第二話 学校生活は楽しい
「そういえばブス島がさー」
……得意げに話し始めたのは、クラスメイトの高森くんでした。
高森くんはお調子者で、クラスのムードメーカー的存在です。いつもなんとかしてみんなを笑わせることばかり考えているので成績はよくない方ですが、それでもクラスのみんなからはとても好かれていました。
「あいつ、ニキビを治そうと思って、自分で薬を作ったらしいんだよね。でも失敗して余計にひどくなったんだよ。だけど元の顔がひどすぎて、大して変わらなかったんだなぁ、これが」
高森君が何かいうたびに、生徒たちの輪が笑い声でどっと沸きました。すると高森君はますます得意になって、次から次へと毒島さんに関する面白い話をしました。
毒島さんは、最初から全部聞いていました。
自分の席に座って、何食わぬ顔で薬草図鑑を読みながら、ちゃあんと聞き耳を立てていました。でも特に何も言いませんでした。高森君の言っていることは毒島さんにとって何の覚えも無い嘘八百ばっかりだったし、いくら悪口を言われたって毒島さんは全然気にならないのです。だって毒島さんは高森君たちのことが大嫌いだったから、嫌いな相手にいくら嫌われたって別にいいんです。
高森君はすぐ近くに毒島さんが座っていることなんて全く気付かないかのように、いつまでも大声で話しつづけました。
「ブス島はことあるごとにこっちを見つめてくるからな。あいつ絶対俺に気があるんだぜ。怖えーっ!」
毒島さんは眉をひそめて、顔を隠すためのマスクの位置をくっと正しました。誰も見ちゃあいませんでしたが、それは怒りの表情でした。
さっきも言ったように、毒島さんは高森君が大嫌いでした。高森君も高森君の友達も、高森君の家族も、親戚も、ペットも、みんなひっくるめて大嫌いでした。もし毒島さんが意図的に高森君を視界に入れることがあるとしたら、それは嫌いだから睨んでいるのです。嫌いだから悪口を言われても平気なのです。
でも、もし高森君がそれを分かっていないとしたら、それはとんでもない間違いなのです。冗談だとしても許されない大きな大きな間違いなのです。だって、お互いに承知の上で憎み合うのでなければ不公平ですからね。
そんなことも分からない奴にはお仕置きが必要だな。と毒島さんは思いました。
次の日、毒島さんは小さな薬瓶と注射器を鞄の中に忍ばせて登校しました。
瓶の中には透明な液体が入っています。ラベルはありません。注射器は使い捨てではありましたが、歴とした医療用の、普通のお店では買えない代物でした。
毒島さんは全ての作業を、丁寧且つ迅速に行いました。
まず高森君が、お茶の入ったペットボトルを鞄の中にしまうのをさりげなく確認しておき、鞄の中でのボトルの位置を把握しました。それから時計を確認しました。毒島さんはあらかじめ薬の成分を調節して、投薬してから効果の出るまでの時間を計っていたのです。
それから、計算した通りの時間になると、毒島さんは薬瓶の中身を注射器に吸い上げました。毒島さんはこの感触が大好きだったので、無意識にマスクの下で微笑を浮かべました。
薬品の入った注射器を袖の中に隠し、高森君の鞄に忍び寄ります。高森君本人は席から離れて友達と喋っていましたから、誰も毒島さんの動きに注意を払っている人はいません。
そこで毒島さんは素早く注射器を袖から滑り出させ、高森君の鞄に突き刺しました。鞄の中にあるペットボトルの確かな手ごたえを感じました。そしてその中に、注射器の中身を残らず流し込みました。
作業が終わるまで、誰一人気付いた人はいませんでした。それから毒島さんは、気分が悪くなったと言って学校を早退しました。毒島さんがこんな風に適当な理由をつけて授業をサボってしまうことはよくあることだったので、誰も不審に思いませんでした。注射器は、帰りしなに針を折って焼却炉に捨ててしまいました。
高森君が疑わずにペットボトルの中身を飲んでくれれば、それに盛られた特別製の「利尿剤」はお昼休みの前になって強烈に効果を現してくるはずでした。お昼休みの前ということは、つまりみんながお弁当を食べる直前です。毒島さんが調合した利尿剤は高森君に授業を抜けてトイレに行く隙を与えないであろうことは確実でした。
自分のしたことの結果がどうなるのか、毒島さんはあえて確認しようとはしませんでした。
でもその次の日から、高森君は学校を休むようになりました。