第98話 見えざる怪物2
雨が次第に強くなる中、俺は後ろを振り返らずに走った。
魔力に余裕はないが、立ち止まって回復させている時間はない。
「ジン様、何かが来ますっ」
抱きかかえたリザが声を荒げる。
雨粒が外套を濡らし、頬に雫が流れ落ちる。
背後に迫る何かを感じた。
いる。確実に追ってきている。【探知】には反応がないが、何かを感じる。
【鋭敏】になった俺の感覚が、魔物の接近を感じているのだろうか。
だが【疾走】の速度について来られる魔物は今まで見たことがない。得体のしれない魔物に俺は恐怖を感じた。
「はぁはぁはぁ……」
【疾走】を使いすぎた。魔力を消費し過ぎている。休息したいところだが、そんな時間はないだろう。
速度が目に見えて落ちる。リザが不安な表情を見せた。泣き言を言っている場合ではない。彼女を守ると決意したのは自分だろうと、自らに激を送る。
走りながらマナポーションを口に含む。緩やかに回復していく魔力がもどかしい。
「ジン様、止まって下さい。少しでも回復させましょう」
俺に抱きかかえられながら、後方に視線を送る。
後を追ってくる感覚はあるが【疾走】で引き離しているはずだ。距離は稼げてると思う。何より今の状態では街まで魔力が持たない。
「悪い。そうだな、少し回復させよう。頼む」
一度立ち止まり、リザから魔力を分けて貰うことにする。
同時にスキルの設定も変更しておこう。
リザを抱き寄せ、唇を重ねる。
その直後【警戒】のスキルが不意の危険を知らせるのだった。
俺はリザの両肩を全力で突き飛ばした。
強い力に体重の軽いリザは、容易に押し飛ばされる。
突然の蛮行によろめき、たたらを踏んだ。
まさか敬愛しているジンに突き飛ばされるなど、夢にも思わなかったのだろう。その出来事に一瞬理解が及ばなかったが、すぐに理由を知ることになった。
「……逃げろリザッ」
俺の腹から剣が生えていた。
背後から刺された剣が腹を突き抜け飛び出していたのだ。
【探知】の反応はなかった。敵はサイクロプスだけじゃなかったのだ。
「……いやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ!!」
リザの悲痛な叫びが森に轟いた。
鎧通し 魔剣 C級 【貫通】【伸縮】
腹から突き出た剣に視線を送ると、魔眼が情報を与えてくれた。
ずるりと剣が引き抜かれる。
マズイなマナポーションを飲んだばかりだ。魔法薬は連続で使用しても十分な効力を得られない。最低でも2時間は間隔を空けるべきだという。効果が強い薬である弊害なのだろう。
俺は思わず膝から崩れ落ちる。
滅茶苦茶痛い。1ミリでも動くと泣き叫びたくなるほど痛い。死ぬほど痛い。というかマジでやばいやつだコレ。
ピクリとも動けないでいる俺に蹴りが飛んで来る。
「あだぁあッ……ぐううううううッッ」
蹴り飛ばされ無様に地面を転がる。刺された箇所を手で強く抑え、地面に横たわる。雨が容赦なく降り注ぎ、泥と雨水で体を汚していく。
「ジン様っ」
リザの泣きそうな声が聴こえる。
彼女は俺のもとに駆け寄り、覆いかぶさるように身を挺して庇った。
腹の傷口が熱い。直接傷口を見たわけではないが、血が急速に失われているのがわかった。
俺は地面に転がりつつ、襲撃者の姿を見つめる。
酷く汚れたボロ布の様なフード付きのローブを深く被り、手には直剣が握られていた。剣にしては刃が短い。3~40センチくらいだろうか。
下から覗き込んでいる形になったために、フードの奥に隠された顔が見えた。魔眼で情報を得るには、顔や姿をある程度認識しなければいけないのだ。
ルークス 剣士Lv29
獣狼族 19歳 男性
スキルポイント 0/29
特性 夜目 食い溜め
剣術 C級
闘気 E級
隠密 D級
縮地 C級
なんだコイツ?
魔物だと思っていたけど獣人?どういうことだ?なんだ?
まったく理解が追いつかない。一体どういう状況なんだ?
混乱状態にある俺に冷徹な視線で見下ろす襲撃者。
「……人族は殺すッ!絶対に殺すっ!俺から大切なものを奪ったクズどもめッ!絶対に許さん!必ず……必ず皆殺しにしてやる……」
憎しみの炎に燃えるその目は俺を見ているようで、どうにも違うようにも思えた。
怒りと憎しみを込めた呪詛の言葉を吐きつづける獣狼族の青年。
もはやその視線は俺から外れ。どこでもない虚空を見つめているようであった。
「ルシーナごめんな……兄ちゃん守ってやれなくて……大丈夫……お前の敵は絶対に俺が討ってやるからな……」
情緒不安定なのか、一人小さく何かの懺悔を呟いているようだ。声が小さくて全部は聞き取れない。だが完全にこちらから意識を外しているようなので、今がチャンスかも知れない。
コイツは敵だ。遠慮をしてたらリザが危険だ。
俺は隙を見計らい【恐怖】を放った。
その直後、青年の姿が消え去った。
だが気づいた時には既に転がる俺の側に現れており、側頭部を足蹴にされ押さえつけられていた。
「……おい。妙な真似はするな。その女も殺すぞ」
殺意だ。純然たる殺意。カミルのときには感じなかったそれを強く感じる。殺意という魔力の波を、俺に向かって放ち続けているような感覚にさえ感じる。
「やめてっ!!」
リザが強く抗議して、男の足にしがみつく。力づくで俺の頭から男の足をどかそうとするが、リザの力ではそれは叶わなかった。
「……もしかしてお前……人族か?」
一瞬青年の殺意が膨れ上がったような気がした。
「……おい、やめろ。その子はエルフだ」
俺の声は届いていないようで、まったく反応を示さない。
頭にかかる圧力が僅かに緩まる。
「リザ逃げろ!早く!」
怒りだ。こいつから感じるのは途方も無い怒りの感情だ。
「おい、何か勘違いしてないか?俺たちはルシーナなんて子は知らないぞ!おいッ、話を聞けッ!」
まったく俺の声は届いている様子はなかった。
青年の手がリザの首に伸びる。そして片手で悠々と掴み上げた。
「お前も人族だな。なら同罪だ。俺の怒りを思い知るがいい」
「ううううっ……」
急に出てきて何なんだコイツは?滅茶苦茶だ!ともかくコイツを止めないとリザが危険だ。
残り少ない魔力だが、後先考えている場合ではない。とにかくコイツを止めるのが最優先だ!
雨の中では雷魔術は流石にマズイだろう。
体の濡れたリザにもダメージが行く可能性がある。
俺は曲剣を抜き、痛みを堪えて斬りかかった。
「うおおおおおおおおーーーッ!!」
声を荒げて痛みを無理やり抑えこむ。
しかし切り込んだ矢先に、奴の姿は忽然と消えていた。
背後から気配がする。
【縮地】は初見だが、たぶん瞬間移動しているように見えるのはこのスキルだろう。なんか漫画とかで見たことあるし。
だがリザを連れて移動はできないのか、彼女はその場で崩れ落ちていた。俺は痛みを堪えてリザの元へ歩み寄る。
「……うっ……ゲホッ」
乱暴に首を締められ持ち上げられたが、なんとか大丈夫そうだ。まず良かった。
「人族は殺さないとダメなんだ……皆殺しにしないと……」
振り向くと雨の降る空を見上げて、1人何かを呟く青年の姿があった。
雨で【雷撃】は使えないし、傷の痛みが酷い。
【闘気】で回復させ【剣術】で行くか。
何か一人でブツクサ言ってるし、今のうちにスキルを変更しておこう。
38のスキルポイントを振り分ける。
【闘気】E級
【剣術】S級
【警戒】D級
【魔力操作】F級
肉体を強化するタイプのスキルや魔術は、強すぎてもそのレベルに相当する効力しか発揮されない。
そのため現状の適正値であるE級とした。
あとは短期決戦を狙った【剣術】と【縮地】の奇襲を考えての【警戒】である。
余ったポイントは【魔力操作】にしておいた。【粘糸】があるので無駄にはならないだろう。
【闘気】を発動させると、傷の痛みが和らいだような気がする。激しく動くのはマズイ気もするが、そうも言ってられないので仕方がない。なんとか耐えよう。
取り敢えずコイツをリザから遠ざける。今の状況で彼女から離れるのは危険かもしれないが、周囲に通常の魔物の気配はなかった。あのサイクロプスもいずれ追いつくだろう。それならば、はやくコイツをどうにかしなければより危険だ。
「おい、そんなに人を殺したいならついてこいよ。ルシーナの敵を討ちたいのだろう?」
ルシーナが誰かなんて知らない。だがのんびり誤解を説いている時間はない。悪いが俺はリザを守るためなら、躊躇はしないと決めたのだ。
「貴様ァァァァッッ!!」
獣狼族の青年を挑発し、彼女から少しでも遠ざけるように引き離す。
長く離れているのも心配だ。悪いがさっさと終わらせるぞ。
手に持つ曲剣を強く握り直した。




