第97話 見えざる怪物1
「あの2体の間を抜けよう。いいか?」
リザに確認すると、僅かに頷いて肯定の意を示した。
「はい。お願いします」
【探知】スキルで地形を調べ、足場の良いそれでいて巨人の間合いに入らない安全なルートを駆け抜ける。
しかし万が一足を滑らせたり、体勢を崩して足が止まれば捕まる可能性もある。
巨人の怪力に捕まれば、逃げる術はない。
「大丈夫。ジン様行きましょう」
俺の不安を感じ取ったのか、リザが笑顔を向けて勇気づけてくれる。
「……そうだな。行こう」
何事もダメな方向に考えていたら、上手く行く事も行かなくなる様な気がする。
しかし彼女が側にいてくれたら、どんなことでも上手く行きそうな気がするのだ。
まぁ、あれだな。美人に煽てられたら、どんな男でも木に登ってしまうと。
リザはのせるのが上手いのかもしれない。もしくは俺が煽てられるのに弱いのか。
だぶん後者だろうな。
そんな考えから思わず苦笑を漏らすと、リザは俺の顔を不思議そうに覗き込むのであった。
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それぞれの身に【隠蔽】を付与し、リザを抱きかかえ【脚力強化】によって強化された脚と【疾走】で森を駆け抜けた。
巨人の包囲は問題なく走り抜けることに成功した。リザの話では数十メートルほど2体の巨人が後を追ってきたそうだが、すぐに諦めて引き返したようだ。
姿は見えていないはずだが、直ぐ脇を通り抜けたために足音は聞こえたのかもしれない。
「アルドラ様は大丈夫でしょうか」
後方に視線を送るリザに、俺は軽い返事をした。
「あの人がやられる姿なんて、想像できないな」
そういうとリザは小さく笑って「そうですね」と肯定したのだった。
アルドラなら心配ないだろう。彼の体は魔力で作られた不死の肉体だ。滅んだとしても、俺の手元に幻魔石として戻るだけである。
それに彼なら、あっという間に6体の巨人を片付けて後を追ってくるような気がする。
地形的に目的の場所まで直線では進めない。
だが目視で位置は確認している。リザも正確に位置を把握しているようなので問題無いだろう。
俺の広範囲探知は魔力の消耗もさることながら、かなりの集中力を必要とするため移動しながらは使えない。
いずれは移動しながらも使えるように、訓練と改良を重ねていこうと思う。
「ジン様もうすぐです」
「わかった」
魔物といえば先ほどの巨人くらいで、今日は本当に魔物と出会わない日だ。いつもは森の彼方此方に彷徨いているゴブリンの姿も見えない。
ザッハカーク大森林はこの大陸にあって魔物の豊富な森と言われる有名な場所らしいが、やはりこれも異常事態の影響なのだろうか。
程なくして目的の場所に辿り着く。
【探知】嗅覚による反応も感じるため間違いはないようだ。
この辺りは生えている木々の種類が違うようだ。曲がりくねった赤茶けた樹皮の、背が高く幹の太い木がそこら中に繁栄している。
しかし俺には件の霊芝が見つけられなかった。
ここにあるということは間違いないようだが、見当たらないのだ。匂いはこのあたり一帯に充満している。俺の感覚ではその根源の発見までには至らなかった。
「ジン様」
リザに呼びかけられ彼女の元へ歩み寄る。
「見てください。これです」
リザは樹皮のある一部分を指し示す。そしてそこへ手にした採取用ナイフの先を差し込んだ。
端からゆっくりと力を入れて、それを引き剥がすことに成功する。
「おぉ……」
なんとなくイメージから、木に椎茸みたいなキノコが生えているのではと予想していたのだが違ったようだ。
まるでスライムが木に取り付いてるかのごとく、樹皮にぴったりと張り付いている。よく見れば樹皮の一部が不自然に、僅かに盛り上がっていた。
採取されたそれを触れてみると硬い。表面は樹皮のように擬態されているようで、素人では見分けは付かない。スキルや魔術で擬態している訳ではないようだ。
霊芝 素材 C級
俺たちは手分けして採取を開始した。
リザは採取スキルの力からか、素材を傷つけることもなく綺麗に引き剥がしていく。俺はというと、途中で砕けたりする場面が多かった。たぶんスキルがないせいなのだ。俺が不器用ということではないはずだ。
「砕けても大丈夫ですよ。売り物にするなら綺麗に採取しなけれな高値が付かないそうですが、自分で消費するには関係ありませんから」
後で乾燥させて粉末にするので砕けてもいいらしい。
もしかしたらリザに採取させたほうが生産職のレベルを上げることに繋がるのかもしれないが、今は時間的にも状況的にも余裕はないので俺も手伝うことにしている。
手に入った素材をリザが持つ冒険者の鞄に収めていく。
「どんな木にも生えると聞きましたが、もしかしたらこの木に生えやすいのかもしれませんね」
霊芝の生えていた木は同じ種類のようだし、おそらくそうなのだろう。
少しでも入手できればと考えていたのだが、思いがけず大量に手に入った。
霊芝×17
これだけあればもう素材の心配はしなくていいそうだ。
「よし、では街に帰ろう。雲行きも怪しいし、雨が振るかもしれない」
日が落ちるまでには、まだ時間に余裕があるだろうが、いつの間にか空には厚い雲が蔓延っている。
空気も重い気がするので、瘴気の濃度も上がっているのかもしれない。
「雨ですか?」
リザは空を見上げる。
確かに雲は厚く日が落ちるには早い時間だが、周囲は薄暗い。
だが今時期の、夏季の王国周辺地域では雨は滅多に降らないらしい。
雨は冬季に降るものだと、このあたりの住人は認識しているようだ。勿論絶対に降らない訳ではないが、降っても小雨程度の誰も気にしない程度のものだという。
だがそう言っている間に、空からポツポツと雫が落ちてきた。
この季節には珍しい雨だった。
俺の側で空を見上げるリザ。そしてその背後、遥か後方に違和感を感じた。
森の木々の間。隠れるように、生い茂る木々の影に溶け込むように、それはいた。
「サイクロプスだ」
その呟きにビクリと身を怯ませ、俺の視線の先へと目を向ける。
「探知には反応がない。あの沼にいたような。隠れるのが上手いタイプの奴だ」
あのときのシャドウも希少種だという話だ。冒険者ギルドでもアレの存在を知るものは居なかった。かなりのレアモンスターらしい。
サイクロプスの希少種。嫌な予感しかしない。たぶん厄介な奴に違いない。そうでなくとも巨人だ。この森で最強の魔物である。
俺はそっとリザを抱き寄せる。
「……ジン様」
リザの表情に不安の色が見えた。
「逃げよう」
俺は彼女を抱きかかえると同時に【疾走】【隠蔽】を発動させ、脇目もふらずにその場を走り去った。