第十話 増える便乗したい人達
次の日、毒島さんは自分の目を疑うことになりました。
「毒島さん、おはよう!」
そう言って挨拶してきたのは、川崎さんでも柿ピーやヨヨでもありません。今まで顔を合わせて話したことも無いような、クラスの女子の一人です。しかも、彼女一人だけではありません。一人、また一人と、教室中から女の子たちが毒島さんのもとへと集まり始めました。みんな毒島さんに親しげに声をかけてきます。
毒島さんはあっという間に完全に取り囲まれました。みんながみんな不自然なまでの笑顔で口々に語りかけてきます。昨日までは目すらもろくにあわせなかったのに。こいつら一体何を考えているんだろうと毒島さんは不安に思いました。
「聞いたわよ、毒島さん、大活躍だったね」
なんのことか分からない毒島さんは、そのまま黙って髪の毛越しに目の前の女の子を見上げていました。するとその子は続けてこう言います。
「惚れ薬よ!」
その言葉で毒島さんは全て理解しました。
きっと、柿ピーとヨヨあたりが喋ったのでしょう。この子たちは皆、惚れ薬目当てで毒島さんに取り入ろうという連中なのです。
なんて勝手な。覚えてるぞお前、えーと、須々木。お前はこの前席替えの時、ブス島と隣同士になるぐらいなら次の席替えまで欠席するとか言ってたじゃないか。プライドは無いのか。隣の川田は教室にはブス島がいて飯が不味くなるからどっか外で弁当食べようとか言ってたな。今さらヘラヘラするなよ。
毒嶋さんは思っているままに、彼女らを罵って追い払おうと思いました。
「あ、あの……惚れ薬はそんなに沢山作ってないし……材料買うにもお金が要るし……」
ところが、口から出たのはそんな弱気な言葉だけでした。思いつくままに相手を罵ろうと思っても、うまく舌が回らないのです。あれ、変だな、と毒嶋さんは思いました。
「そんなこと言わないでさ、ね、お金なら払うから」
「私も私も!」
ふざけんなお前ら、そんな虫のイイ話があってたまるか。そう叫ぶつもりでした。でも毒嶋さんはあうあうと何か口ごもっただけでした。そうこうする間に、女の子たちは次々に財布から千円札を取り出し、毒嶋さんの胸元に無理矢理押し付けます。
たちまちのうちに、重みが感じられるほどの札束が毒嶋さんの手元に出来てしまいました。もう誰がいくらお金を出したのか見当もつきません。
「それじゃ、お金渡したから……絶対作ってきてよね」
一方的に約束を押し付けて、彼女らは去っていきました。事が済んだらもう毒嶋さんには見向きもしません。
今からでも遅くはないよな、と毒嶋さんは思いました。
いつもの私なら、こんな金あいつらの目の前でベランダから撒き散らして、そのまま家に帰ってるところだ。今からでも遅くはないから、そうするべきじゃないのか。
ところが、毒嶋さんにはそれが出来ませんでした。こんな状況になっても以前のようにイライラした不快な感情が湧いてこないのです。今はただ怖いだけでした。いつの間にか、すっかり人に嫌われるのが怖くなってしまっていたのです。一週間前の毒嶋さんは誰に嫌われようと関係ないと思っていたのに。
心のバリアを解いてしまった毒嶋さんは、ミノを剥かれたミノムシ同然でした。
……帰ったら、惚れ薬を作り始めよう。