5.ボーナスモンスター『オキハイドロボー』
三条から成る平和条約が結ばれた後も、五つの種族国家は魔界への調査隊派遣を完全には打ち切らなかった。
表向きの建前としては、『人類共通の脅威である魔界大陸の調査と監視のため』。
しかし本心はもちろん、『いつか条約が破綻する日にそなえた布石を打つため』。
国家の威信と野心を背負って――背負わされて――魔界に上陸した各種族の調査隊員たちは、同じように送り込まれてきた他種族の調査隊員たちに対して当初、強烈な嫌悪感を抱いていた。
彼らはみな、自分たち以外の四種族は邪悪な蛮族であると、そう信じていた。
信じるよう洗脳されていたのだ、幼少時からずっと。
はじめのうち、種族の違う隊員同士は徹底的に無視を決め込みあった。
絶対に相容れぬ相手ではあったが、争い合うことは条約により禁じられていた。ならばもう、お互いをいないものとして扱うより他にない。
だが、徹底すると決めていたはずのその無視が、やがてちらほらと破られだす。
偶然あるいは必然に導かれて、禁じられていた種族間接触が魔界の大地に生じはじめたのだ。
他種族との初接触を果たした者たちの反応は、いずれも判で押したように同じだった。
すなわち、『いったい、こいつらのどこが邪悪な蛮族だっていうんだ?』と。
※
――魔界大陸、セクター『サウス・イバラキ』
「マオ、そっちに行った! 頼む!」
「ガッテンにゃ!」
昼下がりの、すなわちアフタヌーンの住宅街で、いつもの五人組が今日もまたモンスターと戦っている。
しかし今回の戦闘は、普段とは少し様子が違っていた。
「うにゃぁぁ、抜けられたにゃ! あんちゃん、Pちゃん!」
「おう! 今日こそ捕まえて袋だたきだ!」
「ピガガガガ! Execution! ブッコロシマス!」
このとき、戦いには前衛のタローとマオだけではなく、本来戦闘要員でないはずの後衛三人までもが参加していた。
まさに乱戦であった。アスファルトの路上を逃げ惑う黒い影を、全員が血眼になって追いかけ回している。
パーティーが交戦している相手は『妖怪オキハイドロボー』という特殊エネミーである。
住宅地フィールドに低確率で出現するこいつは攻撃行動を一切とらず、また遭遇してもすぐに逃げ去ってしまう害のないモンスターだ。
ただし、オキハイドロボーの真にスペシャルな点は、ある種の射幸性をものにしたその先に隠されている。
もしも逃げられることなく倒し果せた場合、このモンスターはランダムにレアアイテムが入手できる『ツーハン・ダンボールボックス』を勝者にもたらしてくれるのだ。
「あ、踏んだ! 踏んづけました!」
エンジェラが他の四人に叫んだ。天使の足の下では、踏みつけられた影がどうにか逃げだそうとあがいている。
待ち望んでいたチャンスの到来であった。仲間たちは次々にエンジェラの元に駆けつけ、蝶の刃を、パイプ椅子を、ロボットアームを、自撮り棒を――各々の武器を、容赦なく振り下ろす。
オキハイドロボーが、最後に大きく伸び縮みしてから消滅した。
そしてその後には、ひとつの大きなダンボール箱が出現している。
全員が、「やったー!」と仲良く歓声をあげた。
「嬉しいにゃ♪ 嬉しいにゃ♪ オキドロ倒せたのっていつぶりにゃん?」
「ピガガ、|three months、オオヨソサンカゲツブリデス」
「遭遇はできても毎回逃げられてましたもんね。……それにしても、いつ見てもおっきな箱」
「うん、両手持ちって名前がついてるだけのことはある」
「中身はほとんど梱包材だったりするがな。そんなことより皆の衆、そろそろお宝とご対面といこうぜ」
さて、箱の中には大・中・小と三つのお宝が入っていた。
どれもパーティーがはじめてお目にかかるアイテムだったが、でも大丈夫。
こんなときにはロボ族の『鑑定光線』の出番だ。
アイテムを乗せたターンテーブルをタローが回転させ(回す速度は早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ)、P3COがそこにスキャニングの光を照射する。
そうして取り込んだ画像データを拠点都市のロボ族本部に送信すれば、なんと、ものの五分としないうちにデータベースのアイテム情報が送られてくるのだ。
五分後、P3COから排出された印刷済みアイテム情報を(そろそろロール用紙の交換時期だ)ギンペーが読み上げる。
「まず一つ目のアイテムだが……おっ、こりゃエンジェラ用だな」
ギンペーが手に取ってみんなに見せたのは、延々と白紙のページが綴られた奇妙な本だった。
「こいつは『ノート・オブ・ゴシュイン』だ。魔界のあちこちに点在する『ジンジャブッカク』でこれを装備した天使族が祈りを捧げると、白紙のページに場所に対応した紋章が刻まれる。その紋章の一つ一つが『千羽鶴』のように法術リソースとして利用できるらしい」
ついでに紋章の刻印時には少量だが功徳も獲得できるみたいだぞ。最後にそう付け加えられた解説に、「これ以上いい子ちゃんポイント積ませてどうするにゃん!」とマオがツッコミを入れる。
そこで二つ目のアイテム説明が印刷されてきた。
楕円形の枠の中に『成田山』の魔界文字が入った、いわくありげな印章。
「これは『ゴリヤク・ステッカー』と呼ばれる護符だ。コウツウアンゼンへの祈りが込められていて、ロボ族のボディに貼ると回避率が上昇する効果がある。……ふっ、オキドロのすばしっこさに手こずらされた直後だと余計に霊験あらたかだぜ」
裏地の台紙を剥いで糊面を露出させたステッカーを、ギンペーは手ずから親友の金属ボディに貼ってあげた。
P3COはディスプレイに喜びのニッコリマークを表示させながら、最後のアイテム情報を吐き出した。
今回の戦利品の中では一番サイズの大きい、なんだかよくわからない鉄の塊。
ここまでの二つがどちらも当たりだっただけに、みんなの期待は否応なく高まっている……のだが。
「うーむ、こいつは『小型核弾頭』だな。一応レアアイテムではあるらしいんだが、これ単体ではなんの役にも立たず、今のところ他に使い道も見つかっていないらしい」
ギンペーの説明に、全員がそれぞれに落胆の声をあげる。
「にゃーん、レアものなのに使い道にゃいのかー」
「らしいな。『人類の手には余る』って書いてある。要するに無用の長物ってことだ」
「そうかぁ……まぁ小型だしなぁ」
タローはつくづく残念そうにぼやいて、でもそのあとで。
「けどまぁ、せっかくだし持って帰ろうか。レアアイテムなら捨てていくのももったいないし、使い道だってこれから見つかるかもしれない」
リーダーの前向きなこの態度に、がっかりしていたみんながいっぺんに笑顔を取り戻す。
それから、なかよし五人組は力を合わせて重い鉄の塊を拠点都市まで運んだ。
用途のない『核弾頭』はその後、思い出の記念品として彼らのリビングに大切に飾られた。
探索と戦闘――それこそが、魔界冒険における最高の醍醐味の名前である。