一部の森を焼けば、その煙と熱に追われ、そこに居たものは奥地へ逃げ出すだろう。

 それが戻ってきた、ただそれだけのことである。


 押し寄せてきた魔物は、様々な種類がいた。

 通常魔物が種類種族を越えて、徒党を組むことはない。

 しかしこの時ばかりは、森の様々な魔物が、何かに取り憑かれるように雪崩れ込んできたのである。


 人も魔物もパニック状態とも言える光景で、それは酷い有様だったという。


 やがて残ったのは無数の人と魔物の死骸。

 その多くは物量に飲み込まれ、押しつぶされたようなものだったという。

 王国軍は撤退し、その後やってきた無数の樹木型の魔物、トレント種が森を瞬く間に再生させていった。

 

 事態が収束した頃には、王国の魔術師が焼いた森は完全に再生し、更に溢れたトレント達によって王国の領土の一部は大森林に没したという。


 これらの経緯から、王国は大森林に手を延ばすこと辞めたそうだ。  


 


 エルフや獣人は、森で暮らすことを認められ、魔物が森から出て王国領に行かないように監視する役割を担うことになった。

 人間よりも身体能力の高い獣人族。

 人間よりも高度な魔術を扱うエルフ。


 人間が魔物の住まう森に定住することは難しいが、彼らならばそれも可能である。

 

 魔物を監視する傍ら、森で得られる希少な薬草、木材などは王国の領民との交易の材料となった。


 この村も、そんなエルフの村の1つだった。


 森の奥地にて手に入る良質な木材や薬草などを、人間の街に輸送している。

 

 それらの交易によって自分たちでは作り出せない、人間たちの薬や嗜好品などを得ていた。




 あるとき、この村で次の村長を決める村会議が行われた。

 元村長の長老たち、村の有力者たちが集まり、意見が交わされた。

 

 次の村長になるのは、アルドラの弟であり、村一番の魔術の使い手で知恵者のウルバスで決まりだと、村の誰もが思っていただろう。

 アルドラも、ウルバス本人もそう思っていたに違いない。


 エルフ族に置いて村長は、魔術の腕前と知恵の回るものが、有力視される。

 身体能力が高いとはいえないエルフ族の強みは魔術適性の高さである。

 村を守り、皆を導く存在の村長には魔術の腕前が必要不可欠なのだ。


 アルドラはエルフ族の中で例外的に魔術の適性が低かった。

 幼い頃から、勉強し村の実力者たちに教えを請い、努力を続けてきたが、それが実を結ぶことは無かった。


 村のある者に、お前には魔術の才能がないと言われてしまい、それを期に魔術の修行は諦め、体を鍛えることにした。

 魔術の修行を行わず、体のみを鍛え続けるエルフにあるまじき行為をするアルドラを誰もが嘲り笑った。


 時がたち、アルドラは獣人も一目置くほどの立派な戦士に成長していた。

 村に戦士などはいないため、すべては自己流である。


 アルドラはより高みを目指すため、村を出て修行の旅をすることに決めた。

 

 エルフは森の奥地に篭もり、人間との接触を拒む者も少なくはないが、大森林に住むエルフ達は比較的人間たちとの交流も交易もある。

 若いエルフなどであれば、好奇心が強い者もいるため、村を飛び出して旅をするものも中にはいるだろう。


 アルドラもその1人だった。


 村を飛び出し、人間の街で冒険者となり、様々な人と出会い、幾多の冒険を経験したアルドラは大きく成長して村に戻ってきた。

 

 もう彼を魔術の使えないエルフだと笑う者は居なかった。

 成長した彼は、誰もが認める大森林でも随一の戦士となっていたのだ。


 そして、あの日、次の村長が長老たちによって指名された。


 アルドラである。


 魔術が使えない逆境を跳ね除け、逞しく成長したエルフ族の戦士。

 これからこの村は、更に人間たちとの交流も増えていくだろう。

 そのとき、人間たちの街で生活し、共に酒を酌み交わし、人間たちをよく知るアルドラは、これからの時代の村長に相応しいとの事だった。


 指名されれば、それに反対する声は上がらなかった。


 村の誰もが、アルドラを認めたのだ。


 1人の男を除いて。


  

 

 

  

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