1
この小説に登場するサヴァン能力及びサヴァン能力はサヴァン症候群をモデルにしていますが、サヴァン症候群の人々を中傷するつもりは全くありません。
あくまでモデルにしているだけですのでご了承ください
世界大崩壊と呼ばれる大災害が地球を襲ってからおよそ三百年。人間たちは相も変わらず科学技術にご執心で、その復興力はすさまじいものがあった。大崩壊以前から蓄えてきた技術の結晶を再集結し、あっと言う間に世界は再構築された。復興というより、再生というより、どちらかといえば創造である。どこかの神は世界を七日間で創ったというが、七日間で完璧な世界が創れたかどうかは疑わしく、新しく創造されたこの世界を見ると、人間の方がより完璧な世界を創れてしまうのかもしれない。
流石にそこまで言ってしまえば神様にも申し訳ないが、人間にも世界を創ることくらいは簡単だということだ。
大崩壊以前の人々が築き上げてきた何千年の歴史がなんだったのかと思う程に、大崩壊以後の三百年で世界は大きく変わってしまった。
科学技術は崩壊以前よりも発達し、地球上で起こるあらゆる災害を未然に察知し、都市防衛機能が発動することにより、大災害による被害はほとんど無くなった。人口の増加により働けない者たちが増えてくると、ならば特定の働き手をあらかじめ用意しておけばいいという結論に達し、高度な人工知能を持つロボットに労働をさせた。
人権の持たないロボットたちの生産により生まれた金は世界中の人々に均等に行きわたるようシステム化され、富豪も貧民も難民も存在しない豊かな世界になった。
人間がおよそ持つ欲求も解消できるようになり、犯罪も減った。
そういう世界が続き、今現在はもはや一歩も外に出ることなく人生を謳歌できる環境が整っている。インターネット上にあらゆる情報は集まっているし、他者とのコミュニケーションもネット上で行われるのが今の世の中だ。興味のあること、やりたいことなどはヴァーチャルの世界で存分に行うことが出来るため、現実の世界で何かを果たすことなどもはや馬鹿げている、という考え方を持つ人々が増えた。
ARW。反現実世界という意味を持つヴァーチャル世界。ネット上ではたくさんのヴァーチャル世界が存在しているが、世界の人口の約八割が利用しているのがARWだ。創設者のアカウント・アダム氏(ARWにおける呼称)はヴァーチャル世界の神と称されるほどの偉人で、彼を批判する者こそいれど、圧倒的支持率によりARWは保たれている。
ARWは現実世界を否定するものとして、創設当初はあらゆる批判を受けた。だが、アダム氏が、今の現実世界に意味などないという意味の演説を繰り返し、そこに支持者が続々と増えていった。元々ヴァーチャル世界に住む人々の共感を得ることは容易く、少数派の現実主義者たちはあっという間に淘汰される結果となった。
そうして存在を認められたARWに、僕もまた、アカウントを作っているのだった。
「……それにしても」
退屈である。僕にとっては一日中仮想空間の中に居ることは苦痛だった。かといって、リアルに戻っても何もすることがなく、ARWに居続けてしまうのだが、正直、仮想空間内でやりたいことはもうやり尽くした感じがする。
「ん? なんだろうあれ」
暇を持て余し、仮想世界を散歩しているとき、一瞬何かの暗号のようなものを見た気がした。いや、暗号というより、単なる記号の羅列だろうか。もう一度目を凝らして探してみると、やはりあった。特に意味もない記号と数字の並びがばらまかれている。道行く他のユーザーたちはそれらを見つけても首をかしげるだけで特にこれといった興味を示さない。
僕はばらまかれているそれの内一つを手に取ってみた。本来意味のない物には手は出さない主義の僕だが、僕にとってこれらは全く意味がないわけではない。
「サヴァン同好会?」
記号の一つは、そのように読めた。
他のユーザーにはただの記号でしかないが、僕にはそう読むことが出来る。
「仮想に飽きたサヴァンたちの集まり、か」
サヴァンとは、一つの能力を失う代わりに飛びぬけた一つのサヴァン能力を持つ人々の総称だ。先天的であれ後天的であれ、科学技術の発展した世界でゆるやかに増加の傾向がある人々だ。数十年前からサヴァン能力を有効活用しようと研究を続けているサヴァン・ユーティリティ・スキル研究機関、通称SUS機関によって定義された。
サヴァン能力は普通の人々にとっては理解しがたい能力を持つことが多いため、僕たちのようなサヴァンにとっては仮想世界というのは大変ありがたいものがある。
サヴァン能力を公にすることもなく人と接することが出来る。
それでもサヴァン能力によって仮想世界の本質を見たり、気付かぬうちにサヴァン能力がばれてしまっていたりと、仮想世界に飽きやすいというのもまた、サヴァンの宿命である。
そしてこの記号のようなもの。仮想に飽き、現実では理解を得られないサヴァン同士なら互いを理解しあえるだろうという、傷の舐めあいではないけれど、そういう意図を含んでいるのかもしれない。
なるほど、僕にはうってつけの招待状というわけか。意味の分からない記号の集まりとしてこれをばらまいていたのは、サヴァンだけを集めるためなのかもしれない。いや、ほぼ間違いないだろう。
いい加減僕も、仮想世界には飽きが来ている。
ここいらで新しい物を読みに行くのもいいかもしれない。
手に取った記号には他のデータも隠されていた。
『明日の午後一時より、ARW第三六七サーバーにてサヴァン同士の集会を行います! 是非ご参加ください。アカウント・アリサ』
サヴァン同士の集会ということは、このアリサというユーザーもサヴァンなのか。どんなサヴァン能力を持っているのか、どれだけのサヴァンが集まるのか、興味がある。
この情報の溢れる世界でサヴァンの噂を聞くくらい珍しくはないが、サヴァンは基本的に引きこもりが多い。表舞台で活躍しているサヴァンもいるようだが、それもこの仮想世界に限っての話である。
「明日か。行ってみる価値はありそうだな」
僕は明日のサヴァン集会を楽しみにし、今日の残りの時間をARWの散歩に費やすことにした。