第101話 見えざる怪物5
いつのまにかレベルが上がっていた。
冒険者Lv19 スキルポイント 0/39
【剣術】 D級
【闇魔術】 A級
【警戒】 D級
【土魔術】 E級
【耐性】 E級
リザに魔力を分けてもらい、設定を変更する。
「リザ頼む」
「わかりました」
杖を地面に突いて魔力を集中させる。
周囲に【濃霧】が発生した。
瘴気とは違った濃い水蒸気。リザの水魔術である。
「ここで迎え撃つ」
見えざる魔物が既に包囲している可能性が高い。
逃げるように仕向け、襲いかかる算段なのかもしれない。奴らは自分たちが相手からは見えないと思っている。逆にそこを突いて活路を見出す作戦だ。
「お主がわしの目になれ」
見えない敵に追いかけられるより、ここで撃破しようと言う話だ。
敵に背を向けて逃げるのと、俺が敵を見つけて仕留めるのとで、どちらが安全かということだが、正直判断がつかない。
そういったことで冒険者の先輩であるアルドラの意見を尊重した次第であった。
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それぞれに【耐久強化】を掛けて戦いに望む。
リザは【風球】【脚力強化】【濃霧】で戦闘を補助している。
俺は近づく巨人をいち早く知らせ、隙あらば攻撃に参加するといった具合だ。
闇魔術【恐怖】が何も無い中空に放たれる。
黒い霞のようなそれは、とある空間で弾かれたように四散した。
何もないと思われていた空間から、炙りだされるように巨人が出現する。
「グオオオオオオォォォォーーーンッ!!」
巨人は天を仰いで咆哮した。
【恐怖】はあまり効いていないようだ。その辺りは予めわかってはいたことだが。
ザッハカーク大森林には多種多様な魔物が生息しているらしいが、朝や夜などの時間帯から季節などの時期によるもの、場所などによっても生息する魔物の種は大きく変わる。
もちろん森の至る所に幅広く生息域を延ばすものもいるが、僅かな目撃例だけ、もしくは誰にも知られていない魔物と言うのも数多くいるらしい。
その中でサイクロプスと言われる魔物は有名な1種である。
森で最強の1種とされていることからも、対策や性質についても長年に渡って研究されているのだ。
「やはり魔術は効かないようだな」
地面に横たわる巨人の脇で俺は呟いた。
「巨人は魔術に高い耐性を持っておる。特に雷と氷はほぼ無力化されると言われておるのう」
何度か襲撃を退けていると相手も知恵をつけてきたのか、わざと離れた位置から木々を揺らしたり、遠くから岩や大木を投擲したりとフェイントや陽動のような行動が見られるようになってきた。
残りの魔力のこともあるし、できれば長期戦は避けたい。
通常群れることのないサイクロプスが、こうして群となって行動するにはその背後に強力なリーダーの存在が必ずいるはずだという。
巨人たちに【隠蔽】+【隠密】のような魔術効果を付与しているのもそいつだろう。
俺はあの時に見た黒い巨人が、そのリーダーというやつなのだろう考えていた。
「それはそうと、あやつは逃げてしまったようじゃな」
巨人襲撃のどさくさに紛れて、魔人化した獣狼族の青年ルークスが姿を消していた。
両腕両足の骨を砕いていたにも関わらず逃げ出せるとは。武器の魔剣は奪ってあるし、あの傷ではそう遠くへは行けないと思うが今は追う暇もない。
【闘気】のスキルを所有していたので、回復効果により痛みが麻痺していた可能性が高い。
「仕方ない。それよりもこの状況だ」
巨人は視覚に頼って獲物を探している。
感覚的なものはそれほど鋭敏ではないのだ。
リザの【濃霧】が俺たちの姿を隠してくれる。
彼らは自分たちだけが姿を隠し、人知れず襲うことができるという優位性を失ったようだ。
「アルドラ正面だ。距離30メートル」
いかに姿を隠そうとも4~5メートルもある巨人が森の中を歩けば、不自然に枝がしなり、葉が揺れ、地面に足跡が残る。
しかし【隠蔽】の他に付与されている【隠密】という力が、魔力の漏出を絶ち気配を消す以外にもそれらの痕跡を誤魔化しているようである。でなければアルドラが気づかないはずが無い。
リザは俺の側に控えている。離れて身を隠すにも危険があるのだ。
それにリザは俺なんかよりも、ずっと肝が座っているようだった。
「ジン様っ」
リザの声と【警戒】が同時に反応する。
見上げると力尽くで引き抜かれた大木が空を舞っていた。
巨木が雨と共に重力に従って落下する。
「リザっ」
俺は咄嗟に側にいた彼女を抱きかかえた。
大きな音と共に地面が揺れる。
土砂と泥と水溜りが巻き上げられた。
大きな質量の物質が巻き起こす風圧が、その場に在った【濃霧】を掻き消した。
そこへ間を置かずに2体の巨人が殺到する。
先ほどの巨人は囮だと気付いたのは、僅かに後のことだった。
囮を送り込み大体の位置を把握した後に、投擲で足を止めて襲う――
そこには知能の低い魔物とは思えない作戦と言える行動があった。知能の低い魔物という先入観が、この油断を生んだのか。
「アルドラっ、左だ!すぐ側!」
「ああ!」
アルドラが俺の指示と同時に、何もない空間を斬りつける。
切っ先が僅かに巨人の肉体を裂いたのか、身をよじって回避する姿がその場に炙りだされた。
向こうは大丈夫そうだ。それよりもこちらだ。
空気を押しのける音と共に【風球】が巨人の顔面に放たれ、その動きを一瞬止める。
サイクロプス 妖魔Lv34
リザの絶妙なアシストを受け、素早く死角へと潜りこんだ。
背の高い巨人の首を狙うにはアルドラの様に飛び上がるか、巨人に膝を突かせるしか無い。
死角へと入り込んだ俺は、無差別に巨人の足へ攻撃を行う。ミスリル合金のムーンソードは巨人の分厚い皮膚も問題なく切り裂くのだ。
「グオアアぁぁォっ!!」
足元動きまわる者に気がついたのか、地団駄を踏むように巨人が暴れる。
その行動を【警戒】にて素早く察知し身を引いた。大木の陰に隠れ嵐が去るのを待つのだ。
向こうの1体を片付けたのかアルドラが、こちらへと援護にやってくる姿が見えた。
「アルドラッ!後ろだッ!」
彼の背後に黒い巨人が迫っていた。