第二十一章 ロバート「名前を捨てた日」
「すみません。誰かいませんか?」
その日、レオナルドは初めて孤児院の門戸を叩いた。
「どちら様でしょうか? あらあら、とりあえずお入りなさい」
中から現れた上品な初老の女性はレオナルドの姿を見ると、すぐさま孤児院の中に招き入れた。
「大変だったわね。もう安心よ。ここには似たような境遇の子たちが沢山いるから、心配しなくてもいいわ」
レオナルドを椅子に座らせると、奥から暖かい飲み物を入れたカップを持って現れた。
「さあ、これでも飲んで身体を温めてちょうだい。私はこの孤児院の院長をしている。セレスよ。あなたの名前を伺ってもいいかしら?」
「──ロ、ロバート」
「ロバート、いい名前ね!」
冬も始まろうとしている時期に、半袖の薄着でボロボロに汚れた姿のレオナルドは、どこから見ても訳ありな少年にしか見えない。
しかもその顔に浮かび上がってる憂いはとても年相応の子どもとは思えなかった。似たような境遇の子供たちを沢山見てきたセレスの目から見ても異質だった。
「今日はもう遅いわ。ちょうど一部屋空いているから、そこで休んでちょうだい。詳しいことはまた、明日にしましょう。いいわね?」
「──はい」
素直に頷いたレオナルドは、セレスに案内された奥にある一室にて眠ることになった。
案内された部屋の中にはベッドしかなかったが、寝るには十分だった。
ベッドに横になったレオナルドの頭の中で、色々な考えが洪水のようにまとまらず思考の濁流に流されていった。
───
三ヶ月探した。しかし、ソフィア──妹は見つからなかった。自分がしっかりと掴んでいれば──後悔の念がレオナルドに押し寄せる。
じっと見つめる左手にはまだソフィアの手の感触が残っていた。
(どうして──どうして、離してしまったんだ)
不可抗力だとは分かっていても、レオナルドは自分を責めることをやめられなかった。いや、やめるわけにはいかない……
これはどこまでもついてくる、そして自分が背負って行かなければいけない業だと理解していた。
(ロバートと──名乗ってしまった)
つい、口から出た名前だったが、自分がレオナルドと名乗らなかった理由は薄々勘付いていた。
あとは認めるか、認めないか──
(レオナルド・フォン・サテン──由緒あるサテン家の嫡男。誇りを持って生きてきた名前だ。
だが、両親が死に、最後に残った肉親である妹──ソフィアすら失った今、その名前に価値があるのか?)
すでに答えの出ている問題を、愚かにも自問している自身の姿を想うとあまりのおかしさに苦笑いがこぼれた。
(結局は認めたくなかっただけだ──誰も戻らない家など守る価値などない)
認めてしまえば、不思議なことに心が軽くなっていく。
(そう、今の俺はロバート──レオナルドは死んだんだ)
ふっ、と笑みを浮かべたロバートは、そのまま深い眠りについた。




