第十八話 ロバート「決意」
「なになに?
きみの秘書官のオルカがレオナルドに惚れて結婚したがってる?」
ピーター長官は楽しげに眉を上げた。
「うーん、それって何か問題があるのかね?
きみも“婚約者が結婚話を避けてて辛い”って愚痴ってるのは有名な話だよ」
一呼吸おくと、目を見開いて、ポンと手を叩く。
「ああ、なるほど、知らぬは本人ばかり、ってやつだ。
きみがレオナルドで、婚約者も結婚したがってる。
なら、結婚すればいいじゃないか。何を躊躇う必要がある? ないだろ?」
軽く肩を叩かれ、
「可哀想なロバートが失恋するだけじゃないか」
とどめを刺された。
完全におもちゃ扱いであった。
────
(可哀想なロバート、か)
ロバートは自虐的に笑った。
(確かに、可哀想だ)
もし自分が死ねば、オルカは遺族年金で暮らせる。
そして、誰よりもレオナルドの死を悲しむだろう。
ロバートにとっては不本意だが──
“彼女が幸せになる未来“だけを考えれば、最善の結末だろう。
(でも……)
生き残れば、生き残ったで地獄だ。
オルカはこれからも“レオナルド”を慕い続ける。
けれどロバートがいる限り、彼女はレオナルドと結ばれない。
そして。
レオナルドという存在がある限り、ロバートにはオルカに振り向いてもらえない。
(どちらを選んでも地獄だ)
胸の奥がキリキリと痛む。
(いや……そもそも僕は何を望んでいる?
オルカを幸せにしたいのか?
それとも──オルカに愛されたいのか?)
答えは出ない。
戦場では冷静な判断ができるのに、恋愛となると途端にポンコツになる。
(……少なくとも、一つだけは決めておかないといけないな)
ロバートはゆっくりと立ち上がった。
(この問題の答えを出すまでは──死ねない)
そう心に決めた瞬間、迷いがほんの少し晴れた。
────
思えば、すべてはあの日から始まった。
上司のハーバー大佐をすっ飛ばして、突然ピーター長官に呼び出されたのだ。
囮役をしろ、と命じられた時は耳を疑ったが、拒否権など最初からなかった。
そのうえ、今の“地味でボサボサしたイメージ”を一新しろと、ノリのきいた制服を着せられ、架空の戦歴で獲得した勲章をジャラジャラと付けられ、髪型までバッチリと整えられた。
「インテリ感を出せ」という理由で、銀縁眼鏡を掛けさせられた。
鏡に映る“別人のような自分“に戸惑っていると、ピーター長官は新しい秘書官紹介すると言った。
そして、ここから物語がスタートした。
部屋に入ってきたのは、見覚えのある長い髪の女性。
まさか、自分の婚約者だとは思いもしなかった。
ロバートが固まる中、彼女はにこやかに微笑み“初めまして”と言った。
「初めまして、オルカ・グレイスです」
その瞬間、ロバートは理解した。
彼女は気づいていない。
眼鏡と制服と髪型のせいで、別人だと思い込んでいる。
戦略眼はあっても、恋愛に関してはポンコツな二人。いや一人?それとも三人?
本当に、喜劇以外の何物でもない。
こうして。
愛しの婚約者殿に遺族年金を残す為に、“死線に自ら飛び込む”という人生が始まったのだ。
そして──
この物語の本当の始まりは、これからだった。
──第一幕・完──




