8.誰のものでもない無国籍の大地、国境のない大陸
他の四種族は野蛮な蛮族などではなかった――この発見は、すぐさま各種族の調査集団内で共有された。
同様の報告は相次いで、ならばと半信半疑のまま「今度自分も奴らに話しかけてみる」と検証に乗り出す者たちも現れて、そして……それらはことごとく情報の真実性を証明した。
五種族を縛っていた洗脳は、たちまち効力を消失した。
発見はさらに続いた。
危険な新大陸に対してまったく通用しなかった人類の力と知恵。しかし、五つの力がバラバラではなく一つにまとまったならば、人類は十分魔界に対抗しうる。
いち早く種族混合パーティーを結成した者たちの報告から、徐々にその事実が浮かび上がってきたのだ。
祖国において、他種族との接触・交流は法と掟によって厳しく禁じられている。
しかしここは魔界、条約により保証された『誰のものでもない無国籍の大陸』である。
この大地には、いかなる法律も掟も効力を及ぼさない。三箇条の条約を除いては。
誰にも躊躇いなどなかった。国家によって送り込まれた五種族の隊員たちは、喜んで祖国の掟に背を向けた。
※
――魔界大陸 セクター『ケンナン・オブ・グンマー』
その建造物は異常なまでに広々とした内部構造を有していた。
単純な面積だけならば比肩しうる建物もあるだろうが、メインストリートの通路幅も全面が透明な自然光採取窓になっている天井の高さも、半屋外であった『ダサイタマ』のアーケード街を軽く凌駕している。圧迫感とは無縁の開放的な印象がそこにはある。
そんな圧巻の巨大ダンジョンの一角に彼らの姿はある。
「エンジェラ、すまんが抱っこで持ち上げてくれ。P3COは案内板に明かりを当ててくれ。影になってて読みにくいったらありゃしねえ」
ギンペーの指示に従ってP3COが案内板にライトを照射し、エンジェラが身長の足りない伊達男をちょうどいい高さまで抱き上げる。二人がマップ解読の補佐をしている間、タローとマオは周囲に警戒の目を光らせている。
「……よし、ある程度のことは読み取れた。予想通りこのダンジョンは上下二階層で構成されている。それでだな――」
解読を終えたギンペーが読み取れた情報を説明し、みんながそれに耳を傾ける。
場所はランク4ダンジョン『クソデカショッピングモール』。
ハック&スラッシュの日々の果てに、五人は見事、念願だった攻略参加パーティーの一つに選ばれたのだ。
三十を超える応募に対して攻略遠征に参加できるのはたった3パーティーだけだったので、当選通知が届いた日には全員で快哉を叫んだものである。
「――ということで、おそらく二階フロアのフードコートにはかなりの数の『エターナル・ステイヤー』がいるはずだ。食事は終わってる癖にその場に居座り続ける地縛霊、フードコートという場所には付きもののゴースト系エネミーだ。こいつらを掃除する為にも、一階では『サンブキョウ』は温存して――」
「ギンペーさん! 危ない!」
ギンペーの作戦説明を遮ってエンジェラが叫ぶ。
その直後、パーティーの頭上から声と影とが振ってきた。
「チャンネルトウロクヨロシクウウウウ!!!」
現れたのはミュータント/ストリーマー系エネミー『インプレ・ゴブリン』、閲覧回数を稼ぐ為には手段を選ばない厄介な手合いだ。
いましもパーティーに奇襲をかけた個体も2階フロアから飛び降りて来たらしい。なんということか、この登場はきっとバズるに違いない。
流石はランク4ダンジョンというべきか、この『クソデカショッピングモール』にはこのような『ゾンビ以上にこじらせてしまったなれの果て』がうようよ徘徊しているのだ。
だが。
「チャンネルハッシュタグゥゥゥ#####」
「させるか!」
最初に動いたのはタローだった。パーティーの虚を突く上からの襲撃に対して少しも取り乱すことなく、まずはパイプ椅子でゴブリンを跳ね上げ、続いて滞空状態のエネミーに追撃の盾攻撃を加える。
「ガアア、コウヒョウカアアア↑↑↑」
「うんにゃ、あんたは低評価でジ・エンドにゃ」
タローに打ち落とされたゴブリンが地に落ちる――だが、マオはそれよりもなお早い。
ケモミミの疾風、その涼やかな蹂躙がはじまる。
左手の蝶の刃が展開され、斬撃・斬り返し・刺突のお決まりの三連撃。そこからさらに、右手で抜刀したゴクドー・ワキザシによるブス刺し。
そして、トドメに。
『マオぉ! アホンダラおどりゃ素人か! 刃物はなぁ、刺したら抉らんかぁい!』
「オジキ、わかってるにゃ」
脳裏に響く勇者の声に従って、深々と刺したワキザシを思いっきり、抉る。
「ギエエエエエエエエエエ、アカウントBAAAAAAAAN!」
ゴブリンが意味不明な断末魔をあげて、そのまま絶命する。
「ふふん、楽勝にゃん」
「ああ、朝飯前だ。もうお昼だけどね」
軽口を叩きながらマオが両手の刃を納刀し、タローがパイプ椅子を背負い直す。
「お二人とも、おつかれさま。マオちゃん、かっこよかったですよ!」
「ピガガ、タローモ、ナイスディフェンスデシタ!」
ゾンビよりも高レベルのミュータント・エネミーを、あっという間に、まるっきり危なげなく処理してしまった。そんな前衛の二人にエンジェラとP3COがねぎらいの言葉をかける。
なにも言わない後衛が一人いた。
「……なぁ、タロー」
ギンペーが口を開いたのは、戦闘終了からややあってからだった。
パーティーの精神的支柱たる伊達男はこのとき、いつになく弱気な表情をしていた。
「……だったんじゃないか?」
「ん? なんか言ったかギンペー?」
聞き取れなかったタローが聞き返す。
そんなリーダーに、ペンギン族の年長者は。
「ナイスファイトって言ったんだよ! 見てたぜ、今回はお前も一撃入れただろ?」
なにもなかったかのように、いつも通りの頼れる兄貴分の顔となって言った。
無謀だったんじゃないか。
本当はそう聞きたかったのだ。
これまで以上に危険なダンジョンに、自分のような戦力にならぬ者を連れてくるのは、無謀だったんじゃないのか――そう聞きたかったのだ。
なにしろ共に遠征に参加した他の2パーティーにはどちらも、メンバーにペンギン族は含まれていなかったのだから。




