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第十六話 空気の重い部屋

 マスクを着けていない毒島さんはなんだか落ち着きませんでした。

 新鮮な空気が顔に触れます。もう人々の視線から身を守るものはありません。でも、もうマスクは塚田君にあげてしまったので、今さら後戻りはできません。

 ちょっと早まったか。と毒島さんは思いました。

 弱気になっている場合ではありません。毒島さんは今、川崎さんの家の前に立っているのです。目の前にインターホンがあります。これを押すためにはもっと強い心が必要です。


 ユウちゃん、本当に先生を殺してしまったの? 私と友達になったのは先生を殺すためだったの? 今までのユウちゃんは嘘だったの? 

私が言いたいことはたくさんあるけど、それはひとまず封印だ。ユウちゃんの話を聞きに行くぞ。


毒島さんはぱちんと自分の顔面をはたいて気合を入れました。

人差し指がインターホンに伸びます。


 川崎さんのお母さんは、悠子は誰にも会いたくないと言っている、と言いましたが、毒島さんがどうしても話をしたいと言うと、了承して通してくれました。そして、私にもなぜあの子が部屋に閉じこもっているのかわからない。どうか元気付けてあげて欲しい、と言いました。

 お母さんに連れられて川崎さんの部屋へ行きます。毒島さんは深呼吸をして、部屋のドアを開けました。


 川崎悠子さんは、ベッドの中で布団にくるまっていました。

 まるで病気のようです。毒島さんは、初めてこの部屋に来たときのことを思い出しました。思えばあの時、病気の川崎さんに薬を渡そうと考えなければ、今頃どうなっていたのでしょう。

「お母さん……? 悪いけど今は……」

 川崎さんは呆けたような声で何かを呟きながら起き上がりました。そして毒島さんの姿を見ると、そのままの姿勢で硬直してしまいました。まるで呼吸をするのも忘れてしまったようです。

「あの……二人で話させてください」

 毒島さんは川崎さんのお母さんに言いました。お母さんは納得して、黙ってその場を離れ、奥の居間の方へ行ってくれました。

 いよいよ、毒島さんは川崎さんと二人きりになりました。

「ユウちゃん、あの……」

 いざ話そうとすると全く言葉が出てきません。

「しばらく学校に来てないから、どうしたかと思って」

 変な作り笑いを浮かべながら、毒島さんは言いました。

 今の言葉は初めに話そうと思っていた内容とは隋分かけ離れているような気がしました。

「毒島さん、私今あなたと会いたくないわ」

 川崎さんは壁のほうを見ながら、冷たい口調で返事をしました。

 まるっきり、毒島さんと友達だったのは誰か別人で、ここにいるのはそうなる以前のろくに話したこともなかった頃の川崎さんであるように感じられます。

 毒島さんは今になって、初めて寂しさというものを自覚しました。それは錆びた釘を心臓に打ち込まれるような、冷えて尖った感触でした。

「ユウちゃん。こんなことになっちゃったけど、私まだキミのこと信じてるの。だから少しだけ、話を聞かせて」

 泣きそうになるのをこらえながら言うと、少し声が震えました。

 川崎さんは黙っています。黙って部屋の壁を睨んでいます。そこから目を離すと恐ろしい生き物にとって喰われると思い込んでいるかのようです。

「話すことは何もないから、早く帰って」

 その声は毒島さんと比べると全く平静そのものでした。

 そして、沈黙がしばらくその場を支配します。

 毒島さんは次の言葉を考えていました。どうしよう。どう言ったらユウちゃんの心に届くのだろう。私は話すのが苦手だ。どうしても上手い言い方が見つからない。ユウちゃんは何も言ってくれない。目の前にいるのに、こんなに遠い。あああああ。


 毒島さんはその場にしゃがみこんで、しばらくシクシク泣きました。泣くときひざを抱えて声を押し殺すのは、小さい頃からの癖です。

 川崎さんはずっとずっと黙っていました。ベッドの中で起き上がった体制のまま、まだ壁と見つめ合っています。この部屋だけ時間が切り取られてしまったようです。それはまるで小さい頃に見た悪夢みたいな光景でした。

 何十分か経って、涙も枯れた頃に、毒島さんはゆっくりと立ち上がりました。そして涙の跡がくっきり残った顔で、弱々しい笑みを浮かべます。

「また、学校で会おうね」

 それはとても虚しい言葉でした。もちろん返事はありません。

 まだ時間を切り取られたままの川崎さんを背に、毒島さんは部屋を出ました。

扉を閉めるがちゃりという音が、いやに大きく響きました。



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