第二十二章 マクガルド「理解不能という答え」
──最初は、ただ気に入らない奴だと思っていた。
───
同僚のロバートはいけすかない奴だ。
軍歴は十五歳で入隊している点で、歳も離れているのに自分と同じというのも気に食わない。
同じ分隊長として、部下の訓練を任されているが、後方支援の補給部隊だというのに訓練が半端ではない。
こちらがサボっているわけではないのに、上官たちに比較されていい迷惑だ。
『戦場では速度こそが要だ。走れ! とにかく走れ!』
“騎馬隊に遅れをとるな”という荒唐無稽な発言で部下たちがドン引きしている事すら理解していない。
自ら率先して走っているので、部下たちも文句を言えないでいる。
誰が奴に忠告をするか──そして、その役目が俺に回ってきた。
───
「わかったか?」
「わかりません」
切れた口の端から流れ出す血を服の袖でぬぐうと、すぐさま俺の言葉に対して言い返して来た。
俺に殴り倒されているのに、見上げてくるロバートの瞳には曇りすらない。
「まだ、痛い目にあいたいのか?」
「ええ、いくら言われても部下の命が掛かってるんです。引くわけにはいきません!」
まるで俺が部下たちの事よりも、自分の保身を優先していると言われたようで、心穏やかでいられなかった。
「この野郎!」
「そこまでだ! もういいだろう?」
振り返ると中隊長が立っていた。
「部下思いでいい分隊長じゃないか。もちろん、マクガルド分隊長の言いたいことはよく分かる。
嫌な汚れ役を買って出たのも分かっているよ」
にこやかに笑顔を見せるが腹の底までは読み取れない。
「しかし、ロバート分隊長──彼の言い分も一理ある。誰しも部下の命は守りたいものだ。そうだろ?」
「ええ、理解してます」
「なら、ここは私の顔を立てて引いてくれたまえ。
君はちゃんと忠告をした。これは私が証人だ。そして、彼はそれを聞いた。受け入れるかどうかは、本人次第だろ?
強要となると話はおかしくなる」
「──そうですね。了解しました」
どうやら中隊長は身を引く場を用意してくれたようだ。この場は素直に引いておく。
「分かってくれて嬉しいよ。ここだけの話にしてもらいたいのだが──どうやら、きな臭い方に話が進んでいるようだ。
数ヶ月以内に開戦するのは間違いない──それまでにせいぜい部下を鍛えておいてくれたまえ。私からは以上だ。解散!」
「はっ!」
不穏な言葉をさらっと述べると、中隊長はその場を去っていった。
───
戦場での奴の──ロバートの動きは意味不明だった。
表立って上官に意見をし、激戦が予想される地点への配置すら望んでついた。
しかし、蓋を開けると結果は真逆だった。
激戦が予想される場所では戦闘が起こらず、小競り合いと予想されていた場所が阿鼻叫喚の地獄の戦場と化した。
それが数回繰り返されてうちに、上官も異変に気付いたらしく、補給線を決定する会議にロバートが呼び出されることが多くなった。
そして、小隊長の戦死に伴いロバートがその任につき、俺の上司となった。
『負担になるなら荷物は半分捨ててもいい。まず生きて目標にたどり着くことが最優先だ!』
軍人として意味不明な命令を平気で出す。
『このポイントは“罠”だ。迂回するぞ』
速度を最優先という割に“最短経路”を避ける。
『しばらくすると、戦線が動く。その際、ここに空白地帯ができる。三十分待機した後に動くぞ』
平気で激戦区への突撃を指示する。
まったく理解不能だった。
──しかし、小隊の人員的損失は皆無だった。
俺には、いや、俺たちには見えていないモノが見えているのは間違いなかった。
生き残る為の道筋──
一月もしないうちに、ロバート小隊長の発言に言葉を挟むものはいなくなった。
そして、昇進したロバート中隊長に引き上げられて、俺も小隊長に就任した。
因縁つけて殴った奴を?
全くもって意味不明だよ。
「なぜ、俺を? 貴様を否定して殴った奴だぞ──」
「嫌なのか? 部下想いの上官は戦場において、かけがいのない“宝物”だ。それに──マクガルド小隊長なら、俺の命令が“間違い”だと思ったら止めてくれるだろ?」
にこやかに微笑むロバートの目を見て、俺は心の中で素直に白旗をあげた。
理解しようとするのが無駄だと理解した瞬間だった。




