第十三話 ハーバー大佐「上官の苦悩」
「遅くなりました。レオナルド大佐、報告にあがりました」
レオナルドは一礼すると、司令本部へ入室した。
ハーバー大佐の前に立つと、すぐさま報告を開始する。
「昨夜の“抜き打ち検査”について、報告いたします。
見習い料理人のジョン、トーマス両人はその変装の未熟さゆえに、グレイス嬢に一目で看破されました。
その際に動揺を見せため、その隙をついて制圧いたしました」
「抜き打ち検査……なるほど」
しばしの沈黙の後に、ハーバー大佐は自身に言い聞かせるようにポツリと呟いた。しかし、すぐさま声色を変えるとオルカに労いの言葉をかけた。
「グレイス嬢もごくろう! レオナルド大佐付きにした甲斐もあるというものだ」
上官の言葉の意味を、別の意味にとらえたオルカは頬を赤くして小声で答えた。
「いえ……そんな……」
そんなオルカを気にも留めず、レオナルドが続けた。
「士官学校で言えば……“可”を与えるのは難しく。申し訳ありませんが“不可”と評価せざるを得ません」
どちらが抜き打ち試験を受けた側なのか、わからなくなる発言にハーバー大佐は小さく眉根を寄せる。
すでに司令部にも昨晩の一報が届いる。レオナルドのいう“抜き打ち検査”がそれを指すのは明白だった。
(ロバートの婚約者にすら秘密にしている極秘任務だ。ここは話を合わせねばならぬ)
「……なるほど、不可かね。手厳しい採点だな」
司令部としては耳の痛い話だが、レオナルドは意に介した様子すらない。
その“不可レベルの暗殺者“に上級将校が殺されている──
戦時下において、上層部の意識のたるみが原因では?
暗にレオナルドが問いかけていると受け止めるならば、上官への反意ありと査問会議にかけられてもおかしくないレベルである。
「はっ! 我が軍も精神面の鍛錬を再考するべきと具申いたします」
「うむ、私から意見書を添えて上層部に提出しておこう。あまりこの話題は大っぴらにしないようにしたまえ」
「かしこまりました」
(誰が考えたか知らぬが、これでは“張り子の虎”どころか、“本物の虎”ではないか。これだから現場を知らぬ奴らは困るのだ。
誰が手綱を握らねばならぬのかわかっておらぬ──)
「抜き打ち検査の実施方法の見直しも進言しておく。下がってくれたまえ」
二人が退出した後に、ハーバー大佐は深いため息をついた。
ただでさえ後退している前髪の生え際がさらに2センチメーターは下がった気がした。




