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第十四話 ヒトゴロシ

 武田先生の死因はアレルギー性のショック症状による心臓停止。アレルギーの原因となった物質は今のところ不明。


 あの薬だ。毒島さんにはすぐにわかりました。あの薬は強烈なアレルギー反応を引き起こして人を殺すのです。その薬を武田先生に飲ませたのは川崎さん以外に考えられません。

 武田先生は生徒たちからも好かれるよい先生でした。女子生徒にも人気がありました。年も若くて、比較的に生徒たちと考え方が似ていたからからでしょう。

 でも毒島さんはこの先生が嫌いでした。先生は大多数の生徒と仲良くする一方で、毒島さんのようなはみ出しものの生徒には極力関わらないようにしていたからです。せっかく全体が上手くいっているのだから、一部の生徒のために余計な問題を引き起こしたくないという考え方がありありと見えてくるようで不快でした。

 それでも……毒島さんはあの先生を殺そうと思ったことはありませんでした。ましてや他の生徒たちと一緒に先生と仲良くしていた川崎さんが、なぜ毒を盛ったりしなければならなかったのか、毒島さんにはわかりません。てっきり塚田君を殺すつもりなんだと思っていたのに。

 きっと、殺すのに十分な理由があったのだ。と、毒島さんは思うことにしました。

 そうだ。私は身をもって体験した。人を殺すことは簡単なことじゃない。例え「殺害」自体が至極簡単な作業になったとしても、人間一人を殺すと言う事実の重みは無くせない。

 今の時代、日本中で数えきらないほど殺人事件は起きている。テレビのニュースを見ていると本当に軽々しい気持ちで誰かが誰かを殺しているように思える。でもそれは違う。本当はみんなそれぞれの深い重い理由があって「殺人」という結果に行き着くのだ。そうでなければ日常と殺人の間の高い高い壁は越えられない。ただ、誰もその理由を教えてくれないだけ。みんな「本当の理由」を心の奥に隠して(あるいは見つけられずに?)、私達には腹が立ったからとか、死ぬと思わなかったとか、間に合わせの動機を告げているに過ぎないんだろう。

 ユウちゃんにはユウちゃんの、「本当の理由」がどこかにあるんだ。ただそれを私には教えてくれなかったけど。


 学校の中で、警察関係の人たちを時々見かけるようになりました。家まで警察が事情を聞きに来たという話も聞くようになりました。

 毒島さんは、ただひたすら祈りました。このまま事件の証拠が見つからず、武田先生の変死が単なる事故か病死で終わることを。


 教室の様子も以前とは変わりました。新しい担任には学年主任の太田先生がつきましたが、今のところ生徒達との関係はなんだかギクシャクしています。友達同士で笑いあう声も殆ど聞かれなくなりました。代わりに聞こえるのは、ヒソヒソとした噂話。

先生はどうして死んだのかしら。病気だったのかしら。そうではないのかしら。武田先生には、命に関わるようような病気や疾患の気配なんて一切無かったそうじゃないの。きっと病気じゃないわ。誰かが殺したのよ。

それは誰かって……?


 女子を代表して須々木さんが、川田さんをお供に連れて毒島さんの席へやって来ました。

「お前さ……」

 須々木さんは毒島さんを冷たい目で見つめていました。「お前さ」に続く言葉はなかなか見つからないようでした。今回ばかりは須々木さんも、いつものように高圧的な態度ではありません。その目には冷たさと同時に、恐れも伺えます。

 毒島さんは出来るだけ平静を保とうとしました。しかしなんとか表情は保てても、次々と額を伝う脂汗までは止められません。沈黙は長く続きました。

「何か……言うことないか……?」

 毒島さんは、その言葉を無視しました。というより返す言葉が見つからなかったのです。喉もなんだかヒクついているし、まともに声を出せそうにありません。

 クラス中がひっそりと静まりながら、そのやり取りを見守っているのが気配でわかりました。

「知ってるんだぞ……みんな」

 これはきっとハッタリです。須々木さんは何も知るわけが無いんですから。毒島さんは下唇を噛みました。血管が狂ったように脈打つのを歯に感じました。

「ユウちゃんが前に言ってたんだ。お前が、毒を持ってるって」

 肺がヒュッと音を立てました。目に涙が溜まっています。

 きっとこれもハッタリだ。反応しちゃだめだ。

「黙ってないで何か言えよ。嘘じゃないぞ。ユウちゃんはお前が毒入りの瓶を見せびらかしてきて、すごく怖かったって言ってたんだ。言っとくけど作り話だなんて言いわけは通用しないからな。ユウちゃんは先生が死ぬ前にその話をしていたんだ。事件が起きる前にそんな作り話できるわけないだろ。なあ」

 ……そんなの。うそだ。

「ユウちゃんがなんで学校に来ないと思ってるんだ。お前が怖いからだよ! 人殺し! 何とか言え!!」

 噛んでいた唇から血が伝いました。それから喉がビリビリ震えました。それが自分の叫び声の振動だと気付くのに時間がかかりました。

 悲鳴の後にはしばらくの静寂がありました。はっとしてみると毒島さんの目の前で、須々木さんと川田さんが床に尻もちをついていました。須々木さんの顔が恐怖に引きつっています。川田さんは顔を真っ赤にして涙を流しています。

 途端に、毒島さんは実感を持って理解しました。須々木さんは嘘をついていない、と。

彼女たちは毒島さんを陥れようとしているわけではないのです。本当に毒島さんに恐怖しているのです。川崎さんの言ったことを信じているから。

 誰一人何も言わないのに、クラス中から恐怖が伝わってきました。みんな毒島さんが怖いのです。みんなの目には不気味な殺人鬼が映っているのです。

 毒島さんは鞄を持って、黙って教室を出ました。最後まで誰も口を開きませんでした。


 どうしよう。これからどうなる?

 あの子たちが警察に通報したら、すぐにでも私の家に捜査の手が入るだろう。家には先生を殺した毒がまだある。見つかったら言い逃れはできない。捨ててしまおうか?

 でも、私が捕まればユウちゃんは捕まらずにすむ。だったらそれでもいいかな。

 ……本当にいいの? だってユウちゃんは、私に罪をなすりつけたよ。予めみんなに噂を流しておいて、私に疑いの目がかかるように仕向けていたんだよ。友達なのに。


 ……いや、友達だと思っていたのに。



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