第十六話 オルカ「淑女の嗜み」
押され気味だった北方戦線で、一地方都市を取り戻したという情報は暗くなりがちだった街中を一気に明るくした。
三ヶ月ぶりの休暇で会いたいというロバートに、その日の買い物代を全て支払わせることで手を打つことにした。
沈み込んだ雰囲気より華やかな方が買い物も楽しくできる。
(貴重な時間を割く見返りには少し足りないけど、我慢してあげる)
「今日は来てくれてありがとう!」
「ふん、たくさん買い物するんだから」
「いいとも、相変わらずオルカは可愛いね」
「背が小さいと言いたいのでしょう?」
「うん、小さくて可愛い。それに綺麗だよ」
「髪の毛のことでしょう? まあ、かかさずに手入れをしているからね」
「そうそう、小さくて可愛くて生意気なところが素敵だよ」
(また、変な雑誌の受け売りに違いないわ。懲りないわね──)
相変わらずのポンコツ具合だが、褒められて悪い気はしない。
(でも、生意気って何よ! 遠慮しないで高い服買ってやる)
ロバートを従えて買い物がスタートした。
次々と積み上げられていく荷物の山。
普段から鍛えられた筋肉と反射神経のおかげでロバートは一つも落とさず巨大なタワーを作り上げていた。
そんな異様な光景が目立つのか、あちらこちらから視線が飛んでくる。ヒソヒソ声まで混じりはじめた。
(こんな冴えない男と一緒にいたら、そりゃあ浮くわね)
オルカが振り返り、視線を合わせると目を逸らす。しかし、明らかに自分たちを見ていることだけは確信した。
「あれ……オルカ……よね?」
「絶対に……レオ……様よ!」
「その隣……ひょっとして……?」
聞き取れない断片が逆に耳に刺さり、オルカは眉をひそめた。
そんな最中、一人の女性がオルカに近づいて来た。見覚えがある。
「あら、久しぶりね、オルカさん。卒業以来かしら?」
女学校時代のクラスメートのサラだった。
「ええ、ごきげんよう」
「デートの最中? お邪魔しちゃったかしら?」
「そんなことないわよ」
「それじゃあ、紹介してもらえるかしら?」
「ええ、こちらはサラ。学生時代の同級生よ。そして、こちらがロバート。今日は荷──買い物に付き合って貰ってるの」
荷物持ち、と言いかけて慌てて言い直す。
「ロバート・コーナンです。よろしく」
「ロバートって……あの? あなたの婚約者の名前、確か……」
サラはロバートの顔を見つめて首をかしげている。
(そこまで覚えているなんて。お茶会で愚痴ったのがいけなかったのかしら……)
「そ、そうね。親が勝手に決めた婚約者だけどね──」
「あら、とてもお似合いよ。結婚式はいつなの? ぜひ呼んで欲しいわ」
次のお茶会の話題はあなたよ。そう瞳が物語っている。
「ちょっといいかしら──」
サラの手を引き、近よせると耳元で囁いた。
「──ここだけの話にしておいてくれる?」
一呼吸おいて待つこと数秒、続きが聞きたいのか、サラが激しく首を上下させた。
「それじゃあ、女同士の約束よ。実は他に好きな人ができたから、彼との婚約は破棄するつもりなの──」
「それじゃあ──」
興奮するサラの口に指を当てて、気持ちを落ち着かせる。
「今はね──そ、そう。秘密任務の最中なの。詳しいことは話せないの、軍規に触れるから。それに話すとあなたにも迷惑がかかってしまうわ。
そんなことになると──考えただけで心が苦しくなるわ」
そのまま目を伏せて泣き真似をする。
いつでも好きな時に涙を出せるのは淑女の嗜みだ。
「そ、そうなの? あらあら、わたし、とてもお邪魔虫みたいだわ──用事、用事があったの。急用なの、これで失礼するわね」
サラは一礼すると逃げるように二人の前から姿を消した。




