芝浜ファンタジー(後編)
それからの俺は、人が変わったように働いた。
朝は誰よりも早く起き、市場で新鮮な食材やポーションの素材を仕入れる。
昼はダンジョンへ潜り、【鑑定眼】を駆使して価値あるアイテムだけを効率よく回収する。
夜は仕入れた素材を加工し、露店で売る。
「いらっしゃい! この『ハイ・ポーション』は品質Sランクだ! 効き目が違うぜ!」
「こっちの『ミスリル鉱石』は純度99%! 鍛冶屋の親父さんも太鼓判だ!」
最初は小さな露店から始まった商売だったが、俺の【強運】によるレア素材の入手率と、【鑑定眼】による確かな目利きは、次第に評判を呼んだ。
何より、酒を断ち、真面目に客と向き合うようになった俺を、周囲が見直してくれた。
「カッツ、お前最近いい顔つきになったな」
「ああ、昔の『酔いどれカッツ』が嘘みたいだ」
そんな言葉をかけられるたび、俺は照れくさく笑いながらも、心の中でハマーに感謝した。
あいつが支えてくれたから、俺はここまでこれたんだ。
一年が経ち、露店は小さな店舗になった。
二年が経ち、店舗は二階建てになり、従業員を雇えるようになった。
そして三年が経った頃――。
俺は、王都でも五本の指に入る大商会『カッツ・トレーディング』の会頭になっていた。
◇
季節は冬。
この世界でいう大晦日にあたる『星降る夜』。
街は雪に覆われ、教会の鐘が厳かに鳴り響いている。
俺は仕事を早めに切り上げ、従業員たちにボーナスを配り終えると、ハマーの待つ屋敷へと帰った。
かつての貧乏長屋とは比べ物にならない、暖炉付きの広いリビングがある屋敷だ。
「ただいま、ハマー」
「お帰りなさいませ、旦那様」
出迎えてくれたハマーは、上質な絹のドレスを身にまとっていた。
その姿は、どこかの国の姫君と言われても信じてしまうほど美しい。
俺は彼女に、とっておきのプレゼント――幻の『虹色真珠』のネックレスを渡した。
「いつもありがとう、ハマー。これ、受け取ってくれ」
「まあ……綺麗。ありがとうございます」
ハマーは嬉しそうに微笑むと、それを大切そうに胸に抱いた。
そして、ふと真剣な表情になり、俺に向き直った。
「旦那様。……少し、お話があります」
「ん? なんだ改まって」
「座ってください」
促されるまま、暖炉の前のソファに腰を下ろす。
パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな部屋に響く。
ハマーは俺の前に正座すると、懐から一つの革袋を取り出した。
見覚えのある、古びた革袋だ。
「……それは?」
「旦那様。これを開けてみてください」
俺は首を傾げながら、袋を受け取り、口を開けた。
中から出てきたのは――。
青く透き通った、拳大の宝石。
内側に海を閉じ込めたような、神秘的な輝き。
「……ッ!?」
俺は息を呑んだ。
忘れるはずがない。
三年前、俺が海岸で拾い、そして「夢だった」と信じ込んでいた、あの『海竜王の涙』だ。
「な、なんで……これがここに……?」
俺は震える声で尋ねた。
これは夢見茸が見せた幻覚じゃなかったのか?
俺の願望が生み出した妄想じゃなかったのか?
ハマーは深く頭を下げたまま、静かに語り始めた。
「……三年前のあの日。旦那様は確かに、これを拾って帰ってきました」
「えっ……」
「そして、大宴会を開いて泥酔し、これを枕元に放り出して寝てしまったのです」
ハマーの声が少し震えている。
「私は怖くなりました。こんな国宝級のアーティファクトを、今の旦那様が持っていたら……きっとろくなことにならない。お金に変えても、すぐに酒と博打で使い果たし、最後には身を滅ぼしてしまう……そう思ったのです」
「だから……」
「はい。旦那様が寝ている間に、私はこれを領主様の元へ届けました。『拾得物』として預かっていただき、もし持ち主が現れなければ、正規の手続きを経て払い下げてほしいと願い出たのです」
ハマーは顔を上げ、涙を浮かべた瞳で俺を見つめた。
「そして翌朝、私は嘘をつきました。『あれは夢だった』と。……旦那様を騙したのです」
「…………」
「ごめんなさい。ずっと、苦しかった。旦那様が必死に働いて、立派になればなるほど……私は自分のついた嘘が許せなくなっていった。……本当に、申し訳ありませんでした!」
ハマーは再び深く頭を下げ、床に額を擦り付けた。
その肩が、小さく震えている。
俺はしばらく、手の中の宝石を見つめていた。
不思議と、怒りは湧いてこなかった。
むしろ、腑に落ちたような感覚だった。
あの時の俺は、確かにクズだった。
もしあのまま大金を手に入れていたら、ハマーの言う通り、俺は間違いなく破滅していただろう。
今の俺があるのは、今の幸せがあるのは、すべてハマーの「嘘」のおかげだ。
俺は静かに立ち上がり、ハマーの前に膝をついた。
そして、彼女の肩に優しく手を置いた。
「顔を上げてくれ、ハマー」
「……旦那様……」
「礼を言うのは、俺の方だ」
「え……?」
「お前があの時、俺を騙してくれなかったら……俺は一生、あの薄暗い長屋で、酒の夢に溺れて死んでいただろう。お前のおかげで、俺は本当の『人生』を手に入れることができたんだ」
俺は宝石を革袋に戻し、テーブルの上に置いた。
そして、ハマーの手を両手で包み込んだ。
「ありがとう、ハマー。お前は俺の、最高の『強運』だ」
「……うっ……うぅ……旦那様ぁ……!」
ハマーは俺の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。
俺は彼女の背中を、優しく撫で続けた。
◇
しばらくして、ハマーが泣き止むと、俺たちは改めて暖炉の前で向かい合った。
憑き物が落ちたような、穏やかな空気が流れている。
「さて、と。これで隠し事はなしだ」
俺が言うと、ハマーは少し照れくさそうに目を赤くしながら、立ち上がった。
そして、サイドボードから一本のボトルと、二つのグラスを取り出した。
「旦那様。……久しぶりに、いかがですか?」
それは、かつて俺が大好きだった銘酒『ドワーフ殺し』だった。
ハマーが、今日のために用意してくれていたのだろう。
「お祝いです。旦那様の成功と……私たちの新しい門出に」
トクトクと、琥珀色の液体がグラスに注がれる。
芳醇な香りが鼻をくすぐる。
三年ぶりの酒の香り。
喉がゴクリと鳴る。
「さあ、どうぞ」
ハマーがグラスを差し出す。
俺はそれを受け取ろうと手を伸ばし――。
ふと、動きを止めた。
グラスの中で揺れる液体を見つめる。
そして、ニヤリと笑って、グラスをテーブルに置いた。
「……いや、よそう」
「え? どうしてですか? 今日くらいは……」
不思議そうにするハマーに、俺はウィンクをして言った。
「また『ステータス異常:幻覚』にかかっちまうといけねえ」
(終)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
『芝浜ファンタジー』いかがでしたでしょうか。
古典落語の中でも屈指の人情噺である『芝浜』。
原典では「革財布」を拾うところを「神話級アーティファクト」に、「夢だと言いくるめる」ところを「状態異常:幻覚」というファンタジー設定に置き換えてみました。
主人公のカッツはチートスキル持ちですが、あえて「スキルに頼りきったダメ人間」として描き、そこから「労働の尊さ」に目覚める過程を意識しました。
(異世界転生モノだと、どうしても「スキルで楽して成功」になりがちですが、たまには汗水垂らして働く転生者がいてもいいですよね)
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それでは、また次の高座でお会いしましょう。




