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白雪姫2

 僕は、買うだけ買って、着ていなかった服から適当な物を見繕い、部屋を出た。

 目的の『憩』までは、ここから徒歩で、十五分程度で着く。

 外は、今にも泣き出しそうな雨雲に覆われており、僕は傘を持って出歩く。

 天気のせいか、外を歩く人影はまばらで、ますます、今日が祝日だということを忘れてしまいそうになる。

 程なくして、『憩』に到着した僕は、時間を確認する。

 二時五十分か、まだ来てないかな?

 そう思い、店内を覗くと、こちらに向かって手を振る人影が見えた。

 セミロングの髪は艶のある暗めの茶色で、毛先が緩やかなウェーブを描いている。

 ぱっちりとした瞳と、小さめの鼻が年齢より幼さを感じさせる。

 一年ぶりに見る奈々枝は、可愛いから、綺麗よりになっていた。

「櫻木さん、久しぶり。もしかして、待たせちゃった?」

 僕は手を挙げながら、奈々枝の対面に座る。

「いえいえ、今来たところです。なんちゃって、ぼーっとしてたら、なんか早く着いちゃって、お先にくつろいでました」

 ペロリと舌を出し、笑顔をくしゃっとさせる奈々枝。

「髪、伸ばしたんだね。似合っているよ」

 お昼の名司会者から学んだ、困ったときの会話の切り出し方だ。

「まさか、小鳥遊先輩からお世辞が聞けるとは思いませんでした。前日の内に美容院に行った甲斐がありましたね」

 そう笑いながら言う奈々枝は、以前と変わらないようで安心した。

「あはは、お世辞じゃないよ。短いのも可愛かったけど、今の長いのも、うん、大人びた感じに見えるよ」

「せ、先輩、からかわないでくださいよ。もう、どこでそんな言葉覚えたんですか。そ・れ・に、私はちゃんと大人ですよ。入社当時から子供扱いするんだから……、ひどい人です」

 そうだった、奈々枝があまりにも幼げに見えるものだから、ついついからかってしまうのだ。

「ごめんごめん、可愛いもんだから、ついね。悪気はないんだよ」

 奈々枝は、可愛いという言葉に反応して照れくさそうに手櫛で髪を撫でる。

「先輩が冗談好きなのは、よくわかりましたから……。あの、お話の前に謝らせてください。一年前、あんな風に感情的になってしまってすみませんでした。先輩の気持ちも考えないで……。ずっと、謝らなきゃ、って思ってたんですけど、勇気が出なくて」

 奈々枝は視線を目の前のコーヒーカップに落とす。

 伏し目がちな表情に、後悔の色が窺える。

「いや、奈々枝ちゃんは悪くないよ。心配してくれていたのに、強がってた僕が悪い。逆に気にさせてたなら、申し訳なかったね」

「そんなことないです! ……やっと『奈々枝ちゃん』って、呼んでくれましたね。『櫻木さん』なんて呼ばれて、嫌われちゃったのかなぁ、って少し不安だったんですよ?」

 上目遣いに奈々枝は僕の顔を覗き込む。

「そ、そんな訳ないだろ。ただ、同僚でもないのに馴れ馴れしいって思われないか、ってね」

「それこそ、そんな訳ないです。なんなら、呼び捨てでも構いませんよ?」

 僕は、奈々枝の蠱惑的な笑みにドキリとさせられる。

「まったく、先輩をからかうなんて十年早いぞ。それで……、仕事、本気で辞めるのか?」

「さんざん私のこと、からかったお返しです。……そのつもりです。というか、明日には退職届を受理してもらいます。実は、半年前から退職届は出してたんです。ただ、仕事の都合でなかなか……」

 奈々枝は頼まれたら、嫌とは言えない性格だ。そのせいで、一緒に働いていた時も、苦労している姿を何度か目にしている。

「そっか……、大変だったな。次の仕事はもう見つかったのか?」

「実家が飲食店をやってるので、しばらくはそこで……、その先はまだ考えてないです。……あの、先輩は今何をしているんですか?」

 なんとなく、この流れは予想していた。愛想を尽かされちゃうかもしれないな……。

「実は、……まだ働いていない。無職ってやつさ。偉そうにしておきながら、カッコ悪いよな」

 僕は、頬をポリポリ掻きながら、奈々枝から視線を逸らす。

「そんなことないです! だって、先輩はお父さんが急に亡くなって……、それでも仕事は休めなくて、それで、それで……、あんなに辛そうな顔して……」

 奈々枝は身を乗り出して、僕の言葉を否定する。

 その瞳は少し潤んでいる。

「ありがとう、奈々枝ちゃん。そう言ってもらえると、少し気が楽になる。あはは、僕も奈々枝ちゃんの所で雇ってもらおうかな?」

「はいっ! お父さんもそろそろ引退したいって言っていたので、先輩が来てくれると大助かりです!」

 僕は、冗談のつもりで言ったのだが、奈々枝は目を輝かせて僕の手を握る。

 いや、その前に……、

「それって、僕が跡を継ぐって事……かな?」

「はいっ! ……あれ? それって……、あわわわっ! 違うんです、そういう意味じゃないんです! 働いてみてよかったら、というか、あれれ? それも同じ意味かな? やだ、ごめんなさい!」

 顔を真っ赤にして、手で扇ぐ奈々枝。

 僕までつられて赤面する。

「もー、本当にごめんなさい。でも……、その、継ぐ継がないは別として、手伝ってもらえると助かります……」

 奈々枝は、空になったコーヒーカップを指で弄びながら、僕の反応を窺う。

「そうだなぁ、すぐには無理だけど……、僕でよかったら、手伝わせてほしいな」

「本当ですか!? 実は、今日の本題はこっちっていうか……。ごめんなさい! 実は、先輩がまだどこにも勤めてないって聞いて、勧誘しにきたんです……。怒りました……よね?」

 申し訳無さそうな顔をする奈々枝だが、怒りなど沸くはずがない。

 逆に、罪悪感さえ覚える。

 今の自分の立場を考えると、奈々枝との約束を果たせない可能性が高い。

 今まで考えないようにしてきたが、ゲームに敗れた者に待っているのは死だ。

 赤ずきんと人魚姫のマスターは童話の世界で死を迎えた。

 アリスは明言はしなかったが、最初に命を賭けるゲームだといっている以上、現実世界でも死んでいる……かもしれない。

 そうでなくても、アリスが居なくなる事を考えると正気を保てる自信がない。

 もっとも、妄想と会話している時点で正気ではないだろうが。

 そんな危うい僕らの命綱が『童話少女』なのかもしれない。

「いや、奈々枝ちゃんには感謝してるよ。僕は、幸せ者だ」

 僕の言葉に、奈々枝は、ぱぁっと笑顔を輝かせる。

 そして、僕の手を両手で握り、上下に振るのだった。

 しばらく、お互いの近況や、たわいのない話に花を咲かせた後、奈々枝は実家からの電話で用事を言いつけられたらしく、名残惜しそうに帰って行った。

 帰り際に、また会うことを約束して。

 僕は、嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気持ちを抱えて、自分の部屋に帰った。

 もちろん、アリスへのお土産を忘れずにね。


 曇り空のせいで、夕方でも夜とさほど変わらない薄暗い部屋の中、アリスはベッドの上で仰向けになり、額に手を当て物思いに耽っていた。

「アリス、起きてるのかい? お土産買ってきたから、一緒に食べよう」

「あ……、おかえり。早かったのね……」

 アリスの声に元気がない。どうかしたのだろうか?

「元気がないみたいだけど、もしかして、僕がいなくて寂しかったのかい?」

「うん……、そうね。一人だといろいろ考えちゃって」

 予想外のアリスの反応に、僕は思わず、お土産を落とすところだった。

 もっとこう、馬鹿じゃないの!? とか、おもしろい冗談ね、って鼻で笑われたりとか、そういうのを期待していたのだが。

「なに鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるのよ。私だって、悩むことくらいあるわ」

 アリスは視線だけこちらに向け、物憂げな表情を浮かべる。

「まぁ、いいわ。お土産って、ツボなら食べないわよ。それとも、健康食品的な物かしら?」

「ツボでも、絵画でも、聖書でもないよ。アリスの大好きなケーキさ」

 ピクリと反応を示すアリス。

「き、気が利くじゃない。…………、見せて見せて!」

 先程までの表情を反転させ、愛らしい少女の笑みで、僕に飛び込んでくるアリス。

 尻尾があったら、千切れんばかりに振っていただろう。

 アリスは、ケーキの入った化粧箱を覗き込むと、瞳をキラキラ輝かせて、鼻息を荒げる。

「どれでも、好きなものをどうぞ」

「やったっ! アナタって本当に素敵だわ!」

 ふんふんと、鼻歌を歌いながら、ケーキを物色するアリス。

 元気を出してくれたようで、僕はホッとする。


「次の相手は、白雪姫よ。七人の小人、毒リンゴ、聞けば何でも答えてくれる魔法の鏡。魔法の素材は色々ありそうね。……私は、この『童話戦争』はもっと純粋な遊びのような物を想像してたわ。自分の欲望を叶えるために殺し合い、勝てばその願いが叶う……。戦いなんて単純でいいのよ。銃をバンバン撃って、魔法をドカンドカンと撃つの。人魚姫の時みたいなのは私の戦いじゃないわ」

 ケーキを食べながらの作戦会議、その最中に、アリスはぽつりと真情を吐露した。

 アリスの悩みはそれだったのか。

 人魚姫の時は、『名無しの森』の効果を反転させて、記憶を鮮明に呼び起こしたんだっけ。

 結果的に、人魚姫は封印していた愛を思い出し、その想い人を殺めてしまった後悔から、自らの命を絶った。

 たしかに、アリスの求める、単純な力勝負ではなかったかも知れない。

 だが、単純な殺し合いなら、決して間違った手ではないと思う。

 人魚姫は精神的に追い詰められていたんだから、そこを突くのは当然だ。

 そんな風に考えてしまうのは、僕が大人になってしまったからで、まだ子供のアリスには抵抗があるのだろう。

「そんな戦いばかりじゃないさ。私を倒すには、一撃で仕留めないと無効よ! なんて、とんでもない奴と戦う事になるかもしれないし、気落ちしてられないよ?」

「そうね……、アナタの言うとおりだわ。そんなこと気にして、やられてしまったら、本末転倒だものね。ごめんなさい、話が逸れちゃったわね。白雪姫の話に戻しましょう。七人の小人なんて言うくらいだし、集団を相手にする戦いを想定してるわ。そこでサプライズを用意してるの、内容は後のお楽しみよ」

 そう言って、アリスはニンマリとする。

 何をやらかしてくれるのか、楽しみにしておくとしようか。



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