第四話 育ちのいい娘
毒島さんがあげたお薬の効果は覿面でした。
川崎さんは次の日の朝には、もう学校に来れるようになっていました。
「お帰り! 病気はもういいの?」
「うん……ただの風邪だったし……」
数日振りに帰ってきた川崎さんの周りに、心配する女の子たちの人だかりができています。
川崎さんは殆ど何事もなかったかのように復帰しました。もちろん毒島さんに薬のお礼なんか言いに来ません。でも毒島さんは満足でした。毒島さんはもう自分が納得のいくようにやったのです。川崎さんの病気を治したことで、川崎さんの人気に嫉妬して毒を盛ったという、あの不名誉な噂を否定することが出来ました。たとえ他の誰もそのことに気がつかなくても、自分を納得させることが出来たのでもういいのです。
「川崎さん、ちょっといい?」
数人の男女が、川崎さんを呼びました。
そして何やら固まって話し合いを始めたようです。毒島さんはその話には興味がなかったので少しも聞いていませんでしたが、その内容はこうでした。
「川崎さん、病気になる前、何か変なもの食べたり、飲まされたりしなかった?」
「……どういうこと?」
川崎さんを呼び出したのは、毒島さんが毒を盛ったせいで川崎さんが熱を出したという説を本気で信じているグループだったのです。彼らは川崎さんに、毒島さんに何か食べ物をもらったり、怪しい薬を打たれたりしていないかということをしつこく聞きました。
「まさか、そんなはずないよ」
川崎さんはそれを否定しました。
「私は毒島さんにもらった薬のお陰で治ったんだもん」
それを聞くと、グループのみんなの表情が変わりました。まさか。そんなわけない。どういうことだ? ありえない。何かの間違いだ。
元々グループの中にいなかったクラスメイトたちも騒ぎを聞いて集まりだし、ちょっとした人だかりが教室の真ん中にできました。
毒島さんは勿論、その集まりとは遠く離れたところにいましたし、騒ぎが大きくなっても少しも興味を示しませんでした。
川崎さんは、出来事の一部始終を皆に語って聞かせました。
「毒島さんは濡れ衣を払うために、私に薬を用意してくれたの」
でもみんな、なかなかそれを信じようとはしません。
誰かが言いました。
「自分で毒を盛って、自分で解毒したんじゃないの?」
その考えはすぐに皆に受け入れられました。
そうだ、それだ。それっぽい。あいつの考えそうなことだ。なんてひどい。川崎さんに恩を着せようという腹ね。手柄を上げて皆に認められたかったってとこかしら。何考えてんだ。頭おかしいぞ。でもそう考えると納得がいく。間違いない。そうに決まってる。
川崎さんも馬鹿だね。あんなこと言ったって誰も聞くわけないんだからさ。
と、毒島さんは思いました。
「いいかげんにしなよ!」
川崎さんは大声で叫びました。
「みんなおかしいよ! 毒島さんが何したっていうの? 私の病気を治してくれたんじゃない! それなのにそんな言い方ひどいよ!」
みんな黙りました。
そしてそれぞれ顔を見合わせました。次にその視線がもう一度川崎さんに向けられたとき、その目は何か幽霊や宇宙人のような、理解できないものを見る目になっていました。
むかつく。と毒島さんは小声で毒づきました。
お前のような正義ヅラした奴が一番腹が立つ。やっぱりあの時まともな薬なんか渡さずに、毒殺してやればよかったかもしれないな。そうすれば少なくとも、こんな不快な思いはしなかったろうに。
毒島さんは黙って席を立ち、制鞄を手に取りました。そのまま誰にも何も言わず、家に帰ろうと思いました。
帰ろう。帰って薬棚でも眺めよう。それとも今日は何か新しい薬を作ろうかな。へへへ。
教室を出た毒島さんの背中に、川崎さんがもう一度叫ぶのが聞こえました。
「毒島さんは何も悪くない!!」