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白雪姫4

 白雪姫が再び、アリスに迫る。

 白雪姫は拳を振り上げ、アリスの頭部を砕かんとその豪腕を振り下ろす。

 辛うじて、転がるように避けるアリスだが、仰向けに倒れ込み、うごけない。

 アリスは涙を流し、激しい息遣いに胸が上下する。

「う~ん、アリスちゃん、えっろ……じゃなくて、かわいそうかも? 一思いに潰してあげるから、動かないでね☆」

 白雪姫は、アリスに飛びかかり、その拳を叩きつける。

 僕は、とっさにアリスを引きずり、抱き抱える。

 アリスがさっきまで倒れ込んでいた地面は、冗談かと思うくらいにめり込んでいた。

「も~、マスターさん、アリスちゃんが苦しんでるでしょ? 楽にしてあげよ? それともぉ、マスターさんが代わりに死ぬ? やさしいんだね♪」

 白雪姫がニコニコしながら、腕を振り上げる。

「どっちもゴメンだ。トゥイードルダム! 僕らを連れて逃げろ! トゥイードルディーは……、済まない、最後まで戦ってくれ……」

 僕の声に反応し、滑るようにトゥイードルダムが僕らをかっさらった。

「あららっ、どこ行くの~? どうせ逃げても、苦しいだけなのになぁ……」

 白雪姫は、憐れみの表情を浮かべる。

「それでも、僕は足掻いてやる」

 トゥイードルダムは、唸りをあげ、森を走る。

 背後から、トゥイードルディーの咆哮が聞こえた。

 そして、その音はどんどん遠ざかっていった。


 しばらく走っただろうか。

 トゥイードルダムはスピードを落とし、ゆっくり停止する。

「ありがとう、助かったよ」

 僕は、トゥイードルダムに礼を言う。

 返事の代わりにモノアイが明滅する。

 アリスの意識は既に朦朧とし、大変危険な状態だ。

 僕はそっと、汗の滲むアリスの額に触れる。

 すごい熱だ、このままではアリスは死んでしまうだろう。

「クソッ! 何とかならないのか! 毒、解毒剤、血清……、そういえば、白雪姫は毒を吸っても平気な顔をしてたな……」

 白雪姫は、毒に対して免疫があるんじゃないか?

 だとしたら、その血から血清を作る事は出来ないだろうか?

 何の根拠もない思い付きだが、今はこれにすがるしかない。

 問題は……、白雪姫の血だ。

 運のいい事に、ヴォーパルソードが、白雪姫の血を啜っていた。

 ここまではいい。

 だが、肝心のその剣を置いてきてしまったのだ。

「取りに行くしかない……か」

 僕は、アリスの髪をなでる。

「アリス、僕は今から賭けに出るよ。必ず、君を助けるから待っててね」

 しかし、アリスは僕の裾を掴み、首を横に振る。

 そして、行かないで、と口を動かす。

「大丈夫だよ、トゥイードルダムはここに置いていくから、君は一人じゃない。きっと、彼が守ってくれるよ。僕は必ず、ここに戻ってくる。だからアリス……、死ぬな」

 涙を流すアリスに、僕は、そっと口づけする。

 アリスは、懐から金色の懐中時計を取り出すと、僕に押しつけた。

 そして、そのまま意識を失う。

 これは、アリスのお話で白ウサギが持ってた時計だろうか?

 とにかく急ごう、時間はあまり残されていないのだから。

 僕は、時計をしまい込むと、森の奥を目指して駆け出した。

 不思議と足取りは軽く、飛ぶように走ることができる。

 これは時計の力だろうか?

 景色はどんどん流れていき、僕は、あっという間に、目的地に到達した。

 木陰から、恐る恐る覗き込むと、そこには誰もいなかった。

 ただ、最後まで奮闘したと思われるトゥイードルディーの亡骸が打ち捨てられていた。

 どうやら、白雪姫たちは僕らを探しに出ているようだ。

 チャンスだと思う反面、アリスの身に危険が迫っている事に僕は、焦りを覚える。

 僕は、もう動くことのないトゥイードルディーに謝罪と感謝を述べ、急いでヴォーパルソードを探すが……、ない。

 まさか、持っていかれたのか!?

 嫌な予感に、全身から汗が噴き出す。

「捜し物はこれかな?」

 突如、背後から声をかけられ、心臓が止まりそうになる。

 慌てて振り向くと、そこにいたのは一人の小人だった。

 そして、そいつが抱えてるのは、間違い無い、ヴォーパルソードだ。

「このっ、返せ!」

 僕は、小人に掴みかかるが、軽々と避けられてしまう。

「おっと、慌てんなよ。俺としては、こいつを帰してやってもいいんだぜ? 白雪姫に生き残ってもらったら困るからな」

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味さ。俺ら、ちと、訳ありでさ、雪子……、白雪姫を昏睡状態にしたのは、実は俺なのよ。でも、あいつが悪いんだぜ? ちょっと抱きついただけでギャーギャー騒いでよ。挙げ句の果てに、ダーリンに言いつけるっていって、逃げようとするからよぉ、階段から突き落としちゃったのよ。それでそのまま意識が戻らず……ってワケ。だから白雪姫が生き残って、意識が戻ると俺が犯罪者になっちまうのさ」

 小人はケタケタと醜く嗤う。

 白雪姫が昏睡状態? いったい何の話なんだ?

 いや、今はそんな事より剣を返してもらわなければ……。

「そっちの事情はわかった。白雪姫を殺す為に、その剣を返してくれないか?」

「ああ、ただし、条件がある。アンタの可愛いアリスちゃんと、一発ヤらせてくれ。うーん、やっぱり、もう二、三発」

 は? こいつは何を言ってるんだ?

「今はそんな冗談に笑っている余裕がない。白雪姫が生き残ってもいいのか?」

「あ? こっちは、剣を持ってるんだぜ? いいだろ? 一回や二回使わせてくれたって。アンタだって好きにしてんだろ? それとも、まだヤってないのか? マジかよ!? ラッキー!」

 怒りと吐き気が同時にこみ上げてくる。

 ギリギリと歯が軋み、口の中に血の味が広がる。

 コイツ、絶対に殺してやる。

「なんだよ、その顔は? どっちの立場が上か、分かってないんじゃねえの? 俺はアンタをぶち殺した後で、アリスちゃんを犯してやってもいいんだぜ? でも、どうせなら、アンタの見てる前で、アリスちゃんをぶち犯してやった方が興奮すんじゃん? それだけのために生かしてやってんだよ、わかる?」

 やめろ、それ以上、口を開くな。

 怒りを、口の中の血と共に吐き出す。

「お断りだ、アリスには指一本触れさせないっ!」

「あーあ、つまんねえな。まぁ、アリスちゃんは、テメェがどんな風にグチャグチャになったか教えてやりながら、じっくり犯してやるかぁ」

 小人は、抱えていた大剣を放り投げ、手斧を構える。

 僕は、沸騰しそうな頭を、アリスから預かった懐中時計を握り、必死に冷やそうとする。

 小人は扱えない武器を無理に使おうとはしないあたり、戦いには慣れているんだな。

 丸腰で勝てる相手では無さそうだ。

 ならば、僕にとれる方法は一つだけだ。

「おい!! こっちだ!! 僕は、ここにいるぞ!!」

 腹の底から、大声で叫ぶ。

「何やってんだ? 気でも狂ったか?」

 小人は訝しげな顔をし、僕の様子を窺っている。

 僕の声を聞きつけて、何人かの小人が集まってきた。

 そして、武器を握り、僕に、にじり寄ってくる。

「よくわかんねえヤツだったな。まあ、アンタの分までアリスちゃんはたっぷり可愛がってやるから、安心してあの世に行きな!」

 ニヤニヤと吐き気を覚える笑顔を浮かべる小人。

 ソイツを指差し、僕は……、

「コイツだ! コイツがお前らのゆきりんを階段から突き落とした犯人だ! 生かしておくな!」

「いやいやいや、何言っちゃってんの!? だいたい、それがコイツらになんの関係が……」

 小人は冷や汗をかきながらも開き直る。

 だが、他の小人たちはざわめき、口々に目の前の小人を糾弾する。

「お、お前ら、仲間だろ? だったら、コイツをぶち殺して……、ヒッ!」

 白雪姫に危害を加えたのが、余程許せないのか、小人たちは僕を無視して、ソイツを斧でメッタメタに打ちつけ始めた。

 断末魔の叫び声が響き渡り、湿った音や、枝を折るような音が聞こえてくる。

 僕は、その隙に、ヴォーパルソードを抱きかかえ、アリスの元へ急ぐ。

 やはり、彼らもまた、白雪姫と現実世界で知り合いなのだろうか。

 だとしたら、『童話少女』は実在する人間なのでは……?

 アリス、君は僕の知る、あの少女なのか?

 今は、疑問に思考を割いてる余裕はない。

 一秒でも早く、アリスを助けなければ。

 疑問を振り払い、僕は、森の中を矢のように走り抜けた。


「アリス、生きてるか!?」

 僕は、アリスの元にたどり着き、真っ先に様子を窺う。

 アリスは、玉のような汗が額に浮かび、不規則な呼吸を繰り返す。

 極めて危険な状態だが、まだ生きている。

 急いで血清を作らないと……。

 うろ覚えながらも、作り方を思い出す。

 まず、血液を試験管に入れて凝固させるんだよな。

 って、試験管なんてあるわけ……、

「トゥイードルダム、試験管なんて持ってないよな? ないなら、筒状の液体を入れられるものなら、なんでもいいんだが……」

 ダメ元でトゥイードルダムに聞いてみると、少し考えるようにモノアイを動かし、自らの体のパーツを引きちぎる。

 その手には何の部品かはわからないが、円筒形の部品が握られていた。

「ッ!! ……済まない、本当に君たちには感謝してるよ。ジャバウォック、白雪姫の血をここに注いでくれ」

 僕は、ヴォーパルソードの切っ先を円筒の縁に当てる。

 その大剣はぬるぬると血を流し、円筒を白雪姫の血で満たす。

 よし、ここまでは上手くいった!

 だが、凝固には時間がかかる……。

 こうしてる間にもアリスの命は失われようとしているのだ。

「この時計でなんとかできないか?」

 アリスから預かったせっかちな白ウサギの懐中時計。

 僕は、それと円筒を握り締める。

 すると、みるみるうちに血は乾き、薄い黄色の液体と赤黒い固まりになった。

 よしっ、後はこれを遠心分離機にかければ……、そんなものあるわけないだろ。

 ……だが、トゥイードルダムがいる。

「トゥイードルダム、これに蓋をして握ってくれ。そして回転してくれないか?」

 トゥイードルダムは僕の言うとおりに、円筒を持ち、回転し出す。

 そしてついに……、できた……、のか?

 円筒の中は、赤黒い固まりと薄い黄色の液体が完全に分離している。

「この上澄みが……、血清? ジャバウォック、吸い上げてくれ。アリスに注射する」

 ヴォーパルソードは、唸りをあげるが、切っ先を血清につけると、大人しくそれを吸い上げた。

「アリス、ちょっと痛いけど我慢してくれ」

 僕は、アリスの袖を捲り上げ、肘の内側に浮き出た血管に、大剣の切っ先を軽く差し込む。

 アリスが一瞬顔をしかめ、呻く。

 大剣は血清をアリスに注射すると、不満そうに唸りをあげ、おとなしくなった。

 アリスの呼吸は次第に和らいでいき、未だ苦しそうな表情を浮かべるものの、落ち着きを取り戻した。

「よかった、うまくいったみたいだ! お前たち、本当にありがとう!」

 物言わぬ彼らだが、心なしか、主人の無事を喜んでいるように見える。

「アリス、よく頑張った。……偉いぞ」

 まだ意識は戻らないが、顔色がすっかり元通りになったアリス。

 その頭を、僕は優しくなでる。


「う……、んっ……、ここは……? わたしは一体……?」

「よかった! アリス、気がついたんだね!」

 しばらくして、アリスは意識を取り戻した。

「君は白雪姫の毒にやられて死にかけてたんだよ。大変だったんだからな……」

 思わず、僕の涙腺が緩む。

「ご、ごめんなさい。もう、なにも泣くことないじゃない。バカね……」

 そう笑うアリスの瞳にも涙が溢れる。

「あはは、アリスだって泣いてるじゃないか」

「アナタのが伝染ったのよ、初めて会った時だって……」

 アリスは、そこで言葉を詰まらせる。

 僕の心臓の鼓動が速くなる。

 初めて会った時とは、どっちのことだ。

 アリスと初めて会った時は、僕は泣いてなどいない。

 だが、すいおんじありす……、いや、西園寺杏里沙さいおんじ ありさと初めて出会った時、僕ら二人は、あの公園で泣き合ったのだ。

「君は、西園寺杏里沙なのか?」

「アナタは……、西園寺杏里沙を知っているの……?」

 アリスは遠い瞳で僕を見る。

「もちろんだ! 僕の幼なじみで、それでそれで……、クソッ、何でそれしか!」

 思い出そうとすると、頭がズキズキ痛む。

「西園寺杏里沙である事は否定しないわ。でも、今のアナタは私を思い出す事が出来ない。だから……、黙ってたのよ。きっと、まだ少し時間が必要だから」

 アリスは僕の頬に触れ、優しく微笑む。

 思い出したいのに思い出せない、それが悔しくてたまらない。

「タツヤ……、今は白雪姫を倒すことだけ考えましょう」

「ああ、分かった……、アリス、立てるか?」

「ええ……、あっ! その前に……、私は毒で倒れていたのよね」

 急にアリスは、声を上げて焦り出す。

「そ、そうだけど……。白雪姫の血から血清を作って……」

「ストップ! やり直しよ。私がもういちど眠るから……、後は解るわね?」

 そういうとアリスは何故か少し頬を赤らめ、瞳を閉じる。

「アリス? なんだいそれは?」

 試しに揺すってみるが、眉間にシワを寄せるだけで起きようとしない。

「おーい、アリス! 朝だぞー、起きろー!」

 アリスのこめかみの辺りがピクピクし、明らかに不機嫌な表情になる。

「アリス、まだ具合が悪いんじゃ……」

「何でわかんないのよ! キスよ、キス! ちゅー、って言えば解る!? お姫様を目覚めさせるには、王子様のキスって相場が決まってるでしょ!? 血清って! まぁ、その、すごい助かったし、感謝してるけど……、それだけじゃ足りないの! 言わせんな、ばかっ!」

 アリスは顔を真っ赤にして、マシンガンの如く、言葉を浴びせてくる。

「ご、ごめん……。とっくにしてた気がして……」

「私は知らないんだから! はい、やり直し!」

 ぷいっと頬を膨らませて、瞳を閉じるアリス。

 やれやれ、我がままなお姫様だなぁ……。

 僕は、思わず笑みをこぼして、唇を震わして待つアリスに、口づけをする。

「ありがとう……、タツヤ。次は後れをとらないわ」

 パッチリと目を覚ましたアリスは僕に軽くウィンクし、華のような笑顔を見せる。

「ああ、行こう。白雪姫を倒しに!」

 僕らは、固く手を握り、勝利を誓う。

 ガラスに覆われたこの空を、必ず、打ち砕いてやる。

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