表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖は、棺桶小隊に剣を教えない  作者: 今井 幻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/13

第10話「棺桶の蓋が、開く」

 セラフィーナは立たなかった。


 焚き火の前で背筋を伸ばしたまま、テオの報告を聞き終えた。視線は北の闇に据えられたまま、微動もしない。


 リシェルは毛布を握りしめていた。


 人間。


 魔獣ではなく、人間が——夜の野営地を包囲している。


「何人」


 セラフィーナの声には、感情がなかった。


 焚き火の前で鍋の湯加減を聞くような、あの平坦さだった。


 テオが唾を呑んだ。耳を北に傾けたまま、指を折る。


「……六。いや、もっといる。北だけじゃない」


 目を閉じた。額の汗が焚き火に照らされて光る。


「東にも……二人。南東に三人。西は——わかんねえ、風下だ。でも、いる」


 呼吸が荒い。だがその目は開いている。焦点の合わない暗闇を、耳だけで見ている。


「十は超えてる」


「距離は」


 テオの眉が寄った。耳の奥で、何かを測るように。


「……遠い。三百歩以上ある。まだ走ってない——枝を踏む間隔が一定だ。じわじわ詰めてる。包囲を作ってんだ」


 セラフィーナの目が細まった。


 包囲陣形の構築中。全員が所定の位置につくまで突入しない。統率がある。だが——逆に言えば、まだ来ない。


「合図を待っている」


 セラフィーナが呟いた。


 テオが頷いた。「北の奴らが一番多い。たぶん、北が動いたら全員突っ込む」


 セラフィーナが立ち上がった。


 音がしなかった。


 座った姿勢から立った姿勢への移行が、水が流れるように滑らかだった。佩剣に手を伸ばさない。代わりに、焚き火の反対側を見た。


 ガルトの寝息。ノエルの影。クレアの毛布。


「時間はある。だが長くはない」


「リシェル」


 名前を呼ばれた。


 リシェルの体が跳ねた。毛布を蹴って起き上がる。声が出ない。だが目はセラフィーナを見ている。


「ガルトを起こしなさい。声は出さず、肩を二回叩く。起きたら剣を探して音を立てる。先に柄を握らせなさい」


 指示。具体的な。いつもの。


「クレアも同じ。彼女は状況を聞く前に動ける。起こしたら『北』とだけ伝えて」


 リシェルは頷いた。声が出ないまま、這うように焚き火の横を回った。


「テオ」


「はいっ」


「連中が走り出したら教えろ。枝を踏む間隔が変わる——等間隔が崩れたら、それが合図だ」


 テオが頷いた。鞘先の割れた剣を握る手が白い。


 セラフィーナは三歩で焚き火を回り込み、ノエルの傍に膝をついた。


 剣を抱いて横たわっている。他の隊員から少し離れた場所。相変わらずの斜に構えた寝方だ。


 セラフィーナはノエルの肩に触れなかった。代わりに、彼の剣の鍔を指一本で弾いた。


 金属が微かに鳴る。


 ノエルの目が開いた。


 反射的に剣を握り直す。体が跳ね起きかけた瞬間、セラフィーナの手のひらがノエルの額を押さえた。静かに。だが動けない。


「起きなさい。声を出さず」


 ノエルの目が闇に順応する。教官の顔が、焚き火の逆光で輪郭だけになっている。


「客が来ています。十人以上」


 ノエルの喉が動いた。何か言いかけて、飲み込んだ。


 セラフィーナは手を離した。


「今から配置を変えます。指示通りに動きなさい」


 *


 全員が起きるまで、四十秒もかからなかった。


 リシェルがガルトの肩を二回叩いた。巨漢の目が開く。寝ぼけた手が傍の剣を探して宙を掻く——その手にリシェルが柄を握らせた。教官の言った通りだった。


 クレアは「北」の一言で目の色が変わった。毛布を音を立てずに畳み、低い姿勢のまま焚き火から離れた。


 五人が焚き火の明かりの届かない暗がりに集まった。


 セラフィーナの声は囁きだった。だが一語も聞き漏らせない明瞭さがある。


「寝ていた場所に毛布を丸めて置きなさい。形を作れ。人が寝ているように見えれば十分」


 ノエルが舌打ちした。小さく。だが手は動いている。


「囮かよ」


「囮です」


 セラフィーナは否定しなかった。


 十秒で五つの「寝姿」が焚き火の周囲に並んだ。暗がりの中なら、人が寝ている輪郭に見えなくもない。


「配置を伝えます。一度しか言いません」


 セラフィーナの指が闇の中で方角を示した。


「ガルト。南東の窪みの縁、腰ほどの灌木がある。その手前に膝をつけ。盾はない。だが——」


「俺が壁になりゃいい」


 ガルトの声は低く、寝起きの濁りがあった。だが迷いはなかった。


「壁ではありません。蓋です。南東から来る三人がこちらに入ろうとする。その通り道を、あなたの体で塞ぎなさい。押し返さなくていい。立っているだけでいい。奇襲を外した人間は判断が遅れる。退路に影があるだけで足が止まる」


 ガルトが頷いた。剣を握って闇に消えた。足音がほとんどしない。鈍重と呼ばれた巨体が、地面を踏みしめる確かさだけを残して動いた。


「ノエル。街道の西側、荷車の轍が残っている場所を通り過ぎた先に、窪地がもうひとつある。身を伏せなさい」


「……遠い」


「遠いから意味がある。あなたは遠い場所から一度だけ飛び込む。それまでは石のように動くな」


 ノエルの目が細まった。だが反論はしなかった。剣を抱えたまま、猫のように低い姿勢で闇に溶けた。


「クレア。焚き火の南、大きな石がある。その陰に座りなさい。戦闘には入らなくていい。誰かが怪我をしたとき、あなたが最初に気づける位置」


「はい」


 クレアの声には一切の震えがなかった。真面目で、短く、確かだった。


「テオ。耳を使い続けなさい。私の隣にいて」


 テオが頷いた。脂汗が引いていない。だが、目だけは動いている。暗闇を見ていない。暗闇の中の音を、全身で拾っている。


「リシェル」


 最後に呼ばれた。


 リシェルは教官の顔を見上げた。焚き火の残り火が、セラフィーナの横顔をわずかに照らしている。表情は読めない。いつもの、何を考えているかわからない冷たさだった。


「あなたは私の言葉を、全員に通しなさい」


「——通す?」


「私の指示は短い。全員がそれを聞ける距離にはいない。あなたが私の言葉をそのまま、大きな声で繰り返す。一語も変えず、一語も足さず」


 リシェルの胸が詰まった。


 それは——


「できますか」


 問いではなかった。確認だった。


「……はい」


 セラフィーナが頷いた。


 そして焚き火に背を向けた。


 全員がいた場所から、十五歩ほど北にずれた位置。焚き火の光がぎりぎり届かない境界線。


「敵が見ているのは焚き火です。あの光の中に人がいると思っている。奇襲とは——相手が見えている場所を突くことです。だから」


 セラフィーナは振り返らなかった。


「見えない場所にいれば、奇襲は成立しません」


 *


 待つ時間は、長くなかった。


 テオの耳が先に拾った。


「来る」


 囁き。だが確信があった。


「間隔が変わった——北の連中が走り出した。四人。全力。焚き火に向かってる」


 次の瞬間、闇が割れた。


 北の森から影が飛び出した。短剣を構えた男が二人、その後ろに剣を持った影がもう二人。全員が焚き火の光を目指して走っていた。


 寝ている人間を叩き起こされる前に仕留める。そういう走り方だった。


 毛布に刃が突き立つ。


 一人目の短剣が、丸めた毛布の塊を貫いた。


「——は?」


 声が漏れた。刃の下に、人の体がない。


 二人目が隣の毛布を蹴った。転がったそれは、ただの布の塊だった。


「いねえぞ!」


 怒号が上がった。


 東からも影が飛び込んできた。二人。同じように焚き火を目掛けて走り、同じように空の毛布と対面した。


「嘘だろ、全部空だ——」


 混乱が始まった。


 焚き火の周囲に六人の影が固まった。互いの顔を見ている。暗闘の訓練を受けていない人間特有の、光源に集まってしまう習性。炎に照らされた彼らの顔には、革の防具と泥汚れ。正規軍の装備ではない。


 盗賊崩れ。


 セラフィーナの声が、囁くようにリシェルの耳に届いた。


「声を出しなさい。何でもいい——大きく。闇の中にこちらがいると教えてやりなさい」


 リシェルは息を呑んだ。


 意味はすぐにわかった。敵は焚き火の周りに固まっている。互いの背中を守り合える塊。だが闇の外から声が飛べば、「獲物がいる方向」を認識して散る。焚き火の光を離れた瞬間、彼らは暗闇の中で裸になる。


 ——そしてその散り方の先に、ガルトがいる。


 声を出すこと自体が、罠だ。


 だけど。


 喉が詰まった。声が出ない。闇の中に敵がいて、刃物が光っていて、丸めた毛布が切り裂かれていて——


 だけど。


 教官の声は、訓練場と同じだった。


 いつもの声だ。鍋の湯加減を確かめるときと、同じ温度。


 だからリシェルは叫んだ。


「こっちだ——!」


 声が夜を裂いた。自分でも驚くほど通った。


 焚き火の周りで固まっていた男たちが弾かれた。声の方向を向く。闇の中に「獲物」がいることを認識して、散開し始めた。


 焚き火を捨てて闇に飛び出す者。声の方角に短剣を構えて走り出す者。——統制が崩れた。固まっていた塊が、ばらける。


 南東に逃げた三人の足が——止まった。


 灌木の前に、影が立ち上がっていた。


 月明かりに浮かんだ巨体。ガルトが膝を伸ばし、幅広の片手剣を正面に構えて立った。それだけだった。振らない。踏み込まない。ただ、そこに立った。


 灌木の隙間、焚き火から逃げる唯一の裏道。そこに蓋があった。


 教官の言葉が正しかった。奇襲を外して焦った人間は、退路に立つ影ひとつで足が竦む。一瞬の足踏み。それで十分だった。


 三人が戻る。焚き火の明かりの中へ、再び押し戻された。


「テオ、リーダーはどれ」


 セラフィーナの声。


 テオが答えた。息が荒い。だが目——いや、耳が敵を追っていた。


「真ん中の——声がでかい奴。革鎧、右手に片手剣。さっきから指図してる」


 焚き火に近い位置で怒鳴っている男がいた。「固まるな」「囲め」「声の方を——」と、短い指示を飛ばしている。他の連中がその声に反応して動いている。


「リシェル」


「はい」


「『リーダーの右に隙間を空けろ。左から押せ、右には誰も立つな』」


 リシェルは考えなかった。教官が言った。一語も変えるなと言った。だから——


「リーダーの右に隙間を空けろ! 左から押せ、右には誰も立つな!」


 ガルトが動いた。南東の蓋を維持したまま、声で焚き火の方向を確認し、低い唸りを上げて左側から圧力をかけた。


 男たちが右に寄る。本能的に、圧力がかからない方向へ逃げた。


 リーダーの右側に、空間が生まれた。


 人ひとり分の隙間。


 暗くて、誰もいない空間。


 セラフィーナの声が落ちた。


「ノエル——今」


 リシェルが叫んだ。


「ノエル——今ッ!」


 街道の西側、荷車の轍の先の窪地から、影がひとつ弾け飛んだ。


 リシェルの声が闇を貫いた瞬間に、ノエルの足が地面を蹴っていた。


 二十歩以上ある。だが、その二十歩を全力で詰めたとき、ノエルの剣速はたった一度だけ、正規の騎士と遜色がなくなる。


 助走のすべてを、一振りに注ぐ。


 リーダーの右側——誰もいない隙間に、ノエルが飛び込んだ。


 剣が振り下ろされた。


 金属が砕ける音がした。


 焚き火の火の粉が舞い上がるほどの衝撃。リーダーの片手剣が——柄の根元から折れ、刀身が地面に突き刺さった。


 リーダーが呻いた。衝撃で膝をつく。右手が痺れて動かない。


 折れた刀身が焚き火の光を反射して、地面に刺さったまま揺れている。


「——なっ」


 リーダーの声が裏返った。


 周囲の連中が凍りついた。今まで指示を出していた男の武器が、一瞬で破壊された。


 ノエルは追撃しなかった。


 振り抜いた姿勢のまま、息を切らして立っていた。腕が震えている。一撃。たった一撃で、全身の力を使い切っている。


 だが、それで十分だった。


 セラフィーナの声が、最後に響いた。


「終わりです。武器を捨てなさい」


 声の方向が変わっていた。


 いつの間にか、セラフィーナは焚き火の光の中に立っていた。佩剣の柄に手を添えたまま。抜いてはいない。


 男たちは見た。


 焚き火に照らされた銀灰色の髪。軍服。佩剣。そして——顔に浮かぶ感情の、完全な不在。


 怒っていない。焦っていない。汗すらかいていない。


 十人以上の武装した人間に包囲されていたはずの女が、自分たちの奇襲を空振りさせ、導線を支配し、リーダーの武器を破壊した。その全過程において、一度も剣を抜いていない。


「っ——」


 リーダーが立ち上がろうとした。右手はまだ痺れている。左手で腰の短剣を探る。


 セラフィーナの目が動いた。


 リーダーと視線が合った瞬間、男の手が止まった。


 理由はわからない。剣を抜かれたわけではない。脅されたわけでもない。だが、あの目と向き合った瞬間——自分の体の中に「次」がどうなるかの予感が、冷水のように流れ込んだ。


 短剣を抜いたら、死ぬ。


 直感ではない。確信だった。あの女の目は、自分が短剣を抜くことを——もう知っていた。


 リーダーの手が、短剣の柄から離れた。


「……撤退だ」


 声が掠れていた。


「全員——引け」


 男たちは走った。来た時よりも速く、来た時よりも静かに。闇の中へ消えていく足音を、テオの耳が最後まで追い続けた。


 やがて——足音が、完全に消えた。


 *


 焚き火が爆ぜた。


 誰も、動けなかった。


 リシェルは自分の喉を押さえていた。さっき叫んだ声がまだ残っている。喉が痛い。だが体が震えている理由は、痛みではなかった。


 動いた。


 教官の言葉を叫んで、全員が動いて、敵が逃げた。


 ガルトが灌木の前からゆっくりと戻ってきた。幅広の剣を肩に担ぎ、首を回している。一度も振っていない。振る必要がなかった。


「……起こされたから、てっきり暴れるもんだと思ったんだがよ」


 ガルトの声は呑気だった。だがその目は、焚き火の向こうに立つ教官を見ている。


 ノエルは焚き火の脇に座り込んでいた。剣を膝に乗せ、自分の右腕を左手で押さえている。全力の一撃の反動が腕に残っている。


「クソ……一発しか打てねえのは相変わらずかよ」


 悪態をついた。だが口元が歪んでいるのは、苦痛ではなかった。


 一発で——十分だった。


 教官が作った隙間に飛び込んで、一発だけ振った。それだけで、戦いが終わった。


 クレアが大きな石の陰から現れた。全員を見回し、怪我がないことを確認して、小さく息を吐いた。


「……誰も、怪我してない」


 声が震えていた。クレアの声が。真面目で、几帳面で、いつも冷静なクレアの声が。


「ほんとに——誰も」


 テオがそこにいた。


 鞘先の割れた剣を握ったまま、地面に座り込んでいた。膝を抱えるように。脂汗はもう引いていた。目は開いている。暗闘の間ずっと開いていた目が、今は焚き火の明かりを見つめていた。


 火が爆ぜる音。風の音が、少しずつ戻ってきている。戦闘の間は聞こえなかった、木立を渡る冬の乾いた風。


「教官」


 テオが言った。


 セラフィーナは振り返らなかった。北の闇を見つめている。


「俺——」


 テオの声が、途切れた。一度、唇を噛んだ。


「俺、初めて怖くなかった」


 焚き火が揺れた。風が変わったのだ。


「嘘だ。怖かった。足音が聞こえた時はクソ怖かった。でも——教官が『聞け』って言ったから。聞いてたら、足音しか聞こえなくなって。怖いとか考える前に、耳が勝手に拾っちまうんだ」


 言葉が溢れていた。整理されていない。テオらしい、怯えと興奮が入り混じった、とりとめのない言葉。


「今まではさ、怖くて何も聞こえなくなってた。頭が真っ白になって。でも今日は逆だった。怖いのに——全部聞こえた」


 リシェルはテオの横顔を見ていた。


 臆病者だと言われていた男。怯えて、震えて、まともに剣も握れなかった男。


 その男が——暗闇の中で、十人以上の敵の足音を正確に数え、位置を割り出し、教官に報告した。


「教官の言う通りだった」


 テオが呟いた。


「怖いのは——才能だったんだ」


 セラフィーナは、まだ北の闇を見ていた。


 長い沈黙。


 テオの言葉への返事は、来なかった。


 代わりに。


「全員、一時間だけ寝なさい。見張りは私が立ちます」


 ノエルが舌打ちした。「感動的な場面で台無しにしやがって」


 ガルトが欠伸をした。「まあ、教官だからな」


 リシェルだけが、教官の横顔を見ていた。


 焚き火の明かりに照らされた横顔。北の闘を見つめる目。その目は——テオを見ていなかった。敵が去った方角を、まだ見ている。


 何かを考えている。


 テオの成長を喜ぶ顔ではなかった。クレアの「誰も怪我してない」という言葉に安堵する顔でもなかった。


 何か——引っかかることがあるような。


 リシェルはノートを開こうとして、やめた。


 今は書く時ではない。


 教官に言われたのだ。書き写すな。理由を考えろ、と。


 だから考える。


 なぜ教官は——敵が去った方角を、あんな目で見ていたのか。


 答えは出なかった。だがリシェルは、その問いを胸の中に留めた。書かないまま。考え続けるために。


 セラフィーナは焚き火に薪をくべた。


 炎が一瞬大きく揺れ、教官の影が地面に長く伸びた。


 ——盗賊崩れ。装備は粗末。練度も低い。


 だが、数はいた。十人以上。野営地の位置を正確に把握し、四方から包囲する段取りを踏んでいた。


 この辺境で。この時期に。この場所を。


 セラフィーナは炎を見つめた。


 村の防衛から帰る行軍路は、事前に上に報告している。変更はしていない。つまり——行軍路を知っている者なら、野営地の位置は推測できる。


 偶然だろうか。


 偶然で片付けるには、あまりにも——


 焚き火が爆ぜた。火の粉が夜空に舞い上がり、消えた。


 セラフィーナはそれ以上、考えを言葉にしなかった。


 東の空は、まだ暗い。夜明けには遠い。


 五人の教え子が、焚き火の周りで眠りについていく。切り裂かれた毛布の代わりに、互いの体温を寄せ合うように。


 セラフィーナは北を見た。


 南を見た。


 東を。西を。


 そして——空を見上げた。


 星が出ている。冬の星だ。北境の星は、王都よりも近い。


「……問題ない」


 誰に言ったのでもなかった。


 自分に言い聞かせるような声で、セラフィーナは呟いた。


「今夜は——問題ない」


 焚き火の番をしながら、教官は朝まで一度も目を閉じなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ