第十一話 レオナルド「修羅場」
「いくぞ。タイミングを合わせろ」
暗闇の中、バスルームから侵入した二人がリビングの前の扉で短い囁きを交わす。
「3、2、1──とう!」
掛け声と同時にノブを蹴り飛ばし、二人は転がり込むように部屋へ突入した。
銃は使わない。
今回の任務はあくまで“暗殺”
銃痕を残せば他殺だとすぐにバレてしまう。プロの仕事ではない。
二人は長年の相棒であるナイフを抜き、部屋の明るさに眼を慣らしながら体勢を整える。
「!?」
しかし、部屋の中に想定外の人物を発見し、二人とも、眼を見開いた。
(転属二日目から部屋に女を連れ込んでいるとは想像していなかっただろうな)
レオナルドには、彼らの動揺がはっきりと見えた。
二人がかりでレオナルドを制圧するつもりでいたのに、ニ対二では数の有利が存在しない。
それでもプロらしい素早い判断で、扉側に近いオルカを人質に取る。
「こ、この、酔っ払いがどうなってもいいのか!!」
「失礼ね。これくらいのお酒で酔っ払うわけないでしょう!」
80度越えの酒瓶が転がってる状態で強気の発言をするオルカ。
言っている内容は酔っ払いのそれそのものだが、獲物を狙うようにレオナルドを見る眼が彼女の言葉を真実だと語っていた。
(いや、そこはトロンとして酔いが回った演技をするところだろう?)
怒りに駆られ、オルカ本人が墓穴を掘っている事に気づいていない様子。レオナルドは放置することにした。
首筋に奇妙な模様の入ったナイフを突きつけられても動揺を見せないオルカ。
模様に見えるナイフへの彫り込みは、殺傷能力を高める為のものであり、刺されると流血が止まらないという確実に殺すという、悪意しかない代物だ。
「あら、軍の支給品にこんなものあったかしら? いくら抜き打ち訓練だからって私物の持ち込みは禁止されてたはずよ──」
「うるさい!黙れー!」
「だって料理見習いのジョンでしょう?」
「な、何のことだ? み、見習いコックの名前が、なぜここに出てくる──」
「いくら訓練とはいえ、変装くらいきちんとしなさいよ。そちらにいるトーマスも同様よ!
まったく、男どもって相変わらずだらしないんだから──」
(覆面被ってる人物の名前を当てるのは、そこそこ──いや、かなり難しいぞ──まあ、オルカなら当てて当然だろうが、正体がバレた本人たちはさぞ動揺することだろう──)
「!!」
「!?」
左側に立っている侵入者の一人、トーマスの視線が動揺のためかオルカの方に泳いだのをレオナルドは見逃さない。
考えるより先に、反復で身についた行動が、体が動いていた。
視線とは反対側の左側から後頭部後ろへ振り下ろすように左足で回し蹴りを叩き込む。レオナルドはそのまま勢いをつけて回転する。
それを見たジョンが反射的にオルカに向けていた視線を外した。さらに、突きつけていたナイフをレオナルドに向けようと重心を動かした瞬間、背を向けていたレオナルドはそのまましゃがみ込み、ジョンの足を刈り取った。
転倒したジョンの持っていたナイフが、自らの太ももに刺さる。
「ば、ばかな──」
「な、なぜ、こんなことに──」
「役者になれるわよ、ジョン! トーマスもなかなかの演技だったわ」
せっかくの二人だけの場面を抜き打ち検査で潰された(と思っている)オルカは不貞腐れて、目の前の酒を口にする。
「やっぱり、こんな高級酒じゃ、酔えないわよね──」
あっというまに酒瓶に残っていたのを飲み終えると、家主に断りもなく、ごそごそとキャビネットを漁りだした。
「やっぱりあったわ──そうそう、これこれ。これくらいの安酒じゃないと酔えないわよね──抜き打ち検査なんてついてない。せっかくの二人っきりのチャンスを潰された上に、完全な時間外労働じゃないの!! 婚期逃したら訴えてやるんだから──」
(婚約者のいる身分で、婚期を逃すって──意味不明だからね)
静かにオルカの行動を見守っていたレオナルドは八つ当たりを込め、必要以上の力で首筋に手刀を叩き込むと、鎮圧した侵入者二人を昏倒させた。




