第七話 毒島さん見栄を張る
ノッポのそばかす娘さんの名前は柿野草子さんで、あだ名は柿ピーでした。
もう一人の、顔も体もまるっこいのっぺりした子は橘代々子さんで、あだ名はヨヨでした。
柿ピーとヨヨとキミちゃんこと毒島さんは、三人そろってユウちゃんこと川崎さんの家にお呼ばれしてしまいました。
「さ、キミちゃんも遠慮せずに上がって!」
「は、はいお邪魔しま、す」
毒島さんは心の底から緊張しまくっていました。
川崎さんの部屋に通されると、そこはぬいぐるみとアクセサリーの世界でした。
本棚には沢山の参考書の他に、少女漫画や恋愛小説、料理の本や花言葉の辞典なんかが並んでいます。
なんじゃこりゃホームドラマのセットか何かか。と毒島さんは思いました。
みんなそろって紅茶とケーキをご馳走になりました。毒島さんにとっては聞いたことも無いお店のケーキでしたが、相当有名で高価なものなんだろうなということはその見た目と味からすぐに判断できました。
高価なのは分かるのですが、毒島さんは緊張しすぎて全然美味しさが感じられませんでした。
「毒島さんって、思ったほど変な奴じゃなかったのね」
ヨヨが言いました。
「そうかな、変だよ私なんか……」
「まぁ確かにそんなこという奴は変かも」
ヨヨは笑って言ったのですが、毒島さんはひょっとして怒らせてしまったんじゃないかと思って、ごくっとつばを飲みました。
「キミちゃんはホントはスゴイんだよねー。薬のことならなんでもできちゃうし」
「そ、そんなの、そんなの」
川崎さんに言われると、毒島さんは焦ってロレツが回らなくなりました。
何か気の利いたことを言わなきゃユウちゃんに嫌われちゃう。今にも。ほら今にも。
「えー、何でも? じゃあ水虫の特効薬作れる?」
意地悪そうにそういったのは柿ピーでした。ちなみに、水虫の特効薬を作れるとノーベル賞がもらえるそうです。
「そ、それは、やったことないから……でもやってみる」
「アハハ、いいよ要らないよー」
柿ピーは笑って言ったのですが、毒島さんはひょっとして怒らせてしまったんじゃないかと思って、ごくっとつばを飲みました。
「風邪の薬が自分で作れるだけでも大したもんよね。高校生に出来ることじゃないもん」
「ねーっ」
「そんなの、そんなの」
毒島さんのマスクの下の顔は、もうさっきからずっと真っ赤でした。
「風邪薬以外ではどんなの作れるの?」
「えっ、それは……」
毒島さんは考えました。麻酔剤、殺鼠剤、興奮剤、筋弛緩剤、なんだかろくでもない名前ばかりが浮かびます。な、何かもっといい名前を出さなきゃ。栄養剤? 栄養剤なら……。
「例えばさ」
黙っている毒島さんの代わりに、川崎さんが口を開きました。
「惚れ薬、とか?」
「惚れ薬!」
惚れ薬!? と毒島さんは思いました。
それは一体何剤のことを言っているの???
「できるの!? 毒島さん!」
「まさか、そんなの出来たら私、一生毒島さんについて行っちゃうよー」
「惚れ薬が出来たら私、塚田君に……」
「きゃーっ!」
呆然とする毒島さんをよそに、女子三名は異常な盛り上がりを見せました。毒島さんはどきどきしました。一生ついていっちゃうよ。一生友達でいてくれるよ。一生だよ。
「できるよ」
みんな黙りました。
「私、惚れ薬作れる」
……沈黙はしばらく続きました。みんな毒島さんに注目していました。
毒島さんのマスクが、汗でじんわり湿りました。
「……本当?」
川崎さんはまっすぐに毒島さんを見つめました。
それは宝石みたいに綺麗な瞳でした。