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僕とアリスの童話戦争  作者: 海中海月
不思議の国のアリス
20/20

不思議の国のアリス2

「タツヤ、早く逃げるわよ!」

 私は、タツヤの手を引いて走り出す。

 アリスが、無数に散らばる本の山から幾人もの童話少女を召喚したのだ。

 しかも、みな手足が無かったり、頭部が欠損していたりで、まさに地獄絵図だった。

 立ちふさがる敵を、刺突剣で斬りつける。――だが、敵は、それをものともせずに掴みかかってきた。

「――ッ! なんなのよ! ゾンビとか聞いてないわよ!」

 身体を捻るようにして受け流し、そのまま、首を落とす。

「悪趣味にも程があるわ! ヤダヤダ、最悪、有り得ない!」

「――――――――」

「む……、こんな時に黙らないでよ。……怖いじゃない」

 私は思わず、不安を口にした。

 走りながら、横目でタツヤを見る。彼は、口を真一文字に結び、険しい表情を浮かべている。

 私の前では、あまり見せない表情だ。

「……、あの城壁の陰に隠れよう」

 タツヤは、茨に侵食された城壁の一角を指差し、そう言った。

 調子よくないのかな? イマイチ声に覇気がないんだけど。

「もしかして、タツヤもゾンビとか苦手だった? ホント、ゾンビ映画みたいで――」

「早くしろ、置いていくぞ」

 いつの間にか、私の手を離れ、目の前をタツヤの背中が走っていた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしちゃったの?」

 明らかに不機嫌そうな声色に、私は自分が何かしてしまったのではと不安になる。

 つい、からかうような口調になっちゃったのが悪かったのかな?

 私達は、城壁の陰に身を隠す。

 タツヤは黙り込んだまま、こちらを見ようとしない。

「ねぇ、そういうのやめてよ。私、何か悪いことした?」

「いや、なにがだよ。そんな事より静かにしないと気づかれるぞ」

 そんなのわかってる。わかってるけど――――

「そんな顔されると不安になるじゃない! 怒ってるなら怒ってるって、はっきり言って!」

 自分でも変だと思う。こんな時に痴話喧嘩をするなんて。でも、不安で不安で仕方ないのだ。

――そんな私を、タツヤは冷たい目で見る。

「いい加減にしろよ。こっちは、アイツを殺す算段を立ててる所なんだ。だというのに……、君は僕の邪魔をしたいのか?」

 そうだ、タツヤの言い分が正しい。私が勝手に不安がってただけだし……

「ご、ごめ――――」

「まったく……、本当にうざいな」

「なっ――――」

 心臓が、止まりそうな程の衝撃に、私は思わず口をつぐむ。

 血の気が引き、指先が痺れる。

「嘘……だよね? そ、そういう冗談は傷つくからやめ――――」

「嘘でも、冗談でもない。いつも迷惑だったんだよ。自分の事しか考えていないで、僕がどう思ってるかなんてちっとも考えてなかっただろ? ほんと、都合よく使ってくれたものだよな」

「そんな訳ないじゃない! 私が……、私がアナタの事……」

 目の奥が熱くなる。どうしてこんな事になっているのだろう。

 こんなの……、タツヤじゃない。そうだ、夢を見てるんだ。アリスの攻撃かもしれない。だったら、こんなヤツ、殺してしまえば……。

「なんだよ、その目は。……あぁ、僕のことを殺す気か。いいよ、やれよ。気に食わなきゃ殺すってか。君はやっぱりそういう人間なんだ」

「これ以上、タツヤの顔で、そんな事を言うんじゃないわよ!」

 私は、感情に任せて、剣を振り上げる。――――だが、振り下ろす事はできない。

「いや……。こんなのいやよ……」

 私は、剣を降ろす。例え、幻だとしても、タツヤの形をしてるものを殺すなんてできない。

「好きにすればいいじゃない。手を出せない以上、私の負けよ」

 剣を投げ捨て、手をひらひらさせる。私は、何をやっているのだろう。

 タツヤの幻も驚いた表情を浮かべている。

 そして、意を決したように、私に手を伸ばしてきた。

 私はギュッと目をつぶる。

 その手は私の首にかかり――――滑るように頬に触れる。

――――そして、唇に触れる柔らかい感触。

 恐る恐る目を開くと、タツヤと目が合う。

「はぁ……、危なかった……。やっぱり、杏里沙だったのか」

 と、いつもの穏やかな笑みを浮かべて、愛しげに私の頬をなでるタツヤがいた。

「え、なに? なんなの?」

 私は呆気にとられて、辺りを見回す。

 そこには城壁も、ゾンビの群れもなかった。

 積み上げた本に、腰を降ろしているアリスが、つまらなさそうな表情で、こちらを見ているだけだった。

「普通は、どちらかが手を出すんだけどなぁ。つまらないの。――――ジャバウォック、おまたせ、食べていいわよ」

 アリスが合図を出し、ジャバウォックが飛びかかってくる。

 それを――――

「一度見せてもらった以上、同じ結果にはさせないよ」

 タツヤが両手にヴォーパルソードを構え、私を庇うように前にでる。――不覚にも、その後ろ姿にキュンときてしまった。

「杏里沙、いち、に、さん、で避けるんだよ」

「う、うん……」

 さっきのとギャップと言うか、安心感と言うか、

「いち」

 マシマシで、タツヤの事が愛しくなって、

「に」

 もう、それしか考えられないみたいな、

「さん!」

――まぁ、ちゃんと避けるけど。

 タツヤのかけ声に合わせて転がるように避ける。

 先程まで私達がいた空間を、ジャバウォックが滑り抜けていく。

 そして、そのまま動かなくなった。

「まさか、剣を呑み込むだけで死んでしまうなんてね。大したことないな、君のジャバウォックは」

 タツヤは不敵な笑みを浮かべ、アリスを睨みつける。

 そうか、タツヤは、避けるときに剣をジャバウォックの口内に投げ入れたんだわ。

「まぁ、そういうものだからね。必要な捨て駒ってやつよ。それより、そんな簡単に武器を捨ててよかったのかしら?」

「ええ、かまわないわ。元々、タツヤの武器は策を練る事だもの。――今度は、私の番よ!」

 出し惜しみはしない。全ての切り札を切り、決着を着けてやる!

 私は、茨の蔦を走らせ、アリスを誘導する。

 思惑通り、アリスは、蔦を避けていく。

 目標値点まで誘導し、そこで『捕縛する蔦』を発動させる。

 地中から現れた四本の蔦が、アリスの手足に絡みつく。

 返しのようなトゲが、手足に突き刺さり、抜け出すことはできない。

 身動きの取れないアリスに狙いを定め、すいを打ち出すクロスボウ『魔女の紡ぎ車』を構える。

「待て、杏里沙。アイツは夢の中で、君の魔法を無効化してた。自分は眠り姫でもあると言ってね。思わぬ反撃がくるかもしれない。気をつけるんだ」

 やっぱり、さっきの攻撃は『悪夢』と『名無しの森』を合わせた魔法陣の効果だったのね。となると、睡眠付与は期待できない。

――それなら、全弾発射して、永眠させればいいだけの話。

「おーけー! 私に嫌なもの見せた償い、たっぷりさせてやるんだから!」

 引き金を引き絞る。反動を軽く受け流し、再装填、流れるように次弾を発射する。それを繰り返す事、十二回。

 アリスは十二発の錘に撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちる。

「全弾命中! 穴だらけにしてやったわ」

 大したことなかったわね。これでようやく――――

「杏里沙! 上だ!!」

 タツヤの声に上を見上げる。上空から襲い来るアリスの影――その手には断頭台の刃が握られている。

「なっ――――、また、このパターン!?」

 アリスの鋭い視線が私を射抜く。だが、まだ反応できる距離だ。

 クロスボウを投げ捨て、茨の剣を構える――受け流し、そのまま切り裂く!――

 私は、相手の動きに合わせる為に、呼吸を整える。

 だが――――、アリスの影が二つに増え、それぞれが実体を伴い、強襲する。

――駄目、反応できない!――

 固まる私に、疾風のような速さで影が飛びつく。

 その影に助けられ、転がるように、クロスボウに飛びつき、茨の剣を射出する。

 茨の剣が二人のアリスを貫通し、吹き飛ばす。

「ありがとう、タツヤ。助かったわ。でも、その……、いつまで胸に顔を埋めているのよ!」

 バシッと、その背中を叩く。――ぬるりと手が滑り、私の手が赤く染まる。

「嘘……でしょ? ごめん、タツヤ! しっかりして!」

 タツヤの返事はなく、苦しそうな息づかいだけが聞こえてくる。

 タツヤの背中からは、おびただしい量の血が流れ出ており、押さえても溢れて止まらない。

「やだ、やだやだ、どうしよう! 敵、アリスはまだ生きてるって事!?」

 早く倒して、現実世界に戻らないとタツヤが死んでしまう。

――いや、倒す必要はない。

 この世界から離脱すれば――。

 私は、空を見上げ、愕然とする。

「なっ――、ガラスで覆われてる!? そんな、まさか、これって……」

「そう、全部アナタが見たことのある光景――『堕ちた童話・夢の中の記憶』よ。これは、『ガラスの棺』だったかしら?」

 アリスは愉快そうに笑う。

 そうだ、さっきの攻撃も、シンデレラのそれと同じだった。

 油断していた訳ではないが、想像の範疇を越えていた。

――くっ、どうすれば!?――

「あり、さ……。これを……、にげ……」

 タツヤが何かを私に押し付ける。

「これは白兎の懐中時計……!? そっか……、タツヤに預けたままだったのね……」

 タツヤはこれを使い、私を助けた。もう、『アリス』ではない私に、魔力を補充できない。残りの魔力量から、あと一回が限度か……。

――――一つだけ、タツヤを救う方法がある。この時計の針を逆回転させれば、わずかな時間なら、時を遡る事ができる。

 ただし、記憶も遡る為、使い道はほぼない。

――――だが、タツヤがこれを使い、私を庇ったなら、話は別だ。時計の魔力を使い切れば、時間を戻した所で、それはもう使えない。

――――つまり、タツヤは私を庇う事ができなくなるということだ。

「――――――――ッ!」

 僅かな逡巡は、我が身可愛さからではなかった。

――もっと、お喋りしたかったなぁ――

 このまま、私一人ではアリスを倒す手段が思いつかない。

――ごめん、きっとつらい思いさせちゃうかも――

 だから、私の結末を、タツヤに託す。

――大丈夫、私はタツヤの事を信じているから――

「最後になるかもしれないから、言っておくわ。私達、きっとまた逢えるから。だから、あの場所で――――」

 私は、時計の針を、巻き戻した。



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