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僕とアリスの童話戦争  作者: 海中海月
ヘンゼルとグレーテル
12/20

ヘンゼルとグレーテル1

 僕は、カーテンの隙間から差す、太陽の光に当てられ、目を覚ました。

「んっ……、朝か。僕は……、昨日……?」

 段々と、昨日の記憶が蘇る。

 アリスから、十年前の話を聞かされて、気分が悪くなり、胃の中身を戻したんだった。

 そして、そのまま気を失って……。

 自分の状態を確認すると、ちゃんとベッドに横になっていた。

 だが、上着を着ておらず、上半身は裸だった。

 枕の横には湿ったタオルが落ちており、よく見ると僕の脇の下や胸の上にもタオルが掛けられている。

 アリスが看病してくれたのか……?

 小さなくしゃみの音に目をやると、白いセーターを着たアリスが、ベッドの縁に、もたれ掛かったまま眠っていた。

 僕は、そっと手を伸ばし、アリスの常闇のような黒髪をなでる。

「ごめん、杏里沙。僕は、ずっと君のことを忘れていた。その間、君はずっと苦しんでいたんだね……。今度こそ、必ず君を救ってみせる。それが僕の願いだ……」

 僕は、ベッドから抜け出すと、アリスにブランケットを掛ける。

 そして、冷たい水で顔を洗うと、身支度を整えた。

 何時までも、だらしなくはしていられない。

 一瞬のミスも油断もしないよう気を引き締めて挑もう。

 ふと、携帯を見るとメールの着信があったようだ。

 差出人は、『櫻木奈々枝』だ。


 件名『今日はありがとうございました』


 小鳥遊先輩、今日は、私の急なお願いを聞いていただき、ありがとうございました。

 久々に先輩とお話しできて楽しかったです。

 実は、なかなか勇気が出なくて、先輩の番号にかけるのに何度も躊躇しちゃってたんですよ。

 でも、それを見たお姉ちゃんが私の代わりにかけちゃって……、本当にドキドキしちゃいました。

 えと……、お仕事の件、宜しくお願いします。

 先輩と一緒に働けるの楽しみにしてますからね。

 それと……、また、今度でぇとしてください。

 なんちゃって。

 寒くなってきましたので、お身体には気をつけてくださいね。

 ではでは。


 色々な絵文字に飾られた、奈々枝らしい可愛らしい文面だった。

 奈々枝は、いい子だよな。

 こんな僕にも優しくしてくれて……。

 僕は、奈々枝の優しさにしみじみとしていた。

 だが、一文だけ、気になる箇所があった。

 奈々枝の姉は、確か、事故で五年前から、意識のない状態が続いている、と聞いている。

 事故の際に、奈々枝の姉、奈々実は自分より、妹である奈々枝の救助を優先させたという。

 その結果、脳にダメージを負ってしまったのだと、奈々枝は涙ながらに語っていたのを思い出した。

 奈々枝はずっと姉の事を悔やんでいた。

 私が代わりになればよかったんだ、なんて言ったものだから説教したっけなぁ。

「そうか、お姉ちゃんの意識がもどったのか……。よかったな、奈々枝……」

 姉の奈々実は、妹の奈々枝と違って、とても活発な女の子だったという。

 もしかして、彼女も一緒に働くことになるのかな?

 そこにアリスも加わって……、うーん、三人の美人看板娘でお店が繁盛しそうだな。

 今まで何もなかった僕に、ささやかな幸せの光が見える。

 ——そのためには勝ち残らなくてはならない。

 例え、他の誰かの願いが犠牲になるとしても……。

 僕は、奈々枝にお礼と姉の快気を祝福する内容のメールを返信した。

「タツヤ、もう平気なの……?」

 アリスが目を眠たげに擦りながら、ガーネットの様な茶色い瞳で、僕を見る。

「ああ、ごめんよ。心配かけちゃって……。それに、吐いたのまで片付けさせちゃって……、本当にごめん」

「バカね、そんなの気にしなくていいわよ。それに、そういう時は、ありがとう、でしょ?」

 アリスが柔らかく微笑む。

「うん、ありがとうアリス。そのセーター、よく似合っているよ」

 アリスはピクッと反応すると、口元をニマニマさせて飛び上がっだ。

「驚くべき進化ね、タツヤ! ほんの二、三日前までは、まったくの朴念仁だったのに。ええ、嬉しいから回ってあげる」

 アリスはその服を見せびらかすようにくるくる回る。

 白いセーターは大きめのゆったりしたデザインで、襟の辺りにピンクパールがあしらってある。

 その下は、淡い紫のモコモコとした、ルームウェアのショートパンツを履いていた。

 アリスの回転に合わせて、しましまの尻尾が揺れている。

 そして、白い太ももが艶めかしい。

「むっつりスケベな所は全然変わらないわね!」

 アリスは、頬を膨らませて、セーターの裾で足を隠す。

 そうすると自然と胸元が露わになるわけで……、ふぅ、水色か。

「アリス、食事にしよう。その後は、次の戦いの作戦会議だ」

「え、ええ……。なによ、急に真面目な顔しちゃって……」

 アリスは少し顔が赤いようだ。

「どうした? まさか風邪でもひいたんじゃないか?」

 僕は、心配になってアリスの額に手をやる。

 ふむ……、熱は無いようだが。

「ば、ばかっ! 『童話少女』が風邪をひくわけないでしょ!」

「そ、そうなんだ? でも、さっき、くしゃみしてたけど……」

「生理現象でしょ。生きていれば、当然くしゃみくらいするわよ」

「そうだよね。あ、それじゃあ、トイレとかって……」

 僕の顔にクッションが飛んでくる。

「ばかっ! 知らない!」

 僕が乙女心を理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


 朝食をとり終わり、僕らは作戦会議を開始した……、のだが。

「そうか、まだ次の相手が見つかってないのか」

「ええ、ごめんなさい。昨夜はちょっとね……」

 アリスは申し訳無さそうに目を伏せる。

「いや、僕の看病をしていてくれたんだろ? もしかして、一晩中?」

「えっ!? な、なんの事かしら?」

 アリスは目を泳がせている。

 まさか、あれでバレてないと思っているのか。

「額に当てられていたタオルがまだ濡れていた。それだけで簡単に推理できるよ」

「さすがね、ワトソン君。私の助手だけあるわ」

 アリスが儚げに笑う。

「あはは、シャーロック・ホームズの真似かい?」

「そうよ、探偵ごっこ。タツヤがワトソンで、私がホームズ。……これも、覚えてないわよね。十年前、私たちは探偵の真似事をしていたわ。もっとも、アナタはいつも危ないから止めろと言っていたのだけれど。私たちは、いくつかの事件を解決したわ。でも、ある時、私は犯人に襲われた。頭を強く殴られて、そのまま意識が戻ることはなかった。その後、私は『声』に導かれるまま、『童話少女』となって、アナタと再会した……。これが十年前の出来事よ」

 アリスは遠い目で語る。

 十年間の孤独——僕は、それを償えるだろうか。

 ズキリと痛む頭をおさえる。

「杏里沙、僕は……」

「今は、『アリス』よ。無理に思い出そうとしなくていいわ。恐らく、魔法の効果がまだ切れてないのよ。それだけ、強大な相手だったのね……。ごめんなさい、この話は一旦、止めましょう。下手に思い出そうとすると、アナタの脳が焼き切れるかもしれないもの」

 杏里沙はまた、『アリス』の笑顔に戻り、微笑む。

「気を使わせちゃってごめんよ。それにしても、どうしようか。相手が挑んでくるのを待ってみる?」

「こっちから相手を見つけない以上、そうなるわね……。ぶっちゃけ、離脱できない可能性を考えると迎え撃った方が楽ではあるのだけれど……」

 アリスは自分の頬に指を当て、考える仕草をする。

 その時、僕の携帯にメールが着信した。

 奈々枝か……、内容は……。

 内容を読み進める僕は、背中に嫌な汗をかいていた。

 普段なら、冗談と笑い飛ばせる内容。

「……なあ、アリス。『童話少女』って、必ず戦いあうものなのかい……?」

「必ず、でも無いけれど? まぁ、もってない『乙女の童話』の相手なら、可能性は高いわね。この世界に、昏睡状態の女の子が何人いるかは知らないけれど、そう多くはないでしょ。……どうしたの、タツヤ? 顔が真っ青よ」

 僕は思わず、手に持った携帯を落とす。


 差出人『櫻木奈々枝』

 件名『Re:Re:今日はありがとうございました』


 勘違いさせちゃったみたいで、すみません。

 お姉ちゃんは、まだ眠ったままです。

 私たち、双子だから、心の中にお姉ちゃんがいると言うか、声が聞こえると言うか……。

 変な子だって思われるかもしれませんが、私……、お姉ちゃんが見えるんです。

 最初は、仕事で疲れて、幻覚を見てるのかなって思ったんですけど、お姉ちゃんに触れるし……。

 書いてて、自分でもおかしな事いってるなぁって思います。

 やっぱり、疲れているのかも。

 最近、お姉ちゃんと一緒に童話の世界で戦う夢を見るし……。

 お菓子の家とか、甘い匂いまですごいリアルで、おなかが鳴っちゃいます。

 ……なんちゃって、冗談です。

 でも、いつか先輩とお姉ちゃんと私の三人で、お店をやっていけたらって思っています。

 その為なら、私、頑張れる気がするんです。

 先輩も、応援しててくださいね。

 P.S. あ、でも、お姉ちゃんと私って好みが似てるから大変かも……。

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