第一話 ロバート「困惑」
「彼女が君につく秘書官だ。入ってきたまえ!」
「失礼します」
ノックと共に一人の女性が入室した。
腰まである長い髪は手入れが行き届いており、光沢を帯びて揺れる。その仕草に思わず息をのむ。
「初めまして、オルカ・グレイスです。お会いできて光栄です」
目の前に立ち、こちらを見上げてくるのは──
愛しの婚約者殿、オルカ・グレイス、20歳。幼少期からの許嫁で、かれこれ15年の付き合いだ。
頭の中を疑問符が乱舞する。
そもそも、貴族子女の“腰掛け”ポジションである秘書課には不文律がある。
既婚者、もしくは婚約者のいる者は秘書官に配属されない。
(なのに、なぜオルカがここに?)
動揺を悟られまいとピーター長官に視線を向けるが、ニコニコと笑顔だけを貼り付け、腹の底がまったく読めない。
「“初めまして”レオナルド・フォン・サテンです。この度、大佐に就任しました」
口が勝手に動いていた。
すでに任務が始まっている、と考えるしかない。
普段の自分とは真逆のキャラクターを演じなくてはならない。
トーンを落とし、ゆっくりと、余裕を持った口調を意識する。
「それはおめでとうございます。これからよろしくお願いしますね」
にこやかに微笑んだオルカに、思わず固まる。
普段の仏頂面からはとても同一人物とは思えない。
「ああ、彼のトレードマークはその“眼鏡”だ。忘れないでくれたまえよ。それでは、私はこれで失礼する。あとは二人で打ち合わせしてくれたまえ」
長官は逃げるように部屋を出ていった。
残されたロバートは途方に暮れる。
(……なぜ彼女は、私だと認識していない?
さっきの“初めまして”に嫌味や皮肉はない。本気で初対面だと思っている顔だった)
「お疲れのようなので、コーヒーでも淹れましょうか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
口調まで普段と違う。
最近では、ぶっきらぼうな言葉しか聞いていなかったのに。




