04 建国パーティーにて
フィリックスと話をして以来、侍女達は少なくとも私に聞こえるような侮辱をすることはなくなり、嫌がらせもなくなった。皇太子パワー凄まじいなぁ…確かにあの顔で注意されたら素直に言うこと聞くしかないのは分かるけど。
お礼を言いたかったが、彼とはあの日以来会えていない。私のような踊り子がそんな簡単に会えるようなお方ではないみたいだ。
「よくやった、アルベラ。先のルグニカ公王の顔を見たか?傑作だったぞ。奴め、ルグニカが一番の芸術大国だとほざいておったが、こうもお前のダンスを見てはもう同じことは言えまい。」
「身に余るお言葉、感謝申し上げます。」
私は定期的に皇帝に呼び出され、ティータイム中の皇帝の前で踊ることが多かったが、時が経つにつれて他国の王族の前で披露したり、王宮に招待した有力な高位貴族の前で踊ったりした。
そうして私の異名も“ディヴァナスティアの妖精”から、“ロチェスターの舞姫”と変わりつつあった頃。
「近々、我がロチェスター帝国建国パーティーが開かれる。是非お前に余興を頼みたい。」
「はい、皇帝陛下。」
皇帝からの頼みとなれば、私の答えははいかイエスしかない。私がすぐに頷くと、皇帝は満足そうに笑った。
建国パーティーは基本どの国でも行われる、名前の通りその国の建国を祝うパーティーである。
ロチェスター帝国では、毎年建国記念日に皇宮で帝国のほとんどの貴族が参加する建国パーティーを、皇都で平民が建国祭を開いている。私は去年までは建国祭で踊り子としてステージに立っていたが、今年は建国パーティーで余興としてバレエを披露することになるのだから、我ながら大した出世だ。
「余興後は自由だ。パーティーに参加するのも余が許可しよう。」
「!よ、よろしいのですか。」
踊りだけしてお役御免だと思っていたが、まさかその後も建国パーティーに参加していいとは。基本建国パーティーはいかなる事情があっても貴族しか参加が許可されていないので、平民には一生訪れないはずのチャンスである。
もしかしたら貴族に嫌味を言われるかもしれないが、せっかく死の恐怖と戦いながらこの暴君に尽くしているのだ。このくらいの贅沢はいいだろう。
「あぁ、勿論だ。何ならフィリックスのエスコートで会場に入ってみるか?」
柄にもなく喜ぶ私を見、皇帝は何を思ったのかそんなことを言い出した。“フィリックスのエスコートで”…?は?平民の私が?皇太子のエスコートを?
「お戯れはおやめください。私の心臓が持ちません。それに皇太子殿下に私のような踊り子がエスコートしていただくなんて、殿下もお嫌でしょう。」
「はは、そうだな。お主の心臓は持たんかもしれん。しかしフィリックスが嫌かどうかは、どうだか分からぬが。」
「…?」
「フィリックスはアルベラ、お前のような顔の女が死ぬ程好きだということだ。美しい金髪で、加えて瞳が桃色だったなら尚更な。」
私は金髪だが青色の瞳だ。それが桃色なら尚良いと言う意味だろう。皇帝の口ぶりからして、フィリックスの女性の好みは随分細かいようだ。色まで特定するなんて、まるで理想像が既に決まっているような…。
「まぁ、奴には既にパートナーがいるからこれは冗談として。パーティーへの参加も他の貴族との交流も好きにするが良い。」
ん?これはもしかしてチャンスじゃないか?
踊り子という職業上、身近に男を手玉に取る娼婦もいたし、その人がどういう手法で男に近づいていたかも見たことがある。加えて私は正直かなりの美人だ。私の美貌と知識を持ってすれば、貴族の男一人の心を手に入れ、安定した生活を得ることも夢じゃないかもしれない。
これまでは踊っている間以外で貴族と関わる機会がほとんどなかったので諦めていたことだが、これならいける。
もし上手くいけば、すぐには無理でも子供ができたとかそう言う理由でこの恐ろしい皇宮からもおさらばできるかもしれないのだ!
「あ、言い忘れていたが貴族の男と懇意になるのは許可せぬぞ。結婚するからと言って踊り子をやめられては困る。」
まるで私の心を読んだかのようなタイミングで放たれた皇帝の言葉。見ると、皇帝はお前の考えていることはお見通しだとでも言いたげにニヤニヤしている。あぁ…私の夢の皇宮脱出作戦が。
それから建国パーティー当日までは踊りの腕を一層磨けと言うことで、私は当日まで再び皇帝からお呼びがかかることはなくバレエの練習に専念することができた。
そしてパーティーの時の衣装の予算も割り当てられたので、それで新しく衣装を新調し、加えてトウシューズという、爪先部分に硬い芯が入り平らになっているバレエ専用のシューズを模した物も作ってもらった。
衣装は皇帝が決めたため、赤や青の生地を用いた華やかなデザインだ。お腹が見える短いトップスに薄い生地のロングスカートという従来の型もお馴染みである。
本当はバレエの衣装として使われる、チュチュという薄い生地を何枚も重ねた丈の短いヒラヒラしたスカートを履きたかったのだが…お金を出してもらう以上ここは皇帝に従わなくてはならない。
本番のドレスアップと化粧は一番腕が良い侍女を遣わせてくれた。
「あの、髪が邪魔なので全部後ろで束ねて欲しいのですが…」
「そう?でも貴女の金髪はこうするのが一番美しく見えるわよ。」
彼女は上部を三つ編みにし他の髪は垂らして、最後に真珠の髪飾りを付けて「ほら」と言った。踊りにくそうではあるが、確かに綺麗だ。
「それに全部束ねてパーティーに出る人なんていないわ。それこそ笑い者になるに違いないわね。」
「確かにそうですね。ありがとうございます。」
「別に」と言って彼女はそそくさと部屋を出て行ってしまった。嫌味を言われたわけでもないし、むしろ綺麗にドレスアップと化粧を施してもらい的確なアドバイスまで貰った。以前なら絶対に有り得なかったことだ。衣装を破かれるなり、わざと奇妙な化粧をされたに違いない。
今日は建国パーティーでフィリックスと話す機会は訪れるだろうか。ここまで助かっているのに、お礼の一つも言えていないのはやっぱりモヤモヤしてしまう。よし、私なんかが話しかけるのは不敬なんだろうが、優しいフィリックスなら許してくれそうだ。機会を伺って話しかけてみよう。
そう心に決めて、私は一人パーティー会場に向かうのだった。
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「皇宮直属の踊り子、アルベラ嬢による余興です。」
いくら皇宮直属の踊り子とは言え、突然の平民の登場に最初貴族は良い顔をしなかった。
まるで汚れた物を見るかのような視線がアルベラの全身に突き刺さったが、彼女が踊り始まれば、たちまち賞賛や感動のそれへと変化し、誰もが彼女の美しさに魅了される。
なだらかな曲線を描く彼女の肢体の動きに合わせて、真珠の飾られた輝く金髪が揺れていた。
「何て魅惑的で美しいんでしょう…。」
「初めて見ましたが、確かに独特な踊りですわね。」
「今は“ロチェスターの舞姫”なんて呼ばれているらしいですが、今日の様子を見ると“妖精”の方がしっくりきますね。とても可憐だ。」
「それにしても、誰かに似ているとお思いにならない?」
「ええ、私も思っていました。」
揃って首を傾げる貴族達を横目に、皇太子であるフィリックスはアルベラの踊りを最後まで見ることなくその場を去った。
“彼女”に似たアルベラを見ていると、酷く胸が苦しくなるのだった。
「フィリックス」
「…何の用だ。」
「おぉ、怖。そんなピリピリすんなって。あの踊り子の余興、最後まで見ねぇの?」
「…」
「ま、気持ちは分かるけどな。けどあの女の為に侍女を二人も殺したって聞いたぞ。」
「…だったらなんだって言うんだ。」
「あまり近づきすぎるなよ。俺は親友のお前を心配してるんだ。」
「カリスト、お前それはアルベラが踊り子だからそう言うのか?」
「いや?俺は踊り子だろうが貴族の女だろうが、“あの顔”だったらお前に同じことを言うさ。」
「…」
一人で外の空気を吸おうとバルコニーに出たのに、間も無くしてフィリックスの唯一の友人とも呼べる男…カリスト・クラウンもやって来てそんな話をし出したので、彼は小さく舌打ちをした。
「あんな顔だけ似てる奴より、身近にもっと良い女がいるだろ?例えば…」
「顔だけじゃない。」
「は?」
「顔だけじゃないんだ。歌が下手なところも、笑い方も…アリシアにそっくりだ。」
「…お前」
「分かってる。だから最初に話してからは会わないようにしてる。」
「…」
「何だよ。」
「…や、何でも。それより彼処にコーデリアがいるぜ?ちょっと話してこいよ。」
「何で俺が。」
「お前の一番の花嫁候補だって聞いたからだよ。俺も前話したことあるけど、美人で性格も良いじゃん。さっさと彼女と幸せになれ。」
フィリックスの意見も碌に聞かずに、カリストは彼の背中を押してバルコニーから追い出した。こんなに手荒な所業、この国の皇太子である彼の唯一無二の友人であるカリストでなければ不可能である。
「はぁ、頼むから幸せになってくれよ…フィリックス。あんなダチを見るのは二度と御免だからな。」
婚約者であるアリシアと母である前皇后が死んだ日、取り乱して嘆き悲しみ、危うく自ら命をたとうとしたフィリックスを何とかして説得して止めたのはカリストだ。
それでもフィリックスはしばらく部屋に閉じこもり、食事も睡眠も碌に取れないような状況が続いていた。ようやく社交の場に出る程度には回復したものの、心の傷はそう簡単には治らない。
そんなことがあって以来、彼が以前のように幸せそうな顔をすることはなかった。アリシアや母との思い出はフィリックスにとって大切で美しいものだが、同時に胸が引き裂かれるほど辛いことでもあったのだ。
「だから、アリシアを思い出させるあの踊り子は邪魔なんだよなぁ。」
まぁまだそんなに関わってはいないみたいだし当分は大丈夫か、なんて言いつつカリストは誰もいなくなったバルコニーで大きく伸びをしたのだった。




