1.ギスギス五種族のなかよし五人組
1
魔界大陸のとある区画、とあるダンジョン。
ダンジョン内の狭い通路で、今しも一つのパーティーがモンスターと交戦している。
「ぐぅっ……こッ、のヤロウッ!!!」
裂帛の気合いを叫びに乗せて盾を振るい、青年は再び石像モンスターの攻撃をはねのけた。
今回はしのげた。だが、次はもうダメかもしれない。
よしんば次の一撃も防げても、しかしその次は――。
疲れ切った精神と満身創痍の肉体が、一秒ごとに諦めへの誘惑を囁いてくる。
実際的な問題として、もしも自分一人だけだったなら、青年はとっくに諦めてしまっていたかもしれない。諦めて、楽になっていたかも。
だが今は、一人ではないのだ。
彼には、死んでも守りたい四人の仲間が――。
「タロー! 伏せろ!」
その時、死守すると決めた背後から声が飛んだ。
「マオがアストレイを投げる! だから――!」
伏せろ。もう一度そう叫ばれるよりも先に、青年は低く身をかがめている。
次の瞬間、三秒前まで青年の頭があった位置を、放たれた投擲武器が流星もかくやと通り過ぎる。
そして死闘は終決した。
マオの愛用武器であったクリスタル・アストレイは、パーティーを苦しめ抜いた石像モンスター『キンジロー』の頭部に命中し、彼我諸共に砕け散ってその役目を果たしたのだった。
「はっ……はっ……がはっ……!」
人間族の青年タローは、動かなくなったキンジローと粉々に散らばった水晶の輝きを一瞥したその後で、乱れきった息を押しのけて叫んだ。
「みんな! 無事か!」
おそらくは折れているであろういくつかの骨よりも、いまにも弾けてしまいそうな心臓よりも、なによりもまず心配だったのがそれだった。
そんなタローに対して、仲間たちは口々に。
「それはこっちの台詞だにゃん!」
「ああ無事だよ、お前さんのおかげでな」
「タローさん! ……タローさぁん!」
「ピピ……ガガガ……」
そう青年を案じ返す仲間たちの中に、彼と同じ人間族は一人として含まれていなかった。
2
その世界には五つの大陸があり、そしてそれぞれの大陸には、姿形も生活の習慣もまったく異なる五つの人々が暮らしていた。
人々、人の類――すなわち、この世界における人類。
人類五種族。
記録も残らぬほどの古から、五種族の人類は相互に忌み嫌う関係にあった。
すべての種族が自分たち以外の四種族を未開人以下の蛮族とみなしており、直接的な衝突こそ希ではあったものの国同士は常に互いの滅亡を願っていた。種族間交流は代表による最低限の外交があるのみで、個人規模での他種族との接触は法律・掟によって厳しく禁止されていた。
五つの大陸の人類たちは自分たちの領域に引きこもり、不理解と思い込みを元手に隣人への憎悪を募らせ続けてきたのである。
ある日、誰のものでもない六番目の大陸が姿を現すまでは。
3
――魔界大陸、セクター『サウス・イバラキ』
ランク2ダンジョン『シリツダイイチチュウガク』の廊下で、難敵を倒したパーティーが戦闘後の処理に勤しんでいる。
「……まさかキンジローが校舎の中まで入ってくるとはな……」
人間族のタローがぼやくように言った。
キンジローはガッコウ系のダンジョンには付きものの特殊エネミーで、パーティーが一定時間以上テリトリー内に留まっていると所定の台座の上に出現する機序を持つ。繰り出してくる攻撃が重い反面こちらのダメージは通りにくい石像系モンスターで、苦労して倒してもろくなアイテムを落とさない嫌な敵だ。
「……すまない、俺の判断ミスだ。経過時間からして湧いているだろうとは予想してたんだが、どうせ校庭か中庭をうろつくだけだと高をくくって……いてて」
「動かないでください」
痛みに顔をしかめるタローに、天使族の乙女エンジェラがめっと指を立てる。
天使族は人間族と並ぶ人類五種族の一員だ。人間との見た目の違いは背中に大きな羽が生えていることで、低高度であれば飛行も可能である。
回復や瘴気払いの効果を持つ法術の使い手でもあり、魔界攻略パーティーでは専ら回復役のポジションを担当する種族だ。
「……この傷は、普通の法術では治すのに時間がかかります。……よし、『鶴』を使いましょう」
「え? ちょっ、エンジェラ、待って……!」
「いいえ、待ちません」
タローの制止を振り切って、エンジェラがトートバックから虎の子の『鶴』を取り出す。
サウザンド・クレイン――つまり、千羽鶴である。クラスみんなの『早く元気になってまたいっしょに遊ぼうね』という祈りがいっぱい込められたこれは、天使族の術者に実力以上の回復術の行使を可能とさせる。拠点都市の物流センターでは高額で取引されているレアアイテムだ。
その貴重な霊びの品を、エンジェラは異種族のタローの為に迷いなく消費した。折り鶴の一匹を房からもいで握りしめ、彼女たちの信仰する創造主に祈りを捧げる。
折り鶴が光の粒子となって溶け消えたあとで、タローの傷は完全に癒やされていた。
「もったいないことを……貴重な鶴がまた一つ減っちゃったじゃないか」
「えへへ、嵩がしぼんで携帯性が増したってことですね。めでたし!」
かわいらしくガッツポーズ付きで言った後で、それに、と天使の少女は続けた。
「……それに、マオちゃんだってタローさんの為にアストレイを犠牲にしたんです。それに比べたら……」
一転して寂しそうに言って、エンジェラは視線を投げる。
少しだけ離れた場所でしゃがみ込んでいる、もう一人の少女に。
「……マオ」
「うにゃ!?」
タローに名前を呼ばれた途端、マオが猫のような声をあげて飛び上がった。
マオはケモミミ族の女の子だ。人間、天使に続く人類の一員であるケモミミ族は、まぁぶっちゃけ獣人である。
素早い身のこなしと瞬発力で戦闘では攻撃役をこなし、さらに鋭い嗅覚によって探索にも貢献してくれる。
現に、先ほどの戦闘でキンジローにトドメを刺したのもマオである。
クリスタル・アストレイを犠牲にして。
「マオ、アストレイの欠片を拾い集めてたのか?」
「にゃ、にゃはは」
マオが空元気の笑顔を二人に向けた。強がっているのが明白な作り笑顔に、タローもエンジェラも胸が痛くなる。
クリスタル・アストレイはマオがずっと愛用していた武器だった。握って殴りつければ鈍器として威力を発揮し、いざというときには中距離射程の投擲武器にもなる、猫娘ご自慢の相棒だ。……いや、だった。
ちなみにアストレイとは、正確にはアッシュトレイ、灰皿のことである。
そのごついクリスタルの灰皿を、マオは『クミジムショ』といういかにも道を踏み外した場所で手に入れたのだ。タローたちとのはじめての冒険の際に。
砕け散ってしまったその武器は、マオにとっては魔界冒険の頼れる相棒であったと同時に、大好きな仲間たちとの思い出の品でもあったのだ。
「にゃうう……で、でもでも! 大事なアストレイも、タローと比べたら全然、全然大事じゃないにゃん!」
「――よく言ったぞ子猫ちゃん。わかってるじゃねえか」
視界の外から別の声が会話に参加してきた。
ダンディかつニヒルな声だった。
「いかにも、オレたちのリーダーとひとつの天秤にかけたら、たとえ五種族の国家元首を乗せた皿だって簡単に跳ね上がっちまう。だろ?」
「にゃうう……ギンペーあんちゃぁん」
いつもながらキザな表現を持ち出したギンペーに、しかし三人の若年層は素直に『かっけえ』という憧れの目を向けた。
ギンペーは人類五種族の一角たるペンギン族の伊達男だ(読者諸兄には便宜的な解釈を求めたい。二足歩行で知的生物ならギリギリ人類でもいいはずだ)。
ペンギン族の特徴は、なんといってもその知性の高さである。
彼らは謎めいた魔界文字の解読で冒険に貢献してくれる。他の四種族には無用の長物である書物系アイテムを自分たちの血肉にできるのも、哲学者の種族たるペンギン族の特権だ。
あとついでに水中では飛ぶように早く泳げる。地上でのもたもた具合が嘘のように。
「それになマオ。思い出ってのは、また新しくはじめればいいのさ。……なぁそうだろ、P3CO!」
「ピガガ! Exactly! イカニモデス!」
ギンペーが呼びかけると、近くの教室から合成音声の返事がかえってきた。
キュラキュラと車輪の音を軋ませながら、丸っこいフォルムの金属ボディが猛スピードで近づいてくる。
P3COは人類の最後の五種族目、ロボ族の冒険者である(読者諸兄には便宜的な解釈を)。ロボ族は……ハイテクっぽいこと全般で冒険をサポートしてくれるぞ!
「お前さんがあんまりしょげてるんでな。オレとPの字でちょっくら探索って来たのさ。そしたらなんと、期待以上のレアものが出てきたぜ」
「Discovery! ハッケンシタノデス!」
P3COのボディからロボットアームが伸びて、マオになにかを差し出す。
「マオサン、Butterflyノヨウニマウアナタニ、Presentデス」
マオが受け取った物体をしげしげと眺める。極めて軽量で、大きさも手のひらにすっぽり収まるサイズ。
一見すると柄だけのそれを少し動かすと、二つに割れたハンドルの間から鋭いブレードが顔を出した。
「……にゃ、にゃんと! これ、『蝶の刃』だにゃん!」
蝶の刃――いわゆるバタフライ・ナイフである。素早さのステータスが与ダメージに上乗せされる近接刺突武器。しかもガッコウ系ダンジョンから発見される蝶の刃には『心の闇ボーナス』の特殊効果がついており、ハングレ系エネミーが落とすそれよりもさらにレアリティが高い。
「特殊効果のほうはネアカのお前さんにゃ無用の長物だろうが、ま、とにかくとっといてくれよ。……そんでいつかそいつも壊れちまったら、その時はまた新しいのを探してやるさ。何度だってな」
「ソウデス! many times! ナンドデモ!」
「ううう、Pちゃん、ギンペーあんちゃん、ありがとにゃ!」
涙目になった猫娘が両方の腕で二人に抱きつく。伊達男のペンギンがクールにふっと笑い、優しいロボットはボディのディスプレイに照れ顔のマークを表示させる。
そんな三人の様子を、人間と天使は『尊いなぁ』という目で見守っている。
※
ここは第六番目の危険大陸、魔界。
誰のものでもないこの場所に、友情を禁じる掟はない。