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僕とアリスの童話戦争  作者: 海中海月
始まりの物語
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始まりの物語

 会社を辞めて、一年になる。

 最初の一週間は自由というものに感動し、何のしがらみもない生活を謳歌した。

 しかし、それからは毎日灰色の日々だった。

 忙しさから解放された代わりに、将来の不安が押し寄せてくる。

 煩わしかった交友関係も、今では恋しいばかり。あれだけ人を避けておいて、今更、寂しいなんて嗤ってしまう。

 だが、そんな寂しさからある遊びを始めた。

 心の中に少女を住ませ、それと会話するのだ。

 何を言っても、笑って相手をしてくれる。

 何気ない感想も愚痴も愛のささやきも……。

 僕はそれを『アリス』と呼んでいた。

 イメージは『不思議の国のアリス』。リボンカチューシャを身に着けた長い髪は、ブロンドに輝いており、背中の辺りまで伸びている。眉毛は細めで少しつり上がっている。長いまつげに、サファイアのように輝く大きな青い瞳、高く整った鼻筋。小さめの口元は笑顔を絶やさない。そして、透き通る空のような水色のエプロンドレスを纏っている。

 少々、気が強くて素直じゃない所もあるが、そこがまた魅力的で、時間を忘れて、アリスの相手に夢中になった。

 妄想でも、決して汚すことなく、ただ純粋な愛情を注ぐ毎日。

 少しは満たされたような、そんな感覚さえ覚えた。

 ただ、やはり限界はきた。

 貯金も何時までもあるわけでなく、過ぎていく日々に不安が大きくなる。

 そしてついに、二十五歳の誕生日を迎えた日に、僕は自分の人生を終わらせようとおもったのだった。

 アリス、今日は僕の誕生日だよ。

 あら、そうなの。おめでとう。

 なんだか素っ気ないね。僕の事が嫌いになった?

 バカね。誕生日だって事くらい知っていたわよ。あなたの事ならなんでもね。

 ありがとう、アリス。そんな事言ってくれるのは君くらいだよ。

 寂しい人ね。しょうがないから今日も話し相手になってあげる。

 相変わらず君は素直じゃないね。

 私はいつだって素直な正直者よ。そんな事言うなら話してあげないんだから。

 ごめんごめん、それじゃあ、今日はなにしようか。

 どうせ今日も何もしないのでしょう?

 そんなことはないよ。今日はとてもいい天気だ。散歩でもしよう。

 それならまず、歯を磨いて、顔を洗って、そのみっともない無精ひげをなんとかして。ああ、髪もちゃんと整えてね、恥ずかしいから。

 ははっ、アリスは厳しいな。なぁ、僕はもう生きるのに疲れたよ。恋人はおろか、親しい友人もいない。仕事は全てが苦痛で続かなかった。夢も希望もあったものじゃない。生きていたって辛いだけだ。

 アリス、僕と一緒に死んでくれないか?

 そう、あなたは死にたいのね。 それなら……、

「その無駄な人生を終える前に、ちょっと私に付き合ってくれない?」

 なぜか、胸を締め付けられるような切なさを覚える声に目を向けると、最初からそこに居たかのように、優しい微笑みで僕を見つめる少女がいた。

 リボンカチューシャを身に着けた長い髪は、背中の辺りまで伸びている。眉毛は細めで少しつり上がっている。長いまつげに、ガーネットのように輝く大きな茶色い瞳、高くはないが整った鼻筋。小さめの口からは八重歯が覗く。そして、透き通る空のような水色のエプロンドレスを纏ったその姿は紛れもない、『不思議の国のアリス』の『アリス』そのものだった。

 しかし……、

「髪が黒い……」

「第一声がそれとか、本当に救えないわね。もっと他に言うことはないの?」

 目の前の少女が不満そうに口をとがらす。

 その少女は見た感じ、十五、六歳のようだ。

「そうはいっても、人間ってここまで頭おかしくなれるんだなって驚きで、頭が回らないんだよ。妄想のうちはまだいいけど、幻聴と幻覚が同時に発症するなんて、僕はもうだめなんだな」

 きっと、手元に拳銃があったなら、今頃、頭を撃ち抜いていただろう。実際、それぐらいのショックを受けている。

「何を言っているの? アナタ、とっくに壊れてたじゃない。半壊が全壊になった所で大差ないのよ」

 全然違うともいえるし、その通りだともいえる。結局、壊れていることには変わりないと言うことだろう。

「まぁ、いいよ。最後にアリスの姿がみれてよかった。それじゃあ、縄を買ってくる」

「縄? そんなものよりケーキと緑茶がいいわ。早く、買ってきて」

「そこは緑茶じゃなくて、紅茶じゃないのか? なんていうか、君は日本人みたいだね」

「何人とかしらないわ。私は私、『アリス』よ。そんな事より私の話聞いてた?」

「ケーキと緑茶を買ってくればいいんだろう?」

 あと、縄だ縄。アリスとの最後のお茶会が終わったら、この世とお別れだ。

 つまり、お別れ会か。

 アリスは本当によく気が利く。

「そうよ。いや、そうなんだけどそうじゃなくて、その前の話よ。死ぬなら、死ぬ前に私につきあいなさい」

 アリスはビシッとこちらに指を指して宣言してきた。

 これは告白なのだろうか。ど、どうしよう。

 そう言えば『告白』という儀式をしたことがなかった。

 しまった、こういうのは男の僕から言うべきだったのに。

 取りあえず何か言わなきゃ。

「付き合うも何も僕たちはとっくに、その……、恋人というか、運命共同体というか、つまりはそういう関係じゃないか」

「うわ、キモい。なんていうか、その言い回しがキモい」

「アリスに見捨てられた以上、僕は、一秒だって生きていられないよ」

 幻覚にすら突き放されるなんて、思ってもみなかった。縄なんて言ってないでさっさと飛び降りよう。

「なにいってるのよ? 私は別に恋人でもなんでもいいんだけど。言い方がキモいって言っただけでしょ」

 ……なんだろうか、この持ち上げたり、落としたり……。ああ、これが!

「ツンデレなんだね、そっか、今日はそういう感じなんだ」

「話戻すね。アナタ、死ぬつもりなんでしょ? どうせ死ぬなら、最後に遊ばない? 命をかけて願いを勝ち取る遊びを」

 命をかける? 願い? どういうことだか、さっぱりわからない。

「アリス、よくわからないよ。ちゃんと説明してほしい」

「簡単に言えばコロシアイよ。と言っても、殺し合うのは私たちであって、アナタに直接殺せとは言わないわ、安心して」

 どうしょう、ますますわからない。わからないんだけど……、

「嫌だ。アリスが誰かと殺し合う? 冗談じゃない。そんなの絶対嫌だ」

「どうして? 私はアナタの妄想でしょ? 別に妄想の中で殺し合ったって構わないでしょ。それにあなたは一緒に死んでくれって言ったじゃない。悪いけど無駄死にはゴメンだわ。そういうことなら独りで死んで」

 アリスの言葉が突き刺さる。確かに心中しようなんて言っておきながら綺麗事を言うなんて虫が良すぎる。

「悪かったよ。でも、どうして殺し合いなんだ? それに私たちっていったい?」

「やると言ってくれたら教えてあげる。そうでなければ、ここでさよならよ。ありがとう、今まで楽しかったわ」

「ちょ、ちょっと、待ってくれよ。やる、やります、やらせてください」

 今にも去っていきそうなアリスを、引き止める為に言葉がついて出た。

 アリスはにっこり笑い、

「アナタならそう言ってくれると思ってたわ」

 と、僕の方に向き直った。

 そして、僕の唇にそっとその可憐な唇を重ねる。

「なっ、なん、なな、な、なーっ!?!?」

 違う違う違う、今まで僕は断じてアリスをそんな目で見たことは有ったような無かったような、でも、キスしちゃうなんて、そんな、いやでも、してきたのはアリスの方だし、というか、柔らかい!?

「これで、契約は完了よ。アナタと私は死ぬも生きるも一緒……、つまりアナタが言ってた『運命共同体』ってヤツになったの。それにしても……、アナタの唇荒れてるわね。次は、もう少し整えておいてね」

 舌を出して、悪戯っぽく微笑むアリス。

 その舌に、僅かながら劣情を覚えてしまう。

「あ、アリス! 君は僕の妄想の産物じゃないのか? どうして触れられる?!」

「妄想が触れちゃいけないって決まりあるの? それとも、私にキスされるの……、いや……だった?」

 急にしおらしくなるアリス。

 目にはうっすらと涙さえ浮かべている。

「ち、違うよ! うれしい! うれしいです! そうじゃなくて、触れる事が出来ることに驚いているのです!」

「あは、あはははは! そんなの知ってるわ。冗談に決まっているでしょう。本当にアナタって面白いわ」

 さっきから冷や汗かきっぱなしだ……。

 アリスはこんなにも自由奔放だっただろうか。

「それじゃあ、今から説明してあげるから、時間は……、アナタの場合、腐るほどあるわね」

 何とも失礼な事を言いながら、アリスは僕の胸に手を置く。

「ドキドキしてるの? 大丈夫よ、私に任せて」

 アリスの瞳に妖しげな色が灯る。

 ま、まさか、キスの続きだろうか!?

「目を閉じて、そのままリラックスして、この世界には、アナタと私しかいない。それ以外は、いらない」

 その言葉を聞き終えると同時に僕の意識は暗闇に堕ち、現実の世界から隔絶された。

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