第九話 便乗したいひとたち
川崎さんと塚田君が付き合い始めたのは、その数日後のことでした。
毒島さんの惚れ薬は、見事に役目を果たしたのです。
「ありがとーっ! キミちゃんのおかげだよー」
川崎さんは結果報告と同時に、毒島さんの手を取ってはしゃぎ回ります。毒島さん自身は実はあまりあの惚れ薬の効果に期待していなかったので、この報告を聞いて川崎さんと一緒に飛び上がるほど驚きました。
「薬のせいじゃないよ! ユウちゃんの実力だよ!」
「んーん、あの薬が無かったら私、告白する勇気なんかなかったもん」
二人は一緒になって教室の中を踊りまわりました。はしゃぎすぎて誰かの机を蹴っ飛ばしてしまうほどでした。
笑い転げる毒島さんのもとに、柿ピーとヨヨちゃんが早歩きでやってきて言いました。
「キミちゃーん、私たち、友達よね?」
「友達だよねーっ」
そして二人並んで手のひらを上に両手を突き出し、何やら物欲しげな目で毒島さんを見つめています。川崎さんが「調子いいぞ! 二人とも!」と両手チョップで二人の手を払いのけました。
「いいよ、ちゃんとみんなの分も作ったから」
毒島さんはそう言って、用意していた薬瓶を二本制服の内ポケットから取り出してそれぞれ二人に渡しました。
「さすが! 話せるー!」
「愛してるぞ、親友よ」
惚れ薬を受け取った二人は毒島さんを両側から抱きすくめました。背の低い毒島さんはすっかり二人の胸に埋まってしまい、マスクの下の顔を真っ赤に染めていました。
その日の帰り道、川崎さんは毒島さんに言いました。
「キミちゃんはさ、その惚れ薬、誰かに使ったりしなかったの?」
「え?」
毒島さんは驚いて足を止めました。その質問は毒島さんが今の今まで全く考えたことのなかったことでした。
「誰か一人ぐらいいるでしょ? 好きな人とか、気になる人とか」
「いないいないそんなの!」
毒島さんは大きく横に首を振りました。
男の子なんか大嫌いでした。今まで家族や店員以外の男の人と会話したこと自体ろくにありません。せいぜい、悪口を言われて報復に利尿剤を盛るぐらいです。
だから毒島さんは、惚れ薬を盛りたい男性というものに全く心当たりがありません。
「じゃ、ウチのクラスで惚れ薬を飲ませるとしたら、強いて言えば誰?」
「えー……」
毒島さんは一生懸命思い出せる限りの男子の顔と名前を思い浮かべました。すると、顔と名前が一致している相手は数えるほどしかいないことに気がつきました。少し迷った後で毒島さんはその中の一人を選びました。
「じゃあ、塚田君かな……」
「えーっ、駄目よ、塚田君にはもう私が惚れ薬のませちゃったもの」
怒る川崎さんを、へへ、分かってるってと毒島さんは宥めました。
「もちろん分かってるけど、でもやっぱり塚田君はカッコいいもんな。好きか嫌いかは別にして……あんな奴を連れて歩けたら、みんな私を認めてくれるだろうな、って」
毒島さんの言っていることは本心でした。塚田君は本当にカッコよくて、女子の間ではちょっとした人気株なのです。顔がいいばかりではなく、運動神経がよくってサッカー部なんかに所属しながらも、成績の方も悪くないトコロが人気の原因です。性格も、優しくて面白くて話していて飽きることがないってみんな言っています。
でも駄目だなぁ。私はブスだから少しもつり合わないもんな。やっぱり、ユウちゃんぐらいの美人でないと塚田君みたいなのとは付き合えないんだなぁ。
そう思って毒島さんはため息をつきました。
「ユウちゃんはいいな……可愛くて。美形の彼氏もできてさ」
すると川崎さんはふふっと笑って言いました。
「キミちゃんだってかわいいよ。きっとすぐ素敵な彼氏ができるよ」
ああ、ユウちゃんはきっと私を元気付けようとしてくれているんだな。
そう思いながらも毒島さんは、嬉しくて涙がにじんで来るのを止められませんでした。