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第十一話 自分勝手な人たち

毒島さんはよく頑張りました。

薬の材料の入手には、結構手間取りました。お金はもらったと言っても、薬局に並んでない薬をそんなに大量に手に入れようっていうんだから、普通の方法じゃ駄目です。薬剤師のお父さんに頼まなくてはいけません。

 でも、個人的な実験ならともかく、医者でもないのに勝手に調合した薬を他人に処方してしまっては法律違反なので、お父さんには目的を伏せなくてはいけません。毒島さんは結構お父さんが苦手なので(例え家族でも男の人は苦手)これはちょっとした冒険でした。

 やっと材料がそろって調合に取り掛かるわけですが、なにぶん量が多いので、時間も労力もすごくかかってしまいます。毒島さんは学校を休んでまで調合を終えました。

 毒島さんは本当によく頑張りました。

 出来上がった薬を学校に持っていくと、須々木さんがやってきて言いました。

「ああ、その薬、もう要らないから」

 毒島さんは、竹ボウキみたいな前髪の下で目を丸くしました。

「だからみんなのお金返してよね」

「ななな何いってんの? もう材料費に使っちゃったよ」

 すると須々木さんはいきなり乱暴に毒島さんを突き飛ばしました。大きな音がして机と椅子がひっくり返り、持ってきた薬瓶が四つほど落ちて壊れました。教室の中が病院の何倍も強いアルコール臭と薬品臭に満たされました。

「カンケーないでしょ! 私達はまだ商品受け取ってないんだからお金返してよ!」

 薬を注文した他の女の子たちも集まって、くちぐちにそうよそうよと喚きたてました。

「なんで? なんでよ!?」

「なんでもナニもねーよ! ニセモン掴ませといてお金騙しとろーなんて、完璧詐欺じゃん! 出るとこ出るぞ、ブス島ぁ!」

 にせもの。と、毒島さんは須々木さんの言葉を復唱しました。

「ユウちゃんと塚田別れちゃったんだぞ! おめーがニセの惚れ薬なんか作ったせいだ!」

 え? なんだって!? と、毒島さんは聞き返そうとしましたが、それは出来ませんでした。その前に須々木さんの上靴が毒島さんの低い鼻をさらに蹴りつぶしていたからです。マスクが鼻血で汚れました。

 そうか。やっぱり薬は効いてなかったんだな。ユウちゃんは塚田君と別れてしまったんだ。私のせいだ。

 他の女の子たちも攻撃に参加し始めました。女の子のすることとは思えないようなサッカーボールキックが雨あられと降り注ぎます。教室にはリンチに参加している女子以外にも数人の女子や男子がいましたが、みんな迷惑そうにしているだけでした。

 毒島さんは本当によく頑張りました。でももう駄目でした。しばらくぶりに毒島さんの心に、イライラムカムカした気持ちが帰ってきたのです。

「ふざけんな!! 知るか!!」

 毒島さんは手近にあった足を、誰のものか確かめもせずに思い切り引っ張りました。誰かが滑って倒れました。それから倒れた机と一緒にひっくり返っていた自分の鞄をひっつかみ、中にあった薬瓶を手当たり次第に敵に投げつけました。瓶が割れ、ガラス片と薬品が飛散し、鼻をつく匂いがよりいっそう強くなります。女の子たちが悲鳴を上げて飛び退きました。

「自分で勝手に作らせといて好き勝手言ってんな! 金なんかもうねーよ!」

 揮発したアルコールの充満したこの部屋で、足元に出来た水溜りに火をつければ、もうそれで毒島さんの勝利です。でも、毒島さんはマッチもライターも持っていませんでした。持っていなくてよかったと毒島さんは思いました。

 そのまま毒島さんは、カラになった鞄だけ持って走って教室から逃げました。一度も振り返らずに、走って走って、家の目の前までずっと走りとおしました。


 自然に足がもつれて倒れたことで、毒島さんはようやく止まりました。苦しくて、心臓が痛くて、息が出来ませんでした。それから吐きそうです。脇腹も、刃物で刺されたみたいに痛みました。

 毒島さんは何も考えていませんでした。頭の中は真っ白です。真っ白です。真っ白です。

 電信柱に捕まり、瀕死の病人みたいに壁に寄りかかって肩を擦りながら歩きました。いつの間にかすぐ目の前に毒島さんの家の門がありました。そして、その門の前に誰かが立っているのが分かりました。川崎さんです。

「ユウちゃん」

 毒島さんはヨロヨロと、その人の方へと歩いていきました。泥だらけの血まみれ、どこに引っ掛けたのか制服の袖もビリビリに裂けてしまった、まるでたった今そこでとんでもない犯罪に遭ってきたみたいな状態の毒島さんが呼びかけても、川崎さんは顔を上げませんでした。思いつめたような顔で、アスファルトの地面を睨んでいました。

「ユウちゃん、ごめんね、ごめんね。私の薬のせいだよ。ごめんね。私ユウちゃんが……」

 毒島さんはヒイヒイ息を切らしながら、早口で何事か川崎さんに何事か訴えました。川崎さんはずっと地面を見ていました。アスファルトの上を進む蟻の行進を眺めているみたいでした。彼らは自分の何十倍も大きい虫の死骸を担いで喜び勇んで進んでいきます。

 その間も毒島さんは必死で何かを川崎さんに言い続けています。それを聞いていたのか聞いていなかったのか、しばらく経ってから出し抜けに、川崎さんは言いました。

「キミちゃん……」

 蟻の行進、もしくは、運ばれている死骸に話しかけるみたいに。


「毒を作って欲しいの」



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