第二十四章 レオナルド「打つ手なし」
完全にお手上げだった。
奪われた都市を奪還する。
作戦自体は大成功だった。
お互いの主力が野戦に打って出ていた為に、攻城戦において、直接市街地へのダメージはさほどなかった。
これにより、毎年のように国境ラインが変わっている北方山岳地帯を除いては、開戦前の防衛ラインに戻った。
つまり、振り出し、開戦前夜に戻ったわけである。
長年国境線が変わらなかったのには訳がある。
お互いに侵攻してくる敵軍を粉砕する訓練は嫌というほどしており、先に動いた方が返り討ちにあうのは誰の目にも明らかだった。
(うかつに動けない──)
この先の戦いに勝ったところで、百戦百勝などというのはありえないことであり、いつかは負ける。
勝ち続けるうちに気づかぬうちに、心に緩みが出てくる。そして、負ける。
慢心ゆえの負けは、今以上の酷い結果をもたらすだろう。
(戦わないのが最善。
戦うならば負けないこと。
派手な勝利が一番悪い──)
しかし、勝利に浮かれている軍上層部は、このまま反転攻勢を続けるつもりらしい。
実際に、空席であったレオナルドの副官に先の戦いにおいて主力部隊に配置されていたマルガリート少将が就任した。
それは、レオナルド部隊を主力とみなすと宣言したにも等しかった。
(主力というにはあまりにも戦力が足りない。速さが──
訓練も足りてない。連携に関しては目も当てられない──)
壁に掛けられた地図を見ていたレオナルドは、大きく息を吐くと小さく呟いた。
「実践で鍛えるしかないか──」
覚悟を決めた鋭い目は地図の一点を見つめていた。
───
「部隊を三つに分ける」
レオナルドは地図を指す。
「一つは東から
一つは西から
最後は南からだ」
ゆっくりと参加者の顔を見渡した。
「大砲の有効射程ラインは先ほど言った通りだ。忘れるな!」
キュキュッと、地図に線を引く。
「ギリギリのラインを並走しろ。
タイミングを見計らって──
東の部隊が侵攻」
地図をトントンと人差し指で叩く。
「敵が反応したのを確認したら、西の部隊が侵攻。
それに合わせて、東の部隊は有効射程外に離脱」
場所を変えて、地図を叩く。
「西の部隊に反応したら、今度は南の部隊が侵攻」
あらためて、参加者の顔を見渡す。
「あとは同様の繰り返しだ。
三度繰り返した後、全軍前線より離脱、撤収」
地図から手を離す。
「以上だ!」
「レオナルド少将! こんな作戦は無意味です。そもそも本気で攻め込まないなど軍法会議ものです!」
マルガリート副官がレオナルドにくってかかる。
「今の熟練度では本気で突っ込んでも全滅するだけだ。まずはまともな機動力を手に入れてからだ。当たらない大砲など怖くないだろ?
実戦に勝る訓練ほど効率のいいものはないよ。貴官も準備にかかりたまえ西の部隊は君の指揮下だ」
レオナルドは相手にせずに受け流した。
「今に見ていろ──」
去っていくレオナルドの背を見ながらマルガリートは小さく呟いた。
───
「さて、本日で三度目になる。
流石に今回は敵さんも出てくるはずだ。
絶対に相手をするな。
また、敵が背を見せても絶対に追いかけるな!
私からは以上だ。解散!」
「レオナルド少将!
いくらなんでも暴論ではないか?
敵が出てきても相手するな。背を見せても追いかけるな。我々は戦争をしているのですよ。けっして追いかけっこをしているわけではない!
違いますか?」
毎回、軍事会議の後にはマルガリート副官がレオナルドに食って掛かっており、すでに恒例になっていた。
「敵軍の熟練度を直接測れ、我が軍においては機動力が磨かれ、連携まで上達している。これ以上、何を望む?」
「決まっているでしょう。勝利ですよ!」
「戦うにはまだ早い──
確実に勝てるようになるまで、今は我慢する時期だ」
「怖くて逃げているだけではないのか?」
「そりゃあ、怖いさ──」
「やはり!」
「無駄に部下を死なすのはやはり怖い。待てば死なさずに済むのを先走るのが一番怖い。貴官はわからないのか?」
「──わかりません!」
「そうか──
いつか理解する時が来る。それまで我慢してくれ」
しかし、レオナルドの願いは叶わなかった。
西側の軍、マルガリート副官が指揮する部隊は出陣して来た敵が反転して背を向けたのを確認するとその背後に襲いかかった──
そして、マルガリートと数名を除いて全滅した。
救助に向かったレオナルド率いる南の部隊も死者は出なかったものの、何名かが負傷した。
───
「貴様のような無能が死ねばよかったものを──残念だよ」
レオナルドに悪態をつくマルガリートは、悪びれる様子もない。
レオナルドは深くため息をついた。
「兵士の命を駒のように扱う者は──
同じような目に遭う」
じっとマルガリートの目を見つめた。
「因果はめぐる。
戦場において命を軽んじるものは、同じ運命をたどる」
ため息のような大きな息を吐くとレオナルドは言った。
「貴官もすぐに理解するだろう」
手を振る。
「連れていけ!!」
「伯爵家の嫡男である僕をこんな目にあわせて──
後悔させてやる!!」
「軍において爵位など関係ない」
レオナルドの声色は氷のように冷たくなっていた。
「まだわからないのか?」
マルガリートは兵士二人に両脇を抱えられると
「せめて誰も巻き込まないように一人で責任を被るのだな──」
そのまま引きづられるように部屋を出ていく。
「貴官が一人暴走して軍旗を乱した。
よって、この罪は貴官“一人”が被るべきだ」
(今さら言ったところで、理解するとは思えないが──)
「下の者をぞんざいに扱うのなら、彼もまた上の者からぞんざいに扱われる」
誰もいなくなった部屋に、レオナルドの声だけが響いた。
「なぜ、それに気がつかないのか?」
悍ましい考えが浮かぶ。
「それすら思い浮かばない程まで──
軍上層部は腐敗しているのか?」
頭を振り、考えを吹き飛ばした。




