7.伝説のレベルアップアイテム『オジキの遺骨』
ハック・アンド・スラッシュの日々は続く。
探索して、戦闘して、それにより得られた成果で自分たちを強化して、さらに手強いモンスターを討伐する。
なかよし五人組は、そんなハクスラ三昧の毎日を送っている。
いざ、巨大ダンジョン遠征の参加券を掴まんが為に。
「にゃっ、見えた! タロー来たにゃ!」
「ピガガ! Back! モドッテキマシタ!」
フィールドダンジョン『ローカル・ターミナルステーション』、その中央連絡通路。
仲間たちが待ち構える改札口前のポイントに、リーダーのタローがいままさに駆け戻ってくる。
角を曲がって現れた守備役の後ろに見えるのは、うじゃうじゃと大量の亡者たち。『ブツカリ・マン』『ウォーキング・スマホ』『ピーピング・キャメコ』『ヘンタイ・チカンヤロウ』などなど、十体を越えるゾンビが電車ごっこのように列なしてついてきている。
「ようしエンジェラ、いっちょぶちかましてやれ!」
「はい、いきます! ……ワン、ツー、スリーでぇ――南無!」
祈りが捧げられ、ゴシュインが光を発する。
タイミングはいかにも完璧だった。
エンジェラが『インフルエン・サークル』を発動させたわずかに二秒後、まずはタローが術の範囲円内に駆け込む。
するとそれに続いて、今度は追いかけるゾンビたちがそこに飛び込んでくる。
「Guaaaa……」「Ooooooo……」「Enzaidaaaaa……」
サンブキョウの力で光り輝く感染原発者となったエンジェラが振りまく、破魔の継続ダメージデバフ。半径二メートルには不浄の存在にとっての滅びが渦巻いていた。
霊験あらたかなるミホトケ・エネルギーの前に、ゾンビたちはなすすべもなく自壊して果てていく。
「ヒュー、何度見てもたいしたもんだ」
すべてのゾンビが昇天したのを見届けたあとで、ギンペーが口笛を吹いて言った(くちばしでどうやって口笛を吹いているのだ?)。
大量のゾンビが消滅した現場には、彼らの落としていったアイテムだけが点々と散らばっている。
「タローが駆けずり回ってゾンビを集めて、エンジェラが『サンブキョウ』で一掃……最初はどうかと思ったもんだが、想定以上にうまくハマったな」
「へへ、次は二十体集めてみようか?」
「バカタレ、調子に乗るんじゃねえよ。それでお前が大怪我したらなんにもならねえだろうが」
得意満々に言ったタローにギンペーが釘を刺す。
とはいえ、この新戦法の有用性はギンペーも認めている。
ゾンビが大半を占める魔界のエネミー傾向、死者には威力を発揮するが生者には無害な『インフルエン・サンブキョウ』の特性、さらには人間という種族の持つ高い持久力。
この戦法は、それらすべてが見事に噛み合っているのだ。
「いままでゾンビの数が多すぎるときは少しずつ狭い通路に誘い込んだりしてたけど、もうその必要はなさそうだ。俺が集めた群れの中に『サンブキョウ』の効かない生きてる奴が混ざってたら、そのときはマオに処理してもらえばいいし」
「もちろん状況と条件次第ではあるんだが……使いどころさえきちんと見極めれば、このスタイルにはいまのところ欠点も見当たらんな」
「そんなことないにゃ! 欠点ならあるにゃ!」
意外なところから力強い反論があがった。みんなの視線がマオに集まる。
「だってゾンビ、食えねえにゃん……」
ケモミミ娘の滑稽なぼやきに、他の全員は笑ってかえそうとして。
……マオの表情にある沈痛な色に気付いて、慌てて笑いを引っ込めた。
※
ゾンビは食えないし、食っちゃダメ。
そんなのはいまさら確認するまでもなく常識である。
でもじゃあ、なんで食べたらダメなんだろう? 腐ってるからかな?
違う。
ゾンビを食べちゃ駄目な理由は、彼らがもともとは人類だったからである。
五大陸の五種族に続く、魔界大陸の第六番目の人類……と目される存在、そのなれの果て。
「にゃーん。てことは、生きてても食っちゃダメにゃ?」
「ダメダメダメ、ダメです! 生きてたらもっとダメ!」
「マオサン、ソレハ、Cannibalism……」
「というかだな、そもそもいねえんだよ、生きてるのは」
五種族による魔界大陸の調査冒険が開始されてすでに五年が経過するが、現在に至るまで人類第六種族の生存者は発見されていない。
ゾンビならばらそこら中にうようよ、それこそ『石を投げればゾンビに当たる』というほどいるのに、である。
『魔界人類の生存者発見』は冒険委員会が発行する三大クエストの一つに数えられているのだが、いまのところこれが達成される見込みは皆無だ。
「ちなみに、無謀にもゾンビ肉を喰らったケモミミ族も過去にはいたらしい……が、そいつは強くなるどころか頭がおかしくなっちまったらしい」
「……やっぱ人類は同じ人類を食べちゃダメなんだな」
「……Cannibalism、ダメ、ゼッタイ……」
というわけで、石を投げれば当たるほどいるゾンビは、残念ながらケモミミ族の成長の糧にはなってくれない。
かといってゾンビ以外のエネミーは数が少なすぎる。
結局のところ、ケモミミ族が強くなるには『全部だきしめて』を初めとする食事処で金銭と引き換えに肉料理を購うしかないのだが、拠点都市に流通する肉類はすでに食い慣れてしまっていて、経験値はほとんど獲得できない。
タローやエンジェラが飛躍的なレベルアップを果たしていたこの時期、マオは、自分一人だけが歯がゆい停滞に囚われていると感じていた。
そんな折、そのレアアイテムは降臨したのだった。
※
魔界大陸、セクター『サウス・イバラキ』
「はぁっ、はぁっ……お、終わった……?」
最後のゾンビの成仏を確認したタローがようやくパイプ椅子を下ろした。
ここは郊外にあるランク2ダンジョン『メモリード・サイジョウ』、その火葬炉の前である。
煙・匂いの影響ならびに周辺住民の感情等への配慮から、火葬場とはこのような住宅密集地から外れた場所に設けられる場合が多いのだ。
「ゆ、油断してた……最近ゾンビには負けなしだったから……」
「た、たかがゾンビと侮などるにゃかれにゃ……」
パーティーが踏み入ったとき、ダンジョン内に貯まっていたのは喪服に身を包んだ厳ついゾンビたちだった。
『レッサー・クミイン』『グレーター・クミイン』『ロード・ワカガシラ』……いずれもスジモン系のゾンビだが、しかし以前に戦ったドチンピラとはまるっきり別物。サカズキを受けた正規のコウセイイン、いわば筋金入りのスジモンである。
戦い慣れたクミインたちは、まず第一に覚悟の決まり方が違った。『サンブキョウ』の継続ダメージを受けながらも彼らは気合いで動き続け、成仏する最後の瞬間までクミとメンツのために戦い続けた。
さらに厄介だったのはグレーター・クミインの『仲間を呼ぶ』行動だ。やっと終わりが見えてきたタイミングでのエネミーのおかわりには、仲間全員がうんざりした声をあげたものである。
「だが、とにかく勝ったんだ。さぁ皆の衆、ここからは楽しい戦利品獲得タイムといこうぜ」
ギンペーの一言で、みんなが気分を切り替えて立ち上がる。
あたりにはクミインたちからドロップしたアイテムが散乱していた。
「ええと、この白い粉は危険薬物の『ニンゲンヤメマス』だね。冒険委員会が撲滅に躍起になってるから、回収に協力すればポイントがもらえるはずだ」
「あ、『ゴクドー・ワキザシ』だにゃ! それマオほしいにゃ! 蝶の刃と二刀流するにゃ!」
「この『0番のサングラス』、きっとギンペーさんに似合うと思います」
苦戦させられた分だけ戦いのあとの実入りは大きく、みんなみるみるうちに元気になっていく。
「ピガガ……コレハ、ナンデショウ? ギンペー、come on、チョットキテクダサイ」
そんな和気藹々とした空気の中で、P3COがなにかを発見した。
ただならぬ気配を発する小箱に収められた、ただならぬ気配を発する小さな骨。
呼ばれていったギンペーは、取得物を確認するなり、驚愕の声をあげた。
「ま、間違いない! こいつは『オジキの遺骨』だ! 実在していたのか!」
「?」「?」「?」「?」
オジキって誰? そんな四人分のクエスチョンが並ぶ。
「こいつは『オジキ』と呼ばれるスジモンの勇者の遺骨だ。以前読んだ文献に記されていたんだ。スジモンには、部族抗争で命を落とした勇者の骨を生き残った仲間が食する風習があるのだと」
これは葬送の一環であると同時に、侠気と呼ばれる勇者の力を生者が継承するための儀式である――解説はそう締めくくられた。
「それって、ケモミミ族と同じ……」
「まさにそういうことだ。さぁマオ、勇者の力を頂いちまえ」
こいつは供養だ、カニバリズムには当たらん。そう念押しして遺骨を手渡したギンペーは、最後に儀式の際に唱える呪文をマオに囁いた。
みんなが固唾を呑んで見守る中、マオは教えられた呪文を唱える。
「い、いくにゃん! 『オジキぃ! マオん中で生き続けてつかぁさい!』にゃ!」
唱え終えると同時に、一気に骨を噛み砕いて、飲み込んだ。
すると、どうなったか?
「すごいにゃ……勇者の力をマオの中に、まざまざ! って、感じるにゃ……」
「わかるのか!?」
「わかるにゃ……『オジキは本物の漢だった』『オジキが懲役に行ってくれたから組はあそこまで大きくなった』……そういうのがなんか、わかるにゃ」
「……存在しない記憶……これが勇者とひとつになるということなのか……」
「……Amazing、スバラシイ……」
なんだか雰囲気まで変わっているマオの様子に、息を呑むみんなたち。
そんな四人に対して、マオは静かに顔を上げて、言った。
「……みんな、おまたせにゃ。ケジメつけるから、どこへなりと連れてってつかぁさいにゃ。いまならマオ、どんな敵の命も取れるって気がするにゃ。
さぁ、兄弟衆のみんな! 一緒に『クソデカショッピングモール』に、カチコミかけようにゃん!」