6.南無インフルエンサー三部経
『小型核弾頭』というなんとも味のあるインテリアを入手した翌日も、なかよし五人組は休みなく冒険に繰り出していた。
翌日も、その翌日も、その翌々日もだ。
三週間後に予定されているランク4ダンジョン『クソデカショッピングモール』への第一次攻略隊派遣。その参加パーティーに選ばれることこそが、目下五人の悲願であった。
その為にも、いまは少しでも戦闘力とパーティーランクの底上げをしておきたい。
この時期、彼らが冒険の舞台に選んでいたのは専ら『サウス・イバラキ』だ。
このセクターには手つかずのダンジョンがまだまだ数多く残されており、出現するエネミーのレベルもパーティーの実力にちょうど見合うのだ。
「マオ! いまだ!」
「言われにゃくとも!」
タローがパイプ椅子で押さえ込んだボスゾンビに、マオが流れるような三連撃を加える。順手での初撃、素早く逆手に持ち替えての斬り返し、トドメとばかりに眉間への刺突――もはや蝶の刃は完全にマオの手に馴染んでいる。
ゾンビ/マダム系エネミー『レイジング・マナーコウシ』が、接遇のなんたるかを唱える間もなくオフィスビルの床へと沈んだ。
だが、戦闘はまだ終わっていない。
マナーコウシの討滅完了とほぼ同時に、彼女の教え子である『ソフィスティケート・マナースチューデント』たちが続々と登校してきたのだ。
ドアのところでプチ渋滞を起こしながらも教室になだれ込んできたゾンビ・スチューデントは、その数なんと八体。一体一体のレベルはボスのマナーコウシよりも格段に劣るが、いかんせん数が多すぎる。
しかし。
「にゃふふ、これってとってもおあつらえ向きにゃん!」
いましも迫り来るモンスターの大群を前に不敵に笑うケモミミ。そのあとで、マオは前衛のポジションを放棄して後列へと引っ込み、あとはのんびり高見の見物という構えとなった。
こうしてただ一人突出する形で前列に残されたタローは、しかしこちらも少しも臆することなく、ゾンビたちに向かって挑発のスキルを発動させる。
「『なにがマナーだ! お前らのやってることはマナーの押しつけというエチケット違反に他ならないぞ!』」
挑発の効果は実に覿面だった。無礼者に対する敵視を急上昇させて、マナーの亡者たちがタローに襲いかかる。
殺到するゾンビをタローは限界まで引き寄せて、それから、満を持して。
「いまだ! エンジェラ!」
「は、はい!」
タローの叫びに呼応して、エンジェラがおずおずと前に飛び出す。
天使の少女は、いままさに守備役がゾンビの集中攻撃を防いでいる、その至近の距離にひざまずき。
「――な、南無インフルエンサー!」
エンジェラが祈りを捧げると同時に、『ブック・オブ・ゴシュイン』のページに刻まれていた紋章がまばゆく輝いた。
次の瞬間、天使の少女を中心にミホトケ・シャインの奔流が巻き起こる。穢れた屍鬼たちに対してこの仏光はあたかも破魔の猛毒として作用し、さらには亡者から亡者へと手渡すようにして効果は伝染、たちまちミホトケの感染爆発を引き起こす。
そのさきは、もはやトドメを刺す必要すらなかった。
聖なる継続ダメージに蝕まれたゾンビたちはみな速やかに自壊に向かい、やがて四苦と八苦のすべてから永久に解放されて、昇天して消えた。
穢れ腐った肉片の、その一片たりともこの世に残すことなく。
「……こりゃ、想像以上だな」
「……ピガガ。スサマジイBuddhism、ブッダ・パワーデシタ」
はじめて目の当たりにしたエンジェラの新スキル。その威力に、ギンペーとP3COが唖然として呟く。
いや、後衛の二人ばかりでなく、タローとマオも――否、スキルを発動させたエンジェラ自身もまた言葉を見失っている。
「……インフルエン・サークル。こいつはなんとも伊達じゃねえぜ」
インフルエン・サークル。『ブック・オブ・ゴシュイン』を手に入れたことによりスキル取得が解禁された、天使族の秘法術。
この術を覚えない限りは貴重な『ブック・オブ・ゴシュイン』も基本的には宝の持ち腐れである。そう知ったエンジェラは、溜め込んでいた功徳の一部を投資して、とりあえずランク1分だけスキル取得してみたのだが。
「ランク1でこの威力かぁ……」
ブックに刻まれた紋章を消費して発動されるこの術は、リソースとして消費されたゴシュインの種別により『インフルエン・サキミタマ』もしくは『インフルエン・サンブキョウ』の二系統に変化する。
どちらも術者を中心とした範囲円内に力を発揮するエリアスキルで、今回エンジェラが使った『サンブキョウ(ブッカク系ゴシュイン使用時に発動)』の効果は、半径2メートル以内のゾンビ/ゴースト系エネミーに継続ダメージの弱体効果を付与するというもの。
「ランク1でこれってことは、スキルランクを上げたらどうなるんだろう?」
「まぁ、普通に考えりゃ威力の向上と効果範囲の拡張は固いだろうな。まったく別の新しい効果が追加発現するかもしれん」
「にゃんちゅう末恐ろしい……」
「で、でもでも、でも……!」
いまだ戦慄醒めやらぬといった様子の仲間たちに、エンジェラがとりなすように言った。
「この術、ゾンビとか幽霊にしか効かないんですよ? ちょっとバランスブレイカー気味なのは、きっと使いどころが限定されてるからで……」
「魔界のエネミーにゃんて半分以上ゾンビだろっちゅうにゃん!」
切れ味鋭いマオのツッコミに、全員がうんうん肯く。エンジェラが「ううう……」と唸り声をあげる。
「おい、なにしょげてんだよエンジェラ。こいつはちっとも悪いことなんかじゃねえんだぞ?」
しょげすぎて翼まで垂れ下がらせているエンジェラに、今度はギンペーが言った。
「おいおい、誤解すんなよ? みんなちっとばかし面食らっちまってるだけで、不満なんか誰も感じちゃねえんだぜ?」
「うにゃうにゃ、あんちゃんの言うとおりだにゃ。エンジェラのおかげでマオたち、一気に強くなっちゃったにゃ。それってすんごくいいことにゃん!」
「Exactly、ソノトオリデス。センリャクノハバモ、 Surely 、キットヒロガリマス」
「うん、念願の範囲殲滅手段、それになにより素晴らしいのは、死んでる奴らにしか効かないってとこだ」
生きてる俺たちは攻撃の巻き添えになる心配がないからな! そう豪語したタローに、一つ上の肉壁として活躍を期待するにゃん、とマオが茶化した口を利く。
そんな前衛二人のやりとりに、エンジェラを含む全員が屈託なく笑った。
「とにかく、これで俺たちの戦力は大きく増強された。だから――このまま攻略パーティー選出目指して、もうひと頑張りだ!
この五人で絶対行くんだ、『クソデカショッピングモール』に!」
おー! と四人分の声が応えた。