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白雪姫3

 そして深夜になり、僕らは『白雪姫』の世界に、侵入した。

 そこは、明るい光の射し込む森の中。小鳥たちは歌い、色とりどりの花が咲き乱れる。柔らかな風が頬をなで、心を軽くする。

「なんだか、のどかなところだね」

「そうね、割と良いところだわ。でも、見かけで騙されないでね。どんな恐ろしい罠が張り巡らされているか、わかったもんじゃないんだから」

 アリスは一切、気を緩めず、歩みを進める。

 その時、草むらが揺れ、何が飛び出してきた。

 アリスはずんぐりとした光線銃のような形の双銃、トゥイードルダムとトゥイードルディーを構える。

 飛び出してきたのは子鹿で、こちらをクルリとした丸い瞳で見つめた後、耳をピクピクさせ、再び草むらに消えた。

「鹿……だね、あれも悪さをするのかい?」

「ただの鹿でしょ、背景みたいなものよ、たぶん」

 再び、草むらが揺れる。

 アリスは双銃を構える。

 ぬっと現れたのは、イノシシだった。フゴフゴと鼻を鳴らし、こちらを気にかける様子もなく、悠々と僕らの目の前を横切って行った。

「イノシシ……だね。ちょっとビックリしたけど、害はなさそうだ」

「そうね……。鹿、猪……、ねえ、次に出てくるのを当ててあげましょうか? きっと蝶々よ」

 アリスは、欠伸をかみ殺しながら、気怠げに言う。

「それは花札かい? あはは、僕はウサギが出てくると思うんだけどな。時計を持って、いつも慌ててるやつがさ」

「それは、私の話じゃないの。あっ、また草むらが揺れているわ」

 アリスが草むらを指差す。

 そこから現れたのは、一人の小人だった。

 大きな鼻に、小さな目をギョロギョロさせている。どことなく、苛立ちを覚える顔をしている。

 小人はこちらを二度見して、飛び上がる。

 そして、一目散に逃げ出した。

 僕らは呆気にとられていたが、

「追いましょう! 白雪姫の所に案内してくれるかも!」

 アリスは、僕の手を掴んで駆け出す。

「罠じゃないのか!? あれも白雪姫の魔法の類なんだろ?」

「構わないわ! 動物当てクイズをしてるより、退屈しないで済みそうだもの!」

 小人はこちらをチラチラ見ながら、追い付かれまいと必死の形相で走っている。

「見てよ、あのわざとらしい顔! 絶対なにか企んでいるって!」

「ええ! 蹴っ飛ばしたくなる顔してるわ! 何故かしら、無性にイライラしてきた!!」

 ピューンとひょうきんな音を立て、加速する小人。

 アリスは軽やかに、僕はゼエゼエと息を切らして走る。

 それにしても、どれだけ走らされるんだ。

 さっきから、だいぶ走っているが、周りの風景は一向に変わらない。

 それが、同じ場所をグルグル回っているのか、森の中だから同じ様に見えるのか、判断がつかない。

「ア、アリス! ストップ、一旦落ち着こう! 僕の体力が持たない」

「え? なによ、もうへばったの? ふぅ、しょうがないわね。ところで、何でこんなに必死に走っていたのかしら」

「はあ、それは、ふう、こっちが、はあ、聞きたいよ」

 やはり、一種の魔法なのだろうか、地味だが、厄介な攻撃だ。

 その時、また、草むらから別の小人が飛び出し、アリスの背後に迫る。

「アリスッ! 後ろだ!」

 気を抜いていたのか、アリスは反応できない。

 驚いた表情のまま、アリスは固まり、小人に……、尻を撫でられ、オマケにスカートを捲られていた。

 ヒラヒラと舞うスカートから覗く白い太もも、そして、水玉模様のショーツ。

 二度、悲鳴をあげたアリスは、顔を真っ赤にし、怒り心頭の様子だ。

 そして何故か、僕まで、何処からか現れた小人に尻を揉まれていた。

 ゾワゾワと悪寒が走る。それと同時に、心が怒りに支配される。

 目の前で、人を小馬鹿にした態度を取っている小人に僕は、飛びかかった。

 しかし、小人は、腕の隙間からスルリと抜け出し、コミカルな音を立て逃げ出す。

 上等じゃないか、逃がすと思うなよ?

 僕とアリスは互いに、別の小人を追う。

 小人を、追って追って、気がつけば、僕らは完全に離れ離れになっていた。

「何をやってるんだ僕は……」

 我に帰ったときにはすでに遅く、アリスは影も形も見えなくなっていた。

 そして僕は、敵地の中、丸腰の状態で孤立してしまったのだ。

 草むらが揺れる。さっきまでは、恐怖心など微塵も抱かなかったのに、今はとても怖い。

 今までいかに、アリスに支えられてきたか、ということを思い知らされる。

 アリスは無事だろうか?

 こういう時、アリスならどうする?

 僕を探すだろう。しかし、闇雲には探さないはずだ。

 きっと、僕の気持ちになって考えるはず……。

 それなら、白雪姫を探そう。

 それが、僕らの目的なのだから。

 アリスなら、きっと僕と同じ結論に至ってくれると信じて、僕は森の奥へと進む。

 ……あちこちから聞こえる物音に、体をビクつかせながら。


 僕は、息を潜めながら、森の中を歩く。

 大声で、アリスの名を叫びたい衝動に駆られるが、命取りになりかねないため、グッと堪える。

 もっとも、今の状況は、敵に作り出されたものなので、全て筒抜けになっている可能性は高いのだが……。

 フクロウの鳴き声が聞こえ、獣の雄叫びが響き渡る。森は深さを増し、空からの光を遮り始める。

 幸い、まだ何者にも出くわしていない。

 小人はおろか、イノシシですら脅威の対象になりかねない現在、何にも出くわさずに、目的の白雪姫の所まで辿り着く必要がある。

 だが、もし、アリスより先にたどり着いてしまった場合、僕はどうするつもりだろうか。

 そんな事を考えていると前方から、陽気な歌声が聞こえてくる。

 下手くそで音程もバラバラな不協和音に、思わず顔をしかめる。

 黙らせようと、近付きそうになって、気がつく。

 あれは小人の歌だ。

 また、苛立ちで判断を誤るところだった。

 僕は、恐る恐る近付き、木陰から覗き込む。

「お~、白雪姫や~♪ 死んでしまうとは情けない~♪ 王子のキスで、再び目覚めておくれ~♪」

 木々が開けたその場所は、一面の花畑に囲まれており、その近くにはログハウスが建てられる。そして、そこには、六人の小人に囲まれた妙齢の女性とその傍らに立つ、呆れ顔の青年。

 青年がため息を吐きながら、女性にキスをすると、女性は元気よく起き上がり、青年の顔に激しく頭を打ちつける。

 悶絶しながら、地面を転げ回る青年とその周りをあわてて走り回る六人の小人たち。

 女性は、何事もなかったかのように、その場で大きく伸びをした。

 その女性は、黒檀のような毛色のレイヤードボブに、大きく真っ赤なリボンを着けていた。どこか眠そうな二重まぶたの瞳は、アメジストのような妖しげな光を宿す。鼻はスッと伸びており、大変美人なのだが、薄紅色の頬には、よだれの跡が線を引いていた……。

 まさか、この残念な人が白雪姫なのか……?

 白いミニスカートのドレスに身を包んだ白雪姫は、木陰に隠れている僕を指差し、

「とってもキュートなアリスちゃん! そこにいるのはお見通しだゾ☆ さあ、いざ尋常に勝負だよっ♪」

 とろけるような甘い声で、残念な台詞を吐いた。

 今までの『童話少女』とは違う世界から来たような白雪姫に、僕は言葉を失う。

「あれれ? 無視するとかヒドいよ~、シクシク。もうっ、意地悪する子にはこうなんだからっ!」

 白雪姫はそういうと、手のひらに収まるサイズのリンゴを構え、こちらに投げてきた。

 嫌な予感がして、慌てて飛び出すと、リンゴが着弾した辺りに紫の毒々しい煙が広がり、周囲の木々を枯らす。

 見た目とは裏腹に、恐ろしい武器である。

「ええええええっ!? アリスちゃんが男の子になっちゃった!? どうしよう、可愛くない!」

 見た目とは裏腹に、恐ろしい阿呆である。

「どうみても、アリスのマスターだろうに……。まったく、お前はどうしてそういう発想が出て来るのか、不思議でならないよ。おい、そこの、アリスはどうしたんだ? まさか、はぐれたとか言わないよな? そんなバカはコイツだけで十分なんだが」

 バカ呼ばわりされているが、反論はできない。

「もう~、ダーリンたら、すぐ馬鹿にする~」

「事実だが? だいたい、草むらが動く度に、キスの下りをやり直すなんて、馬鹿げてるだろ! 何回やり直したと思ってるんだよ」

「だ、だって……、ダーリンといっぱいちゅーしたかったんだもん……」

 白雪姫は地面に足でのの字を描いて恥ずかしがっている。

「なっ、ば、ばかやろう。よそ様の前でそういうことを言うもんじゃありません! まあ……、ちゅーくらいなら、いくらでもしてやるよ……」

 青年は照れながらも満更ではないようだ。

「やったぁ☆ ダーリン、ちゅ~♪」

 口をつきだして、青年に迫る白雪姫。

 青年は、白雪姫のおでこを押しやり、侵攻を阻止する。

 なるほど、コレが殺意か。

「わかったから、後にしろ! アリスのマスターが、すごい顔して睨んでるぜ」

「ぶぅ~、ダーリンの恥ずかしがり屋さん☆ じゃあ、ゆきりん、また死んだ振りするから、アリスちゃん来たら、ちゅ~で起こしてねっ☆」

 ゆきりん……、白雪姫は、青年にウインクをすると、いそいそと花畑の上に布団を敷いて、そこに横になる。

 五秒も経たない内に、すぴーという寝息が聞こえてきた。

 なんなんだこれは……、頭が痛くなる。

「いや、そんな顔すんなよ。俺だってどうかと思うが、でも、まぁ、惚れてしまったものは仕方ないというか……、このバカっぽいのが可愛いというか……」

 いや、聞いてないから! 

 勝手にのろけ始めたよ、この人!

 アリスは入る世界を間違えたのじゃないだろうか。

 いや、とにかくだ……、アリスがいない事には迂闊なことはできない。

 どういうつもりか、わからないけど僕に、直接手出しをする気はなさそうだし、大人しく様子を……、

「こぉんのっ!! ぶっ飛べえええええ!!」

 アリスの怒声が響き渡り、後ろから、小人がくるくる回転しながら吹き飛んできた。

 そして、そのまま白雪姫に覆い被さる。

「あんっ♪ ダーリン、こんな所で恥ずかしいよぉ。せめて電気はけ・し・て☆ …………って、ダーリンじゃなーい!!」

 白雪姫は小人を放り投げる。

 小人は、鼻から地面に落下し、おもちゃのアヒルみたいな音を出す。

「はぁ……、はぁ……、エロ小人め……、はぁ……、ぎったんぎったんに踏み潰して……、ふぅ……、やる……』

 髪は乱れきって、あちこちに葉っぱをつけたアリスが、鬼の形相で現れた。

「あっ、アリスちゃ~ん! いらっしゃい、ゆっくりしていってね♪」

 人懐っこそうな笑顔で、白雪姫は大きく手を振る。

「あん? なに? もしかして、あの馬鹿っぽいのが白雪姫なの?」

「そうだよ、アリス。……ところで、まさか、今までずっと小人を追いかけ回していたのかい?」

「え? あはは、どうなのかしら。……あのエロ小人が、人のお尻を撫で回すのが悪いのよ! ちょこまかと、ちょーむかつく!!」

 逆ギレし、誤魔化すアリス。

 僕の心配はなんだったのだろうか。

 あ、なんか、向こうのマスターが僕に、同情の眼差しを向けてきている。

 ちくしょう……、悲しくなんかないからな!

「さて、役者が揃ったところで、いっちょ殺し合いといきますか。白雪姫、出だしからドジるなよ!」

「はぁい☆ それじゃあ、アリスちゃん。……じゅるり、生アリスちゃん、とっても可愛いわぁ……。ねえ、ダーリン、倒さなきゃだめ?」

「おいおい、あっちは殺る気だってぇの! どうしてもってなら、マスターを先に潰して、捕まえるなりすればよかっただろうに」

「だってぇ~、それは可愛い子のすることじゃないんだもん。ダーリンに嫌われたくないもん……」

「あのな……、嫌うわけないだろ……」

「ダーリン……」

 小人たちが二人をはやし立て、紙吹雪を撒き散らす。

「アリス……、もしかして僕らも他の人からすると、こんな風に映ってたのかな……」

「さすがに、ここまではしてないでしょ! ……よね?」

 あまりの惚気っぷりに、こっちまで恥ずかしくなる。

 いや、恥ずかしがったら負けだ。

「アリス! 負けてられないよ! こっちは腕を組みながら戦おう!」

「却下。ちなみに、その台詞二回目だから」

 ああ、覚えていてくれたんだ。

 僕はそれだけで十分幸せだよ……。

「ごめんねぇ、アリスちゃん。ダーリンと私のために、やられちゃって☆」

 ふんす、と鼻息を出し、気合い充分な白雪姫。

「まぁ、いいわ……、楽しめそうだし。残念だけど、やられるのはアナタよ。だって、私の方が可愛くて、強いし!」

 ドヤ顔で控え目な胸を張る、僕らのヒロイン、アリス。

 シリアスさの微塵の欠片も感じられないが、楽しそうだからいいか……。

 白雪姫のマスターは戦いに入ると表情を変える。

「小人ども、アリスを撹乱しろ。白雪姫は、リンゴをバラまけ!」

 小人はそれぞれ手斧などの武器をちらつかせ、アリスの周りをうろちょろする。

 白雪姫は……、

「ゆ・き・り・ん……、そう呼んでくれないと、やーっ!」

 その言葉に、青年の顎がガクッとさがる。

「ゆ、ゆきりんさん、頼むから言うとおりに動いてくれ……」

 白雪姫は、はぁい☆ と元気よく手を挙げて返事をすると、リンゴを何処からか取り出し、自分の足下にバラまく。

「わわわっ、ばかっ! 自分の足下にバラまく奴がいるか!」

 白雪姫の周りに毒々しい煙が広がる。

「だってぇ、ダーリンがそう言ったんだもん! けむた~い」

 辺りの草花は枯れるが、白雪姫はゲホゲホとせき込むだけで、ダメージはないようだ。

 さて、そちらは置いておいて。

「トゥイードルダム、トゥイードルディー、今までありがとう。最後に大暴れしてもらうわよ!」

 アリスは双銃を取り出し、それを左右に放り投げる。

「双子の銃よ、真の姿を解放なさい! いでよ、ゴーレム!」

 その言葉に呼応し、双銃は空中で膨らみ、アリスと同じくらいのサイズの機械人形になった。

 それらは鈍色に光る卵形をしており、脚はなく、空中に浮かんでいる。

 手にはそれぞれ、棍棒の様なものを持ち、それを振るう度にがらがらと音が鳴る。

「二人とも、そこの小人の相手をしてあげて。頼んだわよ!」

「サプライズって、これの事だったのか。これなら、感情的になって翻弄される事もないね」

「なによ、嫌みのつもりかしら」

 アリスがジロリと僕をみる。

「ち、違うよ! ほらっ、攻撃が来るよ!」

 白雪姫は、リンゴをポイポイ投げてくる。

 アリスは、軽やかにそれを避ける。

「ダーリン、当たらないよ~! ちょっとアリスちゃんの事押さえてて♪」

「そしたら、俺まで巻き沿いになっちまうだろうがっ! 小人を運用するのが前提だったからな……、そうそううまくはいかないか」

 その小人たちは、二対のゴーレム相手に必死に立ち向かっている。

 ゴーレムは火を、雷を、それぞれ吐き出しながら小人たちを引きつけていた。

「アリス、何か武器はないの? トゥイードルダムとトゥイードルディーはゴーレムになっちゃったし!」

「もちろん、用意してるわ! ジャバウォック! 恥ずかしがり屋のアナタでも、物言わぬ武器ならこなせるでしょう? その身を剣に変えよ! 我が手に宿れ、ヴォーパルソード!」

 アリスがそう叫ぶと、禍々しい気配がアリスの手中に集約し、刀身が、身の丈ほども有る巨大な剣が現れる。

 その刀身は歪に波打ち、刃先が返しのような形状をしている。

 暗銀の光りを放つ、その剣は『ヴォーパルソード』、人喰竜を一撃のもとに両断するほどの威力を持つ。

 ジャバウォックは自らを屠る剣に姿を変え、アリスの手の中で獲物を狙う。

「今宵の妖刀は、血に飢えておるわ」

 アリスはヴォーパルソードを両手で構え、ニヤリと笑う。

「うわぁ、アリスちゃん悪者みたいだよぅ……。もっと可愛くわらって!」

「えっ? こ、こうかしら?」

 アリスは白雪姫に言われて、再び笑顔を作るが、禍々しい剣のせいで、笑顔が狂気を演出する。

「こええ……、チビりそうだ……」

 青年は、両手で自らを抱き震えている。

「う、うるさい! ぶった切ってやるわ!」

 アリスが大剣を振るうと、怨磋の呻き声のような音が風を切る。

「アリス、確かにそれは可愛くはないね……」

「なっ、アナタまでなによ! この音の良さがわからないの? とっても可愛いじゃない!」

 一同が静まり返り、辺りには、小人とゴーレムの剣撃の音だけが鳴り響く。

 必死に戦う、物言わぬ彼らはこう思っているだろう、お前ら真面目に戦えや! と。

「なによ、なによっ! いいわよ! 剣なんてぶった切るための道具なんだから! 可愛さなんて不要よ!」

 そう言ってアリスは白雪姫に切りかかる。

 大剣は、亡者の呼び声のような音を立て、白雪姫を両断……できずに受け止められる。

「白雪姫! 平気か!?」

「おぉ? おー! 真似してみたら出来ちゃった☆」

 大剣を受け止めた白雪姫の両手には、リンゴの形をした可愛らしい手甲がはめられていた。

 白雪姫は大剣を弾くと、アリスに踏み込み、拳を叩き込む。

 アリスはとっさに大剣を立てて、防御する。

 激しい剣撃の音が鳴り響き、アリスが後ずさる。

 白雪姫の攻撃は受け止めた、だが、アリスは苦しそうに激しくせき込む。

 よく見ると、打ち合ったあたりに、僅かだが、毒の霧が舞っている。

「ゲホッ、やったわね……。可愛い見た目の癖して……、っはぁ、毒が仕込んであるなんて」

「えっと、美味しいキノコには毒があるんだよ! あれ? なんか言いたい事と違うや、ま、いっか☆」

 少量ながら毒を吸ってしまい、アリスは思うように呼吸ができない。

 白雪姫は自らの武器が気に入ったのか、しゅっ、しゅっ、と声に出し、シャドーボクシングに励む。

「アリス、大丈夫か? 無理はするなよ」

「ええ、まだいけるわ。ふぅ……、ふざけてる割には油断ならない相手ね。でも……、悪くないわ」

 アリスは、額に汗を滲ませながらも楽しそうに微笑む。

「どうやら、あの武器は何かに接触した時に毒を撒くようだ。その時に吸い込まないように気をつけて」

「わかったわ。要は、近付かずに倒せばいいんでしょ? やってやろうじゃない!」

 アリスは、白雪姫と十分な距離を保ち、大剣を構える。

「あ、わかった! アリスちゃんアレやるんでしょ? 剣を振ると衝撃波がでるやつ! や~ん、カッコいい~♪」

「んな事言ってる場合か! さっさと距離を詰めろ!」

 白雪姫は両手を胸の前に構え、飛び込んでくる。

 それを、

「は・ず・れ☆」

 アリスは厭らしい笑みを浮かべ、大剣を振り下ろす。

 すると、大剣は蛇のようにうねり、虚空を走る。

 意志を持っているかのように迫り来るそれを、白雪姫は間一髪で避ける。

「わわっ、あぶない! でも、ハズレたのはアリスちゃんだったねっ!!」

 隙だらけのアリスに白雪姫は肉薄し、顔面にその拳を叩き込もうとする。

「それも、ハズレよ」

 だが、その拳は届かない。

「あれ……? あ、うそ……」

 白雪姫の脇をすり抜けた剣は、その軌道を変え、再び、白雪姫に迫っていた。そして、その刃先を白雪姫の横腹に食い込ませ、血を啜る。

「あ、痛っ……。ドジっちゃった」

 アリスは容赦なく、大剣を振り払い、刃先を食い込ませた白雪姫を吹き飛ばす。

 鮮血を撒き散らし、転がる白雪姫。切り裂かれた傷口から、ピンク色の肉が覗く。

「白雪姫ッ! しっかりしろ!」

 青年が白雪姫に駆け寄り、抱き起こす。

「……楽しかったわ、白雪姫。今、楽にしてあげる」

 アリスは瞳に光を宿さず、大剣を構える。

 戦いの結末は、いつだって残酷だ。

 僕は、目を逸らさず、白雪姫の最後を……、

「うう~、死んじゃうかと思ったぁ……。わあっ! せっかくのドレスがボロボロ……。アリスちゃんのばかぁ!」

 白雪姫は、服についた泥を手で払い、ぷりぷり怒り出す。

「嘘……、でしょ? 傷口が塞がってる!?」

 アリスは驚愕し、手に持っていた剣を落としそうになる。

「びっくりさせんなよ……。それがさっき描いてた落書きの力か?」

「ぶぅ、落書きじゃないもん! 魔法陣だよ♪ ゆきりんは魔法少女なのだ☆」

「まて、おまえ、魔法少女って年じゃ……、いたっ!」

「永遠の、十七歳だよ……?」

 白雪姫は、青年の尻をつねりながら微笑む。

「アリス、撤退しよう。魔法陣がある限り、白雪姫には勝てない」

 僕は、アリスにそう提案する。

 だが……、

「手遅れみたいだわ……、空を見てみなさい」

 アリスに言われ、上空を見るとガラスのようなもので覆われていた。

「これは、結界なのか!?」

「『ガラスの棺』、どちらかがそこに収まるまで決して開くことはないのだ♪ ゆきりん大勝利かなっ?」

「まっ、たく……、アナタのそれ、演技じゃないの……? 意外としたたか、だし……」

 大剣を落としたアリスは、蒼白い顔をして、足首に刺さっていた銀製の櫛を抜き取った。

 投げ捨てられた櫛は、毒々しい煙となって消えた。

「まさか、さっきアリスに切り裂かれた時に!?」

「だいせいかーい☆ ゆきりん、実はくのいちだったのだ♪ シュッシュッ!」

 白雪姫は、手裏剣を投げる真似をする。

「さすがは、俺の嫁だな! よくやったぞ、ゆきりん! アリス、さっきの言葉をそっくり返すぜ。今、楽にしてやるよ」

 青年は、決め顔をして、死刑宣告をくだす。

 膝をつき、息も絶え絶えのアリス。

 僕らは、このまま、負けてしまうのか……?

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