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第十九話 仲良くお迎え

 扉が開いて、あの子がゆっくりと入ってきました。

 いつもより少し濃い目にお化粧をして……まるで、『私、これから彼氏とちょっと買い物にいくのよ』と言うようないでたちです。しかし、そのお化粧が実は涙の跡を隠すための苦肉の策だということまでは毒島さんにはわかりません。

「ユウちゃん!」

 毒島さんは思わず叫びました。

 川崎さんは扉から顔だけこちらに覗かせて、まるで喧嘩していた友達と仲直りしたがっているみたいに、はにかんだ笑みを見せながらちらちらとこちらに手を振りました。

「な、なんで……」

「自首しにきたのよ」

 川崎さんは付き添いの人と一緒に部屋の中に入ってくると、呆然とする毒島さんを尻目に刑事さんと記録係さんの方に向き直りました。

「私、武田先生に毒を飲ませて殺しました。そこにいる毒島さんは関係ありません。ウチに返してやってください」

 それは自首しに来た犯人と言うよりは、むしろ財布を届けに来た子供のような、誇らしげな口調であるように感じられました。その自信に満ちた様子に刑事さんたちが戸惑っているのが見えました。

「うそつき!」

 毒島さんは出し抜けに叫びました。

「うそだ! 刑事さんこの人私をかばおうとしてるの! あれ本当は私がやったの今まで黙っててごめんなさい」

「ふん、バカ言ってんじゃないの。あんたみたいなちんちくりんに人を殺せるわけないじゃないの」

 口に唾する勢いで刑事さんに迫る毒島さんを、川崎さんが軽くあしらいます。

「なにをー! 刑事さん見たでしょ、私毒持ってたのよ! 本物の毒! ちゃんと調べてよ先生を殺した毒とおんなじだから」

「そんなの私だって持ってるわ」

 川崎さんはポケットからひょいと薬瓶を取り出しました。中には透明の液体が入っています。毒島さんが川崎さんにあげた毒の残りのようです。

「うそだ! そんなのただの水なんでしょ!」

「嘘じゃないわよー? これはあんたが持ってた毒を、『私が』こっそり盗んできたものなんだから。そして、『私が』この毒を先生に飲ませたの。だからあんたも強がってないで、自分が使いもしない毒を集めてただけの根暗女だってことを認めちゃいなさい」

 刑事さんたちの視線は二人の間を行き来しています。

「わ、私はキレたら何するかわかんないヤツだよ! 先生だって、ムカつくから殺してやったの! あいつクサいしー! 死んで当然だしー!」

「そんなに言うんならあんた先生の家知ってるの?」

「えっ?」

「先生は自宅で毒を飲まされたのよ〜? だったら犯人は当然先生の家を知ってるはずでしょ?」

「し、知ってるよ!」

「どこ?」

「あ、そ、その、それじゃああんたは私の家知ってるの!?」

「ハァ?」

「あんた私の家から毒盗んだんでしょ! 知らなきゃ盗めないじゃない!」

「あんたバカだねー、現にこうして持ってんじゃないの、ここに」

「水だもん! それ水だもん!!」

「じゃあ刑事さん鑑識呼んで! 鑑識!」

「うあああああああ!」

 突然毒島さんが川崎さんに飛びかかり、事態はとうとう取っ組み合いの喧嘩に発展しました。止めようとした記録係さんの腕を振り払いざまに鼻にヒジを打ち込みつつ、毒島さんは叫びます。

「殺してやる! 私はキレたら何するか分からない奴だからお前も殺してやるぞ! 先生みたいに!」

「上等よ、本物の殺人鬼の恐ろしさを思い知らせてやるわ!」

 毒島さんは体は小さいけれどガッツがありました。口では勝てない代わりに喧嘩では少しばかり押しているようです。

相手に馬乗りになった毒島さんは、薄い色の口紅が綺麗に塗られた唇に右手親指を突っ込んで頬の肉をつかみつつ、左手を長い髪に伸ばします。川崎さんは頬の防御を捨ててこれを抑えますが、両手でもどうやら毒島さんの体重の乗った攻撃を支えきれません。両足も共にしっかり封じられています。

「うぐぐ」

 押し負けそうになったころ、ようやく刑事さんたちに引き剥がされ、ひとまずその場は収まりました。

「あ、あんたなんか……」

 ボタンが飛んで胸のはだけた川崎さんが、髪を振り乱し口紅も唾液で伸びた色気もなにもない格好で毒づきます。

「あんたなんかに先生を殺す理由があるっていうの!?」

 毒島さんは顔を真っ赤にして、涙をぼろぼろこぼしながら叫び返します。

「理由なんか知らないよ! じゃああんたの理由はなんなんだよ!!」

「私は……!」

 気がつくと川崎さんも泣いていました。せっかく化粧でごまかした涙の跡をさらに上書きしています。ああ、さっきもう枯れたと思ったのに、まだこんなに残っていたなんてと川崎さんは自分でも驚きました。

「私は先生に……」

 何か言おうとした川崎さんを、刑事さんが手で制しました。そして「やめなさい」と言いました。

 それから、川崎さんにだけ聞こえるように耳元で続けます。

「私達は、武田浩二の自宅から、いくつかの『写真』を押収していてね、実は、もう大体の事情がつかめているんだ。君は友達思いのいい子じゃないか。あの子に心配をかけるようなことは言わなくて良い」

「……」

 川崎さんは口をつぐみました。毒島さんが、荒れた呼吸をなんとか整えながらその様子を不安げに見守っています。記録係さんや女性職員さん、川崎さんを連れてきた人も押し黙って待っています。

「私達も鬼じゃあない、そして……実はそんなにまじめな警察官でもない。君がこれから心を入れ替え、友達を大切にして、罪を償っていくと誓うのなら、今回のことをうやむやにしてしまうことも……できなくはない」

 刑事さんはこの言葉を、特に小さく、誰にも聞こえないように言いました。そして、川崎さんもその声と同じぐらい小さく、首をわずかに揺らした程度に頷きました。

「……はは、全部処分したと思ってたんだけどな……」

「もう写真はこの世に残ってはいないよ、私達が全て処分したからね」

 川崎さんは、顔を覆って大泣きしました。かすれた声でありがとうとつぶやきましたが、誰の耳にも届きませんでした。

 それから刑事さんは、立ち上がって首をコキコキと鳴らしました。

「……さて、今日はもう取り調べにならんな。この子たちのうちに連絡して迎えに来て貰うことにしよう」

 記録係さんがはいと返事をして、携帯電話を手に部屋を出ました。

「君たちももういいぞ。迎えが来るまでは自由にしていなさい」

 そう言って刑事さんも部屋を出てしまいました。残った女性職員さんともう一人の男の人は、なんだかあきれたような顔でそれを見送ります。


 いつまでも床に座ったまま泣き続ける川崎さんに、毒島さんが歩み寄りました。

 そしてなんだか恥ずかしそうに、そっと手を差し出します。

 川崎さんは、その手を取って立ち上がりました。

「さ、行こうか……」



 いつの間にか、今日だと思っていた日はとっくに昨日になっていました。

 町は静かに眠っていて、はす向かいのコンビニだけが煌々と明かりをつけて落ち着かない様子です。

 町が暗くなると空の星は輝きを増しました。遠くの山には三日月が突き刺さっています。

「寒いね……」

「うん、寒い」

 二人とも、交わす言葉は多くありませんでした。ポケットに手を突っ込んだ状態で、お互いの肘が触れ合わない程度の距離にならびます。二人の背中の後ろには、警察署の正門があります。

「私ね……先生のこと好きだったの」

 川崎さんがぽつんと、独り言のように言いました。

 毒島さんはそれに対して、うん、と頷いただけでした。それ以上のことを何も聞こうとはしなかったし、それで十分だったようでした。

「ごめんね」

 そう言って、川崎さんはうつむきました。

 それからしばらくの間、二人とも一言も口を聞きませんでした。

「……ホントにひどいよ、ユウちゃん」

 やがて、毒島さんが口を開きました。

「だって、私のこと毒島さんって呼ぶんだもんな。最初に言ったのに。『毒島さんと呼ばないで』って」

「……ご、ごめんね、キミちゃん」

「しょうがないなあ、許すよ。ユウちゃん」

 警察署を出てから初めて、二人の目が合いました。

 すると、どちらからともなく笑いがこみ上げてきて、二人して声の限り大笑いしました。とても長い間二人は笑っていました。

「あはははは……!」

「あはははは……!」

 しまいには二人とも、おなかを抱えて地面に座り込んでしまう始末です。

「キミちゃん、やっぱりマスク無いほうがイイよ。かわいいよ」

「そうかな? 私かわいい?」

「私ほどじゃないけど」

「あーっ、こいつ!」

 二人の笑い声ははす向かいのコンビニから店員さんが何事かと顔を出すほどでした。

 そうやってしばらく地面にうずくまってわらっていると、やがて、道の向こうから車のヘッドライトが近づいてくるのが見えました。

「あ、お迎えが来たよ」

「ホントだ、ユウちゃんの方も」

 二台の車が近づいてきて、それが毒島さんたちの前で止まりました。ドアが開いて、二人の両親が出てきました。

 毒島さんのお母さんが、あんたは親に心配をかけてばっかりで、と平手で娘の顔を打ちました。お父さんは黙っていました。

 川崎さんの両親は、二人そろって娘の顔やら体やらを撫でまわし、大丈夫だったか、何も怖くなかったかと質問責めにあわせました。

 とにかく早く娘を家に連れて帰ろうとするお母さんの腕を引く力に抵抗しながら、川崎さんは毒島さんに笑いかけました。

「じゃあ、また学校でね」

「うん!」


 車に乗せられると、毒島さんも川崎さんも、糸が切れたように眠ってしまいました。

毒島さんのお母さんがあきれた声で、これじゃあ叱れないわね、と言いました。

二台の車は並んで、それぞれの家へ帰ります。毒島さんと川崎さんは、別々の車の中で同じ夢を見ていました。二人して寝坊して先生に怒られる夢でした。

ああいかん、これはきっと正夢だな、と、おぼろげな意識の中で二人は思いました。




 最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。これにて毒島さんは完結です。

 わりとその場のノリで書いた作品だったので至らないところも多かったと思いますが、温かい目で見ていただけると嬉しいかなと……><;

 というわけでまた、近いうちに、次回作でお会いしましょう。次も頑張るよ。

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