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僕とアリスの童話戦争  作者: 海中海月
シンデレラ
16/20

シンデレラ2

 夕方になり、僕と杏里沙はお互い、顔を洗って外にでた。

 まだ、目の腫れは引かなかったが、気にせず、街に向かう。

 店先はすっかり、クリスマス気分でイルミネーションに彩られていた。

「そうだ、クリスマスには、ホールケーキを買おう。二人で半分こにするんだよ」

「ふふっ、そんなに食べきれる?」

「杏里沙なら平気だろ? 何てったって、ケーキ二個を一瞬にして平らげ……イテッ」

 杏里沙が頬を膨らませ、僕の肩を叩く。

「もうっ……、いじわる……」

 杏里沙と二人並んで歩く。

 僕の望む日常――そして、決して叶うことのない幻想。

 今日は一段と冷え込み、街をゆく恋人たちの距離も自然と近くなる。

 そして、僕らもそれと同じように肩を寄せ合い歩く。

「えっと……、そうだな、何をしようか?」

「こういう時って、男の人がリードするものでしょう? まさか……、デートしたことないとか?」

 杏里沙がからかうように笑う……のだが――

「そうだよ……。ちぇっ、どうせ僕なんか……」

 僕は、つい、本音を漏らす。

 事実、デートなんかしたことないし。

――今になって思えば、杏里沙の事があったから、そんな気になれなかったんだろうか。

 一方、杏里沙は目を泳がせ、明らかに動揺している。

 そして……、よしっ、と意気込んで、僕の腕に絡みついてきた。

「じゃあ、定番中の定番! 私の買い物に付き合って!」

 そう言って、杏里沙は僕を引っ張るように連れまわす。

 楽しそうにはしゃぐ杏里沙に連れられて、様々な店を回る。

 アパレルショップでは、杏里沙の一人ファッションショーの後、僕が、杏里沙の着せ替え人形になった。

 雑貨屋では、杏里沙はヘンテコな小物に目をキラキラさせ、一メートル進むのに数分かけながら進む。

 ランジェリーショップに、小悪魔めいた笑顔で杏里沙は、僕を引っ張り込んだ。そこで、杏里沙はセクシーな下着をあて、妙なポーズを取り、僕の笑いを誘った――なぜか、叩かれたが。

 途中、喫茶店に立ち寄り、杏里沙は寒い寒いと言いながら、ソフトクリームを注文した。そして、一口食べるごとに、満面の笑みを浮かべ、幸せと口にしていた。

 鼻歌を歌いながら、上機嫌で歩く杏里沙。

「見るだけでよかったのかい? 気に入ったものがあれば買ってあげたのに」

「ソフトクリームを奢ってもらったわ。それに、ウィンドウショッピングって言うのは、見て回るのがメインなのよ。気に入る度に買っていったら大変なことになるわ、主にアナタがね」

 ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべる杏里沙。

 大量の荷物の山を抱える自分の姿が容易く想像でき、思わず苦笑する。

「ははは……、でも、もうすぐクリスマスなんだしさ、一つくらいは何か買ってあげたいよ」

 僕の申し出に、指を頬に当て考える仕草をする杏里沙。

「ま、まぁ……、私としても……、そういうシチュエーションに憧れなくもないというか……。――あっ、なんか珍しいお店があるよ!」

 そう言って駆け出す杏里沙は、お祭りの屋台にはしゃぐ子どものようだった。

「月時計……? アンティークショップか」

 古びた外観のこじんまりとしたその店は、他の並びの店とは明らかに異彩を放っていた。

 扉を開くと、カラン――という古めかしい鐘の音が店内に響き、来客を告げる。

「いらっしゃいませ。ようこそ、月時計――ルナティック――へ」

 出迎えた店主はまだ十代のようで、月のような銀色の髪を縦ロールにした少女だった。

 その瞳は人形じみた睫毛の奥にに、ルビーのような赤い光――カラコンでも入れているのだろうか――を湛えている。

 その少女は、黒を基調としたゴスロリ調のフリルのついたドレスに身を包んでいた。

「ふぅん、素敵なお店だわ……。でも、月時計でルナティックって読むのは言葉遊びなのかしら?」

「――む、月の『ルナ』はわかるけど、時計で『ティック』って……、ああ……、秒針の音か!」

「ふふっ、苦肉の策ですわ……。ルナティック――直訳で『精神異常者』なんてお店、誰にもお越しいただけませんもの」

 柔らかな笑顔で赤い瞳の少女は微笑む。

「確かに……、回れ右しちゃうかも。……うん、そう考えると素敵な名前ね!」

 珍しく杏里沙が、この現実世界で積極的に他人と絡んでいる。

「お褒めいただき恐縮ですわ。……時に、お客様が着ていらっしゃる可愛らしいお洋服は、チェシャ猫をモチーフにしたものですね。『不思議の国のアリス』――大変素敵なお話ですわ」

 うっとりとした表情を浮かべる少女。

「そうね……。とても素敵で優しいお話よ……」

 杏里沙は、自分の世界の住民に想いを馳せているのだろうか、儚げな笑みを浮かべる。

「優しい……ですか? お客様は素敵な感性をお持ちのようですね。――ふふふっ、今日はとても得難いものを得た、そんな気分ですわ。今日の、この出会いに感謝を……」

 小さく、祈るような仕草をする少女。

「申し遅れました。私、天音愛菜あまねまなと申します。このお店の……、店番……としておきましょうか」

 愛菜は、意味ありげな笑みを浮かべ、自己紹介をする。

「私は……、杏里沙。こっちは、タツヤよ。どういう関係かは内緒♪」

 唇に人差し指を当て、負けじと含みを持たせる杏里沙。

「ふふっ、そんなの仰らなくてもわかりますわ。――お二方は強い魂の絆で結ばれているようですもの」

 一瞬、愛菜の言葉にドキリとする。

 商売上のお世辞――なのだろうが、あながち的外れと言うわけではない。

 僕らは何度も死線をくぐり抜けてきた。

 今や、お互いが命綱の様なものだ。

「そんなお二方にお勧めの品があるのですが……」

 そう言って愛菜は、古めかしい木箱を取り出す。

 ふたを開けると、そこには二本のネックレスが収められていた。 それは七種類の小粒な宝石が、波打つ銀製のトップに散りばめられている。

「『絡み合う運命のアミュレット』――ですわ。これは、本来一つだった宝石たちを二つに分け、それぞれ散りばめたもの……。ネックレスのトップは、二つがピタリと重なるようにできています。一つだったものが離れ……、また……、重なる。――『再会』をテーマとした、私の自信作ですわ」

「わぁ……、キレイ……。自信作って、これ、アナタが作ったの? すごい、すごーい!」

 目をキラキラさせて、興奮する杏里沙。

「ふふっ、ちょっとした趣味ですわ。私としては、是非ともお二方に着けて頂きたいのですが……」

 チラリと、僕の方を上目遣いで見る愛菜。

――う、……つまり、僕の財布の中身次第な訳か……。

「えっと……、それで、おいくらぐらいする物なんでしょうか」

 こういった雰囲気の店に慣れていなく、僕は、つい畏まった口調になる。

「そうですわね……。お店に並べるとしたら、十万円弱になるのですが――ふふっ、そんな顔なさらないで。税込価格、三万四千七百円……ですわ。本日の特別な出会いに対しての大感謝価格ですのよ」

 パチリとウィンクする愛菜に、顔を赤らめ、わぁーっと声を漏らす杏里沙。

――ところで、何故、愛菜は僕の財布の中味――正確には、所持金、三万五千七百円だが――を知っているのだろうか。

 …………偶然だよな?


「お買い上げ、ありがとございました。またのお越しをお待ちしておりますわ……」

 店先で深く頭を下げ、僕らを見送る愛菜。

「素敵な品物、ありがとう! 大事にするね!」

 杏里沙は愛菜に大きく手を振る。

 綺麗に包装された包みを大事そうに抱えて、喜びを体全体で表現している杏里沙。

「おいおい……、そんなにはしゃぐと転ぶぞ?」

「だって、嬉しいんだもん! タツヤ! 本当にありがとう!」

 さっきから、何度目の感謝の言葉だろうか。

 ここまで喜んでくれると、明日からお茶漬けの日々だとしても辛くはない。

――タツヤ。

 ふと、杏里沙に呼び止められた。

「どうしたんだい、杏里沙?」

「ネックレス、ちゃんと身に着けてよ。私が――ううん、私とお揃いなんだからね……」

 視線を僅かに落とし、儚げに笑う杏里沙。

 杏里沙が何を言いかけたのか、その表情から読み取れる。

「――もちろんだ。杏里沙の方こそ、無くしたりするなよ?」

 僕らは約束したのだ、必ず勝ち残り、再会を果たすと――例えそれが偽りの約束でも――

 

 辺りは、すっかり暗くなり、しんとした冷たさの中で、月の光が仄かに降り注ぐ。

「さあ、もう帰ろう。――次の戦いに備えなきゃいけない」

「……ええ。いい気分転換になったわ。――これで、心置きなく戦える」

 杏里沙は、『アリス』の顔に戻り、蒼い月を見上げる。

 そこに、悲壮な面持ちはなく、あるのは、戦いに挑む真剣な眼差しだ。

 ルナティック――月に狂うとはよく言ったものだ。

 月の光に晒されたアリスの横顔はとても美しく、完成された彫刻のようなソレに、僕は、心が狂いそうな程、恋い焦がれる。

 手を伸ばし、その身体を抱きしめ、永遠を共に過ごしたい。

――その、想いを呑み込み、僕らは帰路を歩く。

 彼女の願いに近付くために――或いは、僕の願いを終わらせるために……。



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