思い出とともに
いつも隣にいた君を失って、共に歩んでいた道の中で立ち止まった。辺りを見回しても、もうどこにも居ない。私は、今も君を探して迷っている。
小さな体が埋まっている土の上に置いてある石を撫で、手を合わせた。目を瞑って君との過去を振り返る。いつも一緒に居て、もっと一緒に居られると思っていたの。けれど、君は、とても呆気なくその命を終わらせた。
「行ってきます、ルカ」
悲しさに胸が一杯になって、笑顔が歪んでしまったような感じがする。けれど、涙は流れていない。小さな手提げカバンを持つと、玄関を出て行った。
じりじりと熱い日差しに目をかすめ、私は彼と歩いた道を歩き返していた。
丁度こんな天気だったかもしれない。彼とのお散歩をしていたのは。
彼はとても気まぐれで、毎日散歩したくても中々姿を見せてくれない。やっと一緒に散歩してくれると思っても、彼はとことこと先を歩いていた。そして、歩道に出た途端、小さな体は小型のトラックとぶつかった。
「ルカ――――ッ!」
その光景が信じられなくて、私は彼の名を叫んだ。急いで走りより、血まみれになった体を優しく触った。ブルーアイの瞳が私を見たかと思うと、彼の瞳から光が消えた。
「ルカ? ねぇ、ルカってば……ルカ――ッ!」
溢れた涙のせいで目の前がかすみ、彼の姿が滲んでいく。温かかった体が途端に冷たくなっていった。病院に駆け込んだとき、彼の命は事切れていた。
歩いていた足を止め、ゆっくりと周りを見回した。猫が溢れているこの街で、猫が死ぬことは珍しいことではなかった。猫に信号が分かるはずもなく、走り抜けようとした猫は、その多くは命を落としていた。ルカも、そのうちの一匹でしかない。
「……それでも……私にとっては……」
下唇を噛み、掌を握り締めた。彼は、私の初めてのお友達。小さい頃、両親がくれた初めてのペットであり、家族。つまらない家の中でも、彼が居れば毎日が楽しかった。
「ルカ……」
もう居ないと分かっていながら、猫の中に彼の姿を探してしまう。
「絶対探し出してみせるよ、ルカ」
私は誓うように言葉を吐き、足を進めた。
暫く街道を歩き続けた私は、一休みしようと土手に来ていた。目の前には幅が広い川がある。座った草がクッションのように柔らかい。そこに両足を抱えて座り込んだ。
「ハァ~……」
ため息を吐き出しながら、私は死ぬ直前のルカの瞳を思い出していた。最後に見たブルーアイの瞳。何かを伝えようとしていたような、少し悲しげな色を秘めていた。それが何かか分からない。けれど、確かなものは、私に何かを伝えていた。それだけは確信している。
「え?」
耳に届いた鳴き声に、私はハッとして目を向けた。その近くに小さな子猫がいた。ルカのように真っ黒な毛並みに、ブルーアイの瞳。
「ルカ?」
それは彼と見間違えるほどそっくりだった。手を伸ばそうとした私に驚いたのか、その子猫は私の元から逃げてしまった。
「あ……」
触ろうと伸ばした手は、空しく宙に止まった。その手をゆっくりと見つめる。幼かった手が、大きくなった手。いつから、ルカの体が小さく感じるようになったのだろう?
「ル、カ……」
開いていた手を握り締める。ふと、再び聞こえた鳴き声に目を向けると、母親らしき白い毛並みの綺麗な猫が先ほどの子猫と一緒にいた。
「貴女は……」
その二匹に、酷く懐かしさがこみ上げてくる。けれど、私を一瞥するなり、二匹は逃げるように走り出した。
「あ、待ってッ!」
私は慌てて二匹の後を追った。
二匹が入っていったのはルカと一緒に来たことのある公園だった。広い土地に、遊具が点々とある。
「……見失っちゃった……」
せっかく追ってきたというのに、二匹の姿を見失ってしまった。私は頭を垂れ、ベンチに座った。すると、再び聞こえた猫の鳴き声に、ハッと辺りを見回す。
「……いた」
木陰に黒い体が入っていくのを見つけ、私は抜き足でソッと近づいた。ゆっくりと顔を覗かせると、先ほどの二匹と共にもう一匹居る。黒と白の斑模様だが、その瞳は間違いなくブルーアイだった。
「もしかして……」
声をッ出してしまったせいで、猫たちに見つかってしまった。母親の猫は毛を逆立てて私を威嚇してくる。
「ご、ごめん。驚かす気はなかったのよ。そんなに怖がらないで」
小さな牙が口の中から覗いている。爪を立て、私を一生懸命唸っている。
「ルカ……もしかして、貴女はルカの……」
無意識に手を伸ばすと、母猫はその手を引っかいてきた。わずかに痛みが走るが、私は構わずに手を伸ばした。
「見つけたよ……ルカ。この子たちのことを、知らせたかったんだよね?」
白い毛並みに触れ、優しく撫でていく。私は目に涙が溜まっていくのを感じながら、それをふき取ろうとはしなかった。溜まった涙が溢れて流れていく。
「見つけた……見つけれた」
唸っていた母猫が、いつの間にか指を舐めていた。先ほど引っかかれた箇所だ。
「くすぐった……よっと」
母猫を抱き上げ、首の辺りを撫でてやった。気持ちがいいのか、喉を鳴らしている。
「一緒に行こう? ルカも喜ぶわ」
そう言うと、手提げカバンの中に、残りの二匹を入れた。三匹を抱え、私は自分の家へと向かった。
家に入ったから、三匹を離した。最初戸惑っていたようにうろついていた三匹だったけど、私がルカのお墓の前で手を合わせていると、いつの間にか近寄ってきてきていた。
「良かったね、ルカ」
土の上に置かれた石を撫で、私はニッコリと笑った。
この土の中には、私の大切な家族が埋まっている。二度と会えはしないけれど、彼が伝えようとしていたことを果たせたと思っている。
「ハク、行ってくるね。クロとルルをお願いね」
私の言葉に答えてくれているように、ハクは鳴いてくれた。母親のハクと、ルカに似ている長女のクロ、黒と白の斑模様のルル。そう名付け、三匹は私が飼うことにした。首には、ルカと同じ首輪をつけている。
「出来るだけ早く帰ってくるから」
ハクの頭を撫で、私は家を出た。ルカが死んでか七年。その一年後に、三匹を見つけた。私は、止めていた歩みを再開させた。迷い続けた道から抜け出し、私は歩く。けれど、たまには君を思い出すよ。君は隣に居ないけれど、ずっと一緒に歩んでいる。そこに、新たな家族が加わって。皆で歩いていっている。
眩しく照らしてくる太陽に手を翳し、私は新しい一歩を踏み出した。
THE END_