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2.冒険者居酒屋『全部だきしめて』

 世界最大の海洋に突如現れた六番目の大陸に、五大大陸の種族国家は我先を争って調査隊を派遣した。

 まだ誰のものでもないその場所を、あわよくば自分たちの領土とするために。


 だが各種族の調査隊は、送り込まれるそばからことごとく全滅した。

 新大陸は、人類の常識がまるっきり通用しない危険な場所だったのだ。


 憎悪と偏見を材料に決めつけていただけの蛮境とは異なる、本物の魔境。

 ほどなく開催された五種族首脳会議において、新大陸は満場一致の賛成のもと、『魔界』と名付けられた。



   ※



 ――魔界大陸、第一拠点都市『サンフランシスコ波止場』


 夕暮れの時刻、冒険者居酒屋『全部だきしめて』の店内はすでに人出に沸き始めている。

 昼間の冒険を切り上げたパーティーが次々に暖簾(のれん)をくぐり、先に()りはじめていた顔なじみと肩を叩いて挨拶を交わす。

 そんな和気藹々とした空気を、五種族の人類が入り乱れて醸成している。


「それじゃ、みんなお疲れ様でした!」


 店内の一角、五人がけのテーブル席に彼らの姿もあった。ホールスタッフが運んできた飲み物をエンジェラがみんなに配り、全員に酒杯が行き渡ったところでリーダーのタローが音頭を取った。

 五人分の「カンパイ!」の声が重なり、五種族それぞれ用の飲み物が各人の口あるいは給油口に運ばれる。

 

「しかし、この魔界じゃなにが幸いするかわからねえもんだな」


 スタイリッシュにお猪口を傾けながら言ったギンペーに、他の全員がうむうむと同意する。


 キンジローとの死闘から一夜明けたこの日、パーティーは拠点都市で休息と準備の一日を過ごした。

 タローとマオは装備品市場をひやかし、ギンペーとエンジェラは戦利品の換金と必要品の買い出しの為に物流センターへと足を運んでいた。


 朗報は、一人で人類会館に出向いていたP3COからもたらされた。


『校庭および中庭のみを徘徊範囲とするはずの石像モンスター・キンジローが、校舎建物内に侵入、さらに地上三階まで移動』


 これまで確認されていなかったキンジローの行動についての報告。

 それが冒険委員会に認められて、報奨金が支給されることになったのだ。


「うにゃにゃ、まさに『校内に変質者が侵入しました』ってやつだにゃ!」

「ですが、どうしてこんなにも早く報告が認められたんでしょうか? 普通は審査に時間がかかるものなのでしょう?」

「それがこのポンコツ、キンジローとの戦闘の様子を録画してやがったんだよ」


 あー、と三人が納得に声を揃え、ペンギンの伊達男がフリッパーで親友の金属ボディをペチペチ叩く。

 P3COは表示パネルに照れ顔とニッコリマークを交互に表示させた。


「……ワタシハ、Battle(ばとる)デハゼンゼン、オヤクニタテマセン。ダケド、ヤクタタズナワタシデモ、least(りぃすと)、スコシデモミンナノタメニ――」

「バカ言うない。んなこと言われたらオレの立場がないってもんだ」


 あのなぁ、オレだって戦闘じゃ役立たずなんだぜ?

 そうP3COを慰めたギンペーに、今度はタローが「そんなことない! ギンペーは水中では最強だ!」と反論する。


 そして蒸し返されるのは、フィールドダンジョン『イケノホトリコウエン』でのメリケン・マッカチンとの一戦の話。フィッシュ・ソーセージで水中におびき寄せた凶暴巨大ザリガニを、ギンペーはほとんど一人だけで倒してしまったのだ。

 競うように自分の武勇伝を語ってくれる仲間たちに、クールな伊達男が珍しく赤くなりながら「よしてくれやい」と言った。


 カウンター席の方がにわかに騒がしくなりはじめた。魔界からの出土品をロボ族の技術力によって修復したカラオケマシーンで、ケモミミと天使の男たちが肩を組んで歌いはじめたのだ。

 がむしゃらに熱唱する二人に、さまざまな種族の客たちが口笛と歓声を飛ばす。


 いまここにあるこの情景に、種族同士のわだかまりが入り込む余地など、少しもなかった。


「……役立たずなんて、いらない人なんて、一人もいないです」


 カラオケが終わって店内が静けさを取り戻したあとで、噛みしめるようにエンジェラが呟いた。

 いつの間にか目に涙までためている天使の少女に、仲間たちが口々に言葉をかける。


「ああ、小鳥ちゃんの言うとおりだ。五種族のうちの一種族でも欠けたら、この危険大陸はまっすぐ歩くこともできねえだろうさ」

「そうにゃんそうにゃん。それにさ」

「ハイ」

「……それに、この五人から誰か一人でも欠けたらって……そんなの俺は、考えるのもいやだ」

 

 最後にそう締めくくったリーダーに、みんな揃って大きく肯いたのだった。


 その夜、五人の仲間たちは日付が変わるまで『全部だきしめて』で痛飲した。

 エンジェラは次々に大皿料理を注文しては全員に取り分け、ギンペーはやたらとマオに肉を食わせようとした。

 泣き上戸のタローが「でも一番役に立たないのは俺かも知んない……」と泣き言を言いはじめ、P3COのロボットアームはそっとジョッキを取り上げて隠した。


 エンジェラとマオがカラオケでデュエットに挑んだ時には、男性陣は揃って店貸し出しのマラカスを握った。

 画面に表示される文字が読めないから歌詞は完全に即興のでたらめで、それでも二人の少女は全力で楽しそうだった。



 これが魔界の日常だった。

 バラバラに反目し合っていた五種族を、まとめて『全部だきしめて』くれる。

 素敵な条約によって保証された、そんな友情の理想郷。

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