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芝浜ファンタジー(後編)

それからの俺は、人が変わったように働いた。


朝は誰よりも早く起き、市場で新鮮な食材やポーションの素材を仕入れる。

昼はダンジョンへ潜り、【鑑定眼】を駆使して価値あるアイテムだけを効率よく回収する。

夜は仕入れた素材を加工し、露店で売る。


「いらっしゃい! この『ハイ・ポーション』は品質Sランクだ! 効き目が違うぜ!」

「こっちの『ミスリル鉱石』は純度99%! 鍛冶屋の親父さんも太鼓判だ!」


最初は小さな露店から始まった商売だったが、俺の【強運】によるレア素材の入手率と、【鑑定眼】による確かな目利きは、次第に評判を呼んだ。

何より、酒を断ち、真面目に客と向き合うようになった俺を、周囲が見直してくれた。


「カッツ、お前最近いい顔つきになったな」

「ああ、昔の『酔いどれカッツ』が嘘みたいだ」


そんな言葉をかけられるたび、俺は照れくさく笑いながらも、心の中でハマーに感謝した。

あいつが支えてくれたから、俺はここまでこれたんだ。


一年が経ち、露店は小さな店舗になった。

二年が経ち、店舗は二階建てになり、従業員を雇えるようになった。

そして三年が経った頃――。


俺は、王都でも五本の指に入る大商会『カッツ・トレーディング』の会頭になっていた。



季節は冬。

この世界でいう大晦日にあたる『星降る夜』。

街は雪に覆われ、教会の鐘が厳かに鳴り響いている。


俺は仕事を早めに切り上げ、従業員たちにボーナスを配り終えると、ハマーの待つ屋敷へと帰った。

かつての貧乏長屋とは比べ物にならない、暖炉付きの広いリビングがある屋敷だ。


「ただいま、ハマー」


「お帰りなさいませ、旦那様」


出迎えてくれたハマーは、上質な絹のドレスを身にまとっていた。

その姿は、どこかの国の姫君と言われても信じてしまうほど美しい。

俺は彼女に、とっておきのプレゼント――幻の『虹色真珠』のネックレスを渡した。


「いつもありがとう、ハマー。これ、受け取ってくれ」


「まあ……綺麗。ありがとうございます」


ハマーは嬉しそうに微笑むと、それを大切そうに胸に抱いた。

そして、ふと真剣な表情になり、俺に向き直った。


「旦那様。……少し、お話があります」


「ん? なんだ改まって」


「座ってください」


促されるまま、暖炉の前のソファに腰を下ろす。

パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな部屋に響く。


ハマーは俺の前に正座すると、懐から一つの革袋を取り出した。

見覚えのある、古びた革袋だ。


「……それは?」


「旦那様。これを開けてみてください」


俺は首を傾げながら、袋を受け取り、口を開けた。

中から出てきたのは――。


青く透き通った、拳大の宝石。

内側に海を閉じ込めたような、神秘的な輝き。


「……ッ!?」


俺は息を呑んだ。

忘れるはずがない。

三年前、俺が海岸で拾い、そして「夢だった」と信じ込んでいた、あの『海竜王の涙』だ。


「な、なんで……これがここに……?」


俺は震える声で尋ねた。

これは夢見茸が見せた幻覚じゃなかったのか?

俺の願望が生み出した妄想じゃなかったのか?


ハマーは深く頭を下げたまま、静かに語り始めた。


「……三年前のあの日。旦那様は確かに、これを拾って帰ってきました」


「えっ……」


「そして、大宴会を開いて泥酔し、これを枕元に放り出して寝てしまったのです」


ハマーの声が少し震えている。


「私は怖くなりました。こんな国宝級のアーティファクトを、今の旦那様が持っていたら……きっとろくなことにならない。お金に変えても、すぐに酒と博打で使い果たし、最後には身を滅ぼしてしまう……そう思ったのです」


「だから……」


「はい。旦那様が寝ている間に、私はこれを領主様の元へ届けました。『拾得物』として預かっていただき、もし持ち主が現れなければ、正規の手続きを経て払い下げてほしいと願い出たのです」


ハマーは顔を上げ、涙を浮かべた瞳で俺を見つめた。


「そして翌朝、私は嘘をつきました。『あれは夢だった』と。……旦那様を騙したのです」


「…………」


「ごめんなさい。ずっと、苦しかった。旦那様が必死に働いて、立派になればなるほど……私は自分のついた嘘が許せなくなっていった。……本当に、申し訳ありませんでした!」


ハマーは再び深く頭を下げ、床に額を擦り付けた。

その肩が、小さく震えている。


俺はしばらく、手の中の宝石を見つめていた。

不思議と、怒りは湧いてこなかった。

むしろ、腑に落ちたような感覚だった。


あの時の俺は、確かにクズだった。

もしあのまま大金を手に入れていたら、ハマーの言う通り、俺は間違いなく破滅していただろう。

今の俺があるのは、今の幸せがあるのは、すべてハマーの「嘘」のおかげだ。


俺は静かに立ち上がり、ハマーの前に膝をついた。

そして、彼女の肩に優しく手を置いた。


「顔を上げてくれ、ハマー」


「……旦那様……」


「礼を言うのは、俺の方だ」


「え……?」


「お前があの時、俺を騙してくれなかったら……俺は一生、あの薄暗い長屋で、酒の夢に溺れて死んでいただろう。お前のおかげで、俺は本当の『人生』を手に入れることができたんだ」


俺は宝石を革袋に戻し、テーブルの上に置いた。

そして、ハマーの手を両手で包み込んだ。


「ありがとう、ハマー。お前は俺の、最高の『強運ラック』だ」


「……うっ……うぅ……旦那様ぁ……!」


ハマーは俺の胸に飛び込み、子供のように泣きじゃくった。

俺は彼女の背中を、優しく撫で続けた。



しばらくして、ハマーが泣き止むと、俺たちは改めて暖炉の前で向かい合った。

憑き物が落ちたような、穏やかな空気が流れている。


「さて、と。これで隠し事はなしだ」


俺が言うと、ハマーは少し照れくさそうに目を赤くしながら、立ち上がった。

そして、サイドボードから一本のボトルと、二つのグラスを取り出した。


「旦那様。……久しぶりに、いかがですか?」


それは、かつて俺が大好きだった銘酒『ドワーフ殺し』だった。

ハマーが、今日のために用意してくれていたのだろう。


「お祝いです。旦那様の成功と……私たちの新しい門出に」


トクトクと、琥珀色の液体がグラスに注がれる。

芳醇な香りが鼻をくすぐる。

三年ぶりの酒の香り。

喉がゴクリと鳴る。


「さあ、どうぞ」


ハマーがグラスを差し出す。

俺はそれを受け取ろうと手を伸ばし――。


ふと、動きを止めた。


グラスの中で揺れる液体を見つめる。

そして、ニヤリと笑って、グラスをテーブルに置いた。


「……いや、よそう」


「え? どうしてですか? 今日くらいは……」


不思議そうにするハマーに、俺はウィンクをして言った。


「また『ステータス異常:幻覚ユメ』にかかっちまうといけねえ」


(終)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

『芝浜ファンタジー』いかがでしたでしょうか。


古典落語の中でも屈指の人情噺である『芝浜』。

原典では「革財布」を拾うところを「神話級アーティファクト」に、「夢だと言いくるめる」ところを「状態異常:幻覚デバフ」というファンタジー設定に置き換えてみました。


主人公のカッツはチートスキル持ちですが、あえて「スキルに頼りきったダメ人間」として描き、そこから「労働の尊さ」に目覚める過程を意識しました。

(異世界転生モノだと、どうしても「スキルで楽して成功」になりがちですが、たまには汗水垂らして働く転生者がいてもいいですよね)


もし「面白かった」「いい話だった」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります!


それでは、また次の高座でお会いしましょう。



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