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僕とアリスの童話戦争  作者: 海中海月
ヘンゼルとグレーテル
13/20

ヘンゼルとグレーテル2

 僕は、アリスにランニングに行くと言って外に出た。

 アリスは訝しんでいたが、

「風邪、ひかないでね」

 と一言だけ言い残し、自分の世界に潜っていった。

 嘘はついていない。

 実際、こうして走っているのだが、理由は気持ちの整理の為だ。

 奈々枝の話からすると、彼女は童話戦争に関わっている。

 しかも、未だ戦っていない、『ヘンゼルとグレーテル』としてだ。

 いや……、もしかすると、『ヘンゼルとグレーテル』と戦ったことがあるだけの可能性もある。

 もっと言ってしまえば、ただの冗談だと言う可能性もだ。

 ……希望的観測はよそう。

 覚悟をしていなければ、いざという時に命取りになる。

 ……自分の悪運を嘆きたくなる。

 幼なじみの杏里沙は、意識不明で、目覚める為に『アリス』として、死のゲームに駆り出されている。

 後輩の奈々枝は、おそらく姉の奈々実を救う為に、必死で戦っている。

 杏里沙を救うためには、その願いを踏みにじらなければならないだと……?

「ふっざけんなよ!!」

 僕の口を衝いて出た叫びに、通りすがりの人が不審そうに振り返る。

 何だよ……、何なんだよそれは!

 そんなの、どうやったって救われないだろ……。

 僕が何をしたんだよ……。

 ささやかな幸せすら、望んじゃいけないのかよ!

 だが、心の奥の冷めた感情が僕を責める。

 既に、六人の想いを踏みにじってきただろう?

 自分の知り合いと戦うことになるからって、今更、被害者ヅラするなよ。

 杏里沙を救うと誓ったのは、嘘だったのか?

――嘘ではない。

 僕はーー、杏里沙を救うんだ。

 例え、その先に何が待ち受けていても――。

 それに、まだ希望は残っている。

――僕の願い事だ。

 彼女たちを救う方法を願えば、全て解決する、大団円ってやつだ。

 心のどこかで、それは期待しない方がいい、と言っている。

 だが、今はそんな希望にすがらなければ、心が折れてしまう。

 僕は、自分を騙し、偽りの覚悟を決めた。


 そして、夜が来た。

「アリス、準備はいいかい?」

「ええ。……アナタの口からそんな言葉が聞けるなんてね。エスコートでも頼もうかしら」

 アリスは機嫌よく手を差し出してきた。

 その手をそっと握り、目を閉じる。

 僕らの意識は真っ暗なトンネルを抜け、アリスの世界に移る。

 僕の気持ちとは裏腹に、突き抜けるような青空が僕らを迎えた。

 緑の大地に降り立ち、敵が来るのを待つ。

――頼む、僕の思い違いであってくれ。

「対戦相手とリンクが繋がったようね。……ヘンゼルとグレーテルですって。――タツヤ、聞いてるいの?」

「へ? あ、ああ。もちろんだとも!」

 アリスの急な問いかけに、どもりながら応える。

 ヘンゼルとグレーテルは兄妹であって、姉妹じゃない。

 大丈夫……、大丈夫だ。

――お菓子の家とか、甘い匂いまですごいリアルで、おなかが鳴っちゃいます――

 奈々枝のただの夢だろう? この戦いとは何の関係も――

「タツヤ! 本当に大丈夫なの!? さっきから生返事だし、今日のアナタ変よ?」

 とうとうアリスに叱責されてしまう。

 クソッ! 何が覚悟を決めただよ! いざ戦いの場に来てみれば、動揺しっぱなしじゃないか……!

「アリス、すまない。……僕を思い切りひっぱたいてくれ!」

 そうでもしてもらわないと、また――

「えっ…………、えっ? ……アナタ、さっきからそんな事を考えていたの? はぁ……、大した余裕ね」

 アリスは何を勘違いしているのか、もの凄い微妙な表情を浮かべ、こちらを見ている。

「いや、あの……、なんてこった。……君もなかなかのシリアスブレイカーだね」

――そうさ、どんなにカッコつけたって、結果は変わらない。

 相手が誰であろうが、たお――

 バチコーンと、勢いよく頬をたたかれた。

「ア、アリス!? そういうときは、歯を食いしばれー! とか言うものだよ!?」

「注文の多い男ね……、ほら、来たわよ。サービスしてあげたんだから、しっかりね?」

 アリスはいつもの表情に戻り、戦いに臨む。

 相手は、ショートカットのボーイッシュな女の子と、セミロングの……、驚いた表情を浮かべている女の子――奈々枝だ。

 ショートカットの女の子がヘンゼル――あえて、菜々美とは呼ばない――だろう。

 サロペットを履いた彼女は、楽しそうな顔でこちらを見ている。

「キミが奈々枝ちゃんのお気に入りの先輩かな? はじめまして、ボクは奈々実だよ。奈々枝ちゃんのお姉さん。――悪いけど、可愛い妹をキミに渡すつもりはないから……、死んでね?」

 ヘンゼルは奈々枝と同じ顔で、奈々枝が絶対に言わないようなことを言い放った。

「お、お姉ちゃん!? どうしたの、そんな怖い顔して……! あぁ、先輩ごめんなさい……。お姉ちゃん人見知りが激しくて……。もうっ、夢とはいえ、先輩に嫌われちゃったらどうするの!」

 ピンクの可愛らしいパジャマ姿の奈々枝は、状況をよく理解していない。

――今、この瞬間を夢を見ているものだと思い込んでいる。

「だって、奈々枝ちゃん? あのオトコの隣を見てごらんよ。まだ高校生くらいの女の子連れているんだよ? いや、もしかすると中学生かも……。絶対ロリコンだよ、犯罪者だよ、あー怖い」

 ヘンゼルの僕に対する敵意は尋常ではない。

 視線だけで殺せるとはこういう事を言うのだろう。

「お姉ちゃん! ほ、本当にどうしちゃったんだろ……。そ、そうだ! お菓子の家に行って、お菓子パーティーをしましょう! えっと、先輩の……親戚の子ども? うん、あなたも一緒に――」

「タツヤ、こっち向いて」

 アリスが僕の顔を横に向け、頭を掴み――不意打ちに口づけをした。

「ぷはっ……! ア、アリス!? どうしたんだよ、急に!?」

「知らない。知らないけど、すごく不愉快だったの。私を置き去りで勝手に話を進められるのって、すごく嫌。――タツヤ、後で、説教」

 ぷいっとして、敵を睨みつけるアリス。

 アリスは、僕が何に悩んでいたのか、感づいたらしい。

「……ごめん、相談するべきだった」

「当然でしょ。……それで、どうするの? 説得するつもりなら少し待つけど。どうやらあの子、状況を理解していないみたいだし」

 奈々枝は、目を丸くして固まっている。

 説得して、帰ってもらう……か。

 結局、問題の先送りにしかならないが、今、ここで終わらせるよりは――

「先輩……、ロリコンだなんて嘘ですよね……? そんな小さな子と、き、キスするなんて……! あれ? でも、これは私の夢なんだから、私が先輩の事、ロリコンだって思っていたって事……? うぅ、よくわからないよ……」

 奈々枝は、両手で頭を抱えてウンウン唸っている。

「奈々枝、これは夢じゃない。このままだと僕らは殺し合うことになる」

 僕は事実だけを告げる。

 だが……、

「夢……じゃない? 何を言ってるんですか、先輩? だったら、その子は現実の先輩の恋人ですか? おかしいじゃないですか、そんな小さな子が恋人だなんて。ほら、やっぱり夢なんだ。私の名前を、呼び捨てで呼んでくれたし……。ずっと……、そんな風に呼んでほしかったんですよ? それにしても殺し合いって、そんなのあるわけないじゃないですか。いやだなぁ、もう……。でも、先輩って、ぜんっぜん私の気持ちに気づいてくれないし、綺麗な女の人いるとすぐにそっちを見るし、そんな小さな子とキスしちゃうし、わたしなんかより、おねえちゃんのこと好きになっちゃいそうだし、……ちょっぴり憎たらしいかも」

 奈々枝は爪をかみながら、ぶつぶつとうわごとのように呟く。

「アナタ、ああいうのが好みなんだ? 今度、真似してみようかしら」

 アリスは呆れた顔をしている。

「勘弁してくれ! いや、奈々枝は……、やはり、仕事のストレスで……」

 そう、そんな子ではなかった。

 僕が奈々枝を見捨てて、仕事を辞めたせいでもある。

「奈々枝ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃんが懲らしめてあげるから。あのオトコのおちんちん、えいえーいって、チョン切ってあげるよ」

 ヘンゼルは、笑顔で包丁を振り回す。

「お、お姉ちゃん、そんな事言っちゃだめだよ! それに……、その、少し……、困る、かな……? ……うーん、ちょっとだけ……なら? うん、それなら先輩も他の女の子に手を出せなくなるし、いいかな……」

 奈々枝は、顔を赤らめ、もじもじしだす。

 僕は背筋が冷たくなるのを感じた。

 今の奈々枝には、理性という名の枷がないのだろう。

「どうやら、説得は失敗みたいね。私も、さっきから小さいを連呼されてムカついてたし、痛い目にあわせて、現実だって思い知らせてやりましょう」

 アリスはヴォーパルソードを構える。

 その大剣は唸りをあげて敵を威嚇する。

「くっ、アリス……。出来るだけ……、特に奈々枝は、殺さないように頼む……」

「……わかってるわ。――もっとも、私たちにそんな余裕なんてあるかは知らないけどね!」

 アリスは大地を蹴り、ヘンゼルに肉薄する。

「奈々枝ちゃん、援護お願い!」

 ヘンゼルは包丁を胸の前で構える。

 奈々枝は、頷き、呪文のようなものを唱える。

 特に変化は見えないが――

「魔法使いじゃあるまいし、アナタたちが呪文なんて使えるわけないでしょ!」

 アリスはその勢いのまま、ヘンゼルに切りかかる――

 ヘンゼルはそれを構えた包丁――明らかに刀身が届いていないのに――で切り払った。

 そして、返す刀でアリスの首を狙う。

 アリス――髪がはらりと舞い、頬に赤い線が走る――はそれを転がる様にして避ける。

「ッ! 包丁に魔法を付与したのね……。予測候補の中にあってよかったわ。でなければ、首を撥ねられていた所よ」

 転がりながら、体勢を立て直したアリスは、その見えない刀身を睨みつける。

 アリスは、使えるわけがないと言いつつ用心をしていたようだ。

――伊達に今まで三人を打ち倒してはいない。

「これが奈々枝ちゃんの愛だよ。ボクらは二人で一人……、ヘンゼルとグレーテルだからね。――キミたちはどうなのかな? そこのお荷物抱えて戦うのは大変でしょ?」

 ヘンゼルは、僕に切っ先を向けて嘲笑う。

 確かに、戦力が二人分ならこちらの方が不利だ。

 だが――

「お生憎様、私たちも二人で一人なの。タツヤは私の優秀なパートナーなんだから!」

 アリスは、その挑発を真っ向から受けて立ち、不敵に笑う。

――そうだ、僕はその期待を裏切るわけにはいかない。

「なんなのよ、あの子……。さっきから、先輩の名前を呼び捨てにして……。お姉ちゃん! 私、その子嫌い! 早くやっつけて!」

 退行し、子供のようにわめき散らす奈々枝。

「奈々枝ちゃんのお願いとあらば、お姉ちゃんはたとえ、火の中、水の中だよ」

 ヘンゼルは軽やかな足取りで、アリスに迫る。

 見えない刀身――目測を見誤ったら命取りになる。

――だが、その危惧こそが『狙い』ではないだろうか。

 見えない物に捕らわれて、見える物を見落としてしまう。

「アリス! 魔力が付与してあろうが、包丁自体は何の変哲もない物のはずだ! 包丁本体をヴォーパルソードで打ち砕け!」

 アリスは、ハッとした表情を浮かべ、歯を食いしばり、ヘンゼルの持つ包丁に、渾身の一撃を叩き込む。

 包丁の刃はひしゃげ、ヘンゼルは思わず、それを落とす。

「ッう! なんて馬鹿力なの! ボクの想像してたアリスとは大違いだよ!」

 ヘンゼルは後ろに跳躍し、アリスと距離を取る。

 包丁本体への衝撃は、ヘンゼルの手に直接伝わったらしく、折れた手首がだらんとぶら下がっている。

 しかし、それも、奈々枝が呪文を口にするとたちまち修復され、元通りになる。

「ありがと、奈々枝ちゃん! 元通りになったよ!」

 ヘンゼルは手を握ったり、開いたりを繰り返し、治りを確認する。

 魔力付与に加えて、肉体修復まで使えるのか!?

「ちょっと……! 実はあっちが『童話少女』なんじゃないの!?」

 アリスは、忌々しそうに奈々枝を睨む。

「怖い顔……。先輩、そんな子なんてやめましょう? きっと……、将来、保険金をかけて、毒を盛るような女になるに決まってます。私はそんな事しませんよ? あ、でも……、浮気したら毒入りのスープで……、うふふ……、死ぬ時は一緒ですよ」

 そういえば、カラオケで奈々枝の十八番の曲にそんな歌詞があったな……。

 奈々枝は、潜在的にそういった要素を持ち合わせていたのではないだろうか。

「言いたい放題ね……。タツヤ、難しい顔してるけど何か作戦でも思いついたの?」

「あ、いや……。奈々枝は病み属性だったんだなぁって……」

「闇属性? ゲームじゃないんだから、そんなものないわよ。……ん? 属性ね……。つまり、技の相性を考えれば無力化できるかも……。それだわ! タツヤ! 踊るわよ!」

 そういうと、アリスは指を鳴らし、トランプの兵隊たちを呼び出す。

 トランプの兵隊は、ヘンゼルに殺到するが、ヘンゼルの懐から取りだしたカッターナイフに次々と切り裂かれていく。

 奈々枝が包丁と同じ様に、魔力を付与したようだ。

 一方、僕らは踊りながら魔法陣を描く。

 アリスの常闇の様な黒髪が、太陽の光を浴びて、まるで、闇夜を走る流星群の様に輝く。

 踊っている時のアリスはとても楽しそうで、今が戦いの最中だということを忘れてしまいそうだ。

 トランプの兵隊が、足止めにがなってくれているおかげで、程なくして魔法陣は出来上がった。

「……タツヤは、この魔法に影響されやすいみたいだから、少し離れてて」

「う……、ごめんよ。やっぱり、僕は抜けてるのかな」

 アリスは『名無しの森』を二度ほど使っているが、そのたびに僕まで軽度ではあるが、魔法の効果を受けてしまっていた。

 当然ながら、アリスには影響が出ていないので、僕の方に問題があるのだろう。

「いいえ……、たぶん、タツヤのせいではないわ。――因縁……かしらね」

 アリスがまた、あの遠い目をする。

 封印された僕の記憶に関係しているのだろうか……?

「タツヤ、ヘンゼルが来るわ! 離れて!」

 いつの間にか、ヘンゼルは両手に、カッターナイフを構えていた。

 辺りには、バラバラになったトランプが散らばっている。

 魔力を付与しているだけなので、重さ自体はカッターナイフそのままなのだろう。

 ヘンゼルは、左右のそれを事も無げに振り回している。

 アリスは、ヘンゼルが飛びかかってくるタイミングで『名無しの森』を発動させる。

 周辺の空間が歪む――ヘンゼルは距離感、平衡感覚などの感覚があやふやになり、思わずバランスを崩した。

――そこを見逃さず、アリスは、ヘンゼルに切りかかる。

「奈々枝ちゃん! ッ? あれ、あれを!」

――ここで選択するべきは『防御壁』。

――だが、その言葉は忘却の彼方へ消え去り、奈々枝に伝わらない。

 戦い慣れていない奈々枝は、突然の事態に動揺し、ヘンゼルの指示を汲み取れないまま、立ち竦む。

「もらったッ!!」

 ヘンゼルは、アリスに袈裟切りにされ、吹き飛ぶ――否、すんでの所で後方に跳んだようだ。

 だが、手で押さえたヘンゼルの胸から、血がとめどなく溢れてくる。

 悲鳴を呑み込み、青い顔で苦痛を耐えるヘンゼル。

「お姉ちゃん!? 今、治してあげる!」

 奈々枝は慌てて呪文を口にする。

――アリスはそれを待つような真似をせず、ヘンゼルに追撃する。

「……なえ、ちゃん…………。下がるよ……」

「ふんっ、逃がすもんですか!」

 アリスは、ヘンゼルの首に狙いを定め、大剣を振り下ろす。

「逃げる……? 何か勘違いしてるんじゃ、ないかな……?」

 ヘンゼルはニヤリと笑い、手に持っていたパンのかけらを放り投げる。

 すると、ヘンゼルと奈々枝の姿は霧のように掻き消えた。

――同時に、僕は、抗えない力で引っ張られていく。

「離脱……、じゃない!? 転移――引き寄せられてる!?」

 アリスも同様に、光の奔流に引き寄せられる。

 アリスの名を叫び、手を伸ばすが、距離が遠すぎる。

 その手を掴むことができないまま、僕は光に呑み込まれた。

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